村山談話国会決議の手続きの不透明さ


【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】
真実ゆがめる朝日報道

2014.3.3 03:13 (1/5ページ)産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140303/plc14030303220003-n1.htm
 2月21日、「朝日新聞」が掲載した「米国から見る安倍政権1年」という大型インタビュー記事には思わず苦笑した。在米の作家、冷泉彰彦氏が安倍晋三首相の政治外交に米国の懐疑と警戒が強まっているとして、こう指摘する。
  「ジョン・ダワー氏の言うように、日本は『敗北を抱きしめて』まともな国になったはず」なのに、安倍首相は「米国が主導して作り上げた戦後の国際秩序」を 乱している。ダワー氏の偏見と事実誤認に満ちた書を後生大事にするこうした記事をはじめ、社説、「天声人語」、読者投稿などを駆使した朝日の紙面構成には 疑問を抱かざるを得ない。朝日は、メディアの役割として「不偏不党」「真実の公正敏速な報道」をうたう。にもかかわらずその報道は往々にして事実に基づい ていない。むしろ真実をゆがめ、結果として中国や韓国の利益を代表するかのような報道があふれている。
 中国では「抗日戦争勝利記念日」と「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」がおのおの9月3日と12月13日に定められ、習近平政権の歴史問題での対日強硬路線がより強化されつつある。日本企業を相手どった訴訟は、中韓両国で連発されると考えられる。
中国の得意とする3戦、世論戦、法律戦、心理戦の内、少なくとも前2者の戦いが日本相手に全面展開中である。
 こうしたときこそ、事 実の確認が重要である。だが、朝日の報道は無責任にも逆方向に向かっている。3月1日の朝日朝刊4面の「河野談話 先見えぬ検証」の記事である。菅義偉官 房長官が河野官房長官談話の作成過程を検証する考えを表明したことを伝える同記事の隣に「河野洋平氏・政権にクギ」という囲み記事を朝日は並べた。
  河野氏が「前のめりの方々、昔の人たちの経験談をよく聞き、間違いのない政治をやってほしいと」と語ったことを紹介し、これを安倍政権へのクギと解説した のだ。が、前のめりで慰安婦談話を出したのが河野氏であり、捏造(ねつぞう)記事でお先棒を担いだのが朝日だったのではないか。この記事はそんな自分たち の過ちに口を拭うものだ。
 91年8月11日、大阪朝日の社会面一面で、植村隆氏が「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」を報じた。
この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いてい る。植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じず、慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日 は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである。

 この延長線上に93年の河野談話がある。談話は元慰安婦16人に聞き取りを行った上で出されたが、その1人が金学順氏だ。なぜ、継父に売られた彼女が日本政府や軍による慰安婦の強制連行の証人なのか。そのことの検証もなしに誰よりも「前のめり」になったのが河野氏だ。
  日本国内における談話作成のプロセスの検証を、朴槿恵大統領は「3・1独立運動」の記念式典で強く牽制(けんせい)した。朝日は3月2日、早速、「河野談 話再検証の動きなどがこのまま続けば、関係改善の糸口を見つけるのはさらに困難」になると報じた。同じ4面に前田直人編集委員が集団的自衛権に関して「安 倍さん、イケイケドンドンですか」「民主主義は手続きが大事だ」と強調するコラムを書いた。
なんとも嫌みな紙面構成である。だが、言っていることは正しい。手続きは大事なのだ。そこで朝日に問いたい。河野談話作成の手続きだけでなく村山談話国会決議の手続きの不透明さをなぜ、追及しないのかと。
  村山富市氏は首相就任当初から、日本国政府の歴史に関する謝罪決議採択を目指した。反対論が強く、決議案否決の読みが確定したとき、村山氏らは驚く一手を 使った。西村眞悟衆議院議員が05年7月号の『諸君!』に詳述したが、6月9日、金曜日夕刻、衆議院内に「本日は本会議は開会されない、各議員は選挙区に 戻られたし」という通知が配られたそうだ。
 騙(だま)し討ちが計画されているとは露(つゆ)ほども知らない、決議反対派の議員の多くが永田町を後にした午後7時53分、突然、土井たか子衆議院議長が本会議開催のベルを押した。出席議員は230名、欠席議員は265名だった。
 官報によると、本会議は午後7時53分開会、7時59分散会となっている。電光石火の6分間の勝負だった。
 これが選良たちの行動か。とまれ、同決議をもとに、極秘に作業が進められ、約2カ月後の8月15日、村山談話は突然閣議決定された。
 世紀の企(たくら)みのご当人はいま、河野談話策定過程の検証について「事実がなかったとあげつらって何の意味があるのか」、村山談話は「日本の国是」と語る。
 こうした恥ずべき言動は殆(ほとん)ど検証せず、朝日は安倍政権叩(たた)きを続ける。そこに、毎日新聞、東京中日、共同通信、米国のリベラル系人脈が加わり、中韓両国に吸い寄せられたような論調が築かれていくのはどうしたことか。

 メディアは何よりもいま、事実関係の特定に力を注ぐべきではないのか。朝日の綱領は単なるスローガンか。こうしたメディアの無責任を放置すれば、日本は中韓の仕掛ける世論戦、法律戦の戦いに敗れかねないだろう。






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安倍首相がアンネの家訪問、「歴史の事実と向き合いたい」



アンネの日記事件は メデイアの感想に反して、人種偏見の無い日本の実像を浮き彫りにした。

A級戦犯として名高い、東条英機氏が樋口季一郎陸軍少将の「オトポール事件」
二万に及ぶユダヤ人を救った。

そして、1919年6月のパリ講和会議で、
「人権または国籍のいかんによって差別をもうけないこと」という一文を挿入する提案、

「命のビザ」の杉原千畝 、1940年(昭和15年)7月27日6000人もの人を救う。




安倍首相がアンネの家訪問、「歴史の事実と向き合いたい」
2014年03月24日 11:26 発信地:アムステルダム/オランダ
http://www.afpbb.com/articles/-/3010857

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【3月24日 AFP】安倍晋三(Shinzo Abe)首相は23日、オランダ・アムステルダム(Amsterdam)にある博物館「アンネ・フランクの家(Anne Frank House)」を訪れ、「歴史の事実と謙虚に向き合いたい」と述べた。安倍首相はオランダ滞在中に、韓国の朴槿恵(パク・クネ、Park Geun-Hye)大統領と初会談を行う予定だ。

 安倍首相は核安全保障サミット(Nuclear Security Summit、NSS)とウクライナ情勢をめぐる先進7か国(G7)首脳会議に出席するため、この日オランダに到着。ユダヤ人の少女アンネ・フランク(Anne Frank)がナチスドイツ(Nazis)の強制連行から逃れるため2年間暮らした隠れ家を記念館とした「アンネの家」を視察した際、アンネの写真の前で「歴史の事実と謙虚に向き合い、事実を次の世代に語り継ぐことで世界平和を実現したい」と記者団に語った。

 また、アンネが隠れ家で記した「アンネの日記(Diary of a Young Girl)」と日本との間には、深いつながりがあると指摘。20世紀は基本的人権が踏みにじられた世紀だったが「21世紀はそうしたことが起こらないようにしたい」と述べた。

 日本では最近、東京の複数の図書館でアンネの日記のページが破られる事件があり、男が逮捕されているが、政府は安倍首相のアンネの家訪問は同事件と直接関連するものではないとしている。

 安倍首相は核サミット出席後、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領の仲立ちで朴大統領と日米韓3か国首脳会談に臨み、北朝鮮の核開発問題などを協議する。安倍首相と朴大統領は就任後これまで正式会談を行っておらず、今回の3か国会談は日韓の外交関係修復の第一歩となるとみられている。(c)AFP/Maude BRULARD


ユダヤ人を救った陸軍少將・樋口季一郎
https://sites.google.com/site/mamorukai2010/spirits/higuchikiichiro

[命のビザに救われた少女] 若い人にもっと杉原千畝を知ってほしい… 
寿福滋(写真家)
http://shuchi.php.co.jp/article/1665

朴槿恵・韓国大統領は非礼ではないか、の声 安倍首相の韓国語あいさつに下を向いたままで返礼なし


朴槿恵・韓国大統領は非礼ではないか、の声 安倍首相の韓国語あいさつに下を向いたままで返礼なし

J-CASTニュース 3月26日(水)19時23分配信

 朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領が就任後初めて2014年3月25日夜(日本時間26日未明)に日本の安倍晋三首相と「会談」し、その前にオバマ米大統領とともに3人で記者会見をした。記者会見で安倍首相は満面の笑みを浮かべ、「朴大統領とお会いできて光栄です」と韓国語で挨拶したが、朴大統領はそれを無視するような素振りで下を向いたまま目も合わせず、挨拶すら返さなかった。
朴槿恵

 一国の首相に対する非常に失礼な態度とも思えるが、韓国の各メディアはその非礼さには一切触れず、通信社最大手の「聯合ニュース」は「安倍、下手な韓国語で『はじめまして』」と大きな見出しを掲げて批判した。

■「パク・クネ大統領様、今日お会いできてうれしいです」

 50カ国以上の代表者が参加する核安全保障サミットがオランダのハーグで開かれることにあわせ、アメリカのオバマ大統領が従軍慰安婦、靖国神社参拝問題などで関係が悪化している日本と韓国の関係を仲介しようと日米韓の3か国会談を開催し、その記者会見での出来事だった。

 オバマ大統領を真ん中に向かって右が安倍首相、左が朴大統領、北朝鮮問題を中心とした北東アジアの安全保障について連携していくための会議だという説明の後に、安倍首相が韓国語で朴大統領に挨拶をした。

 14年3月26日付けの「聯合ニュース」は「安倍、下手な韓国語で『はじめまして』」と大きな見出しを掲げ、

  「パク・クネ大統領様、今日お会いできてうれしいですと、朴槿恵大統領と初めて対面した席で、自分の右に座った朴大統領を見つめて下手な韓国語であいさつした」

などと報じた。日韓関係は破綻レベルに悪化していて、朴大統領は安倍首相との会談を避けてきたが、安倍首相の方は「韓国語の挨拶」というそれなりの誠意をみせ、関係改善の意欲を見せたとも書いている。

 こうした事態に日本のネットでは、

  「一国の総理が挨拶してるのに普通返事くらいしない?会釈もしないし」
  「笑っちゃうくらいおもいっきり無視なんだけどwww俺が安倍ちゃんだったら悔しくて寝れねーよw」
  「会談する意味が消失した瞬間だね」

などといった大統領に批判的な意見が書き込まれている。

「国内世論向けにも厳しい表情を見せていたのだろう」

 会見の席に一番先に登場したのは朴大統領だったが、一切安倍首相とは目線を合わさなかった。安倍首相が発言する際に、オバマ大統領、朴大統領の方に笑顔で顔を向けると、朴大統領は反対側に顔をそらしたように見えた。また、安倍首相が韓国語で挨拶した時は下を向いたままで固まった様子だった。記者会見冒頭に3人でカメラ撮影に応じた時も厳しい表情を崩さず、握手にも応じなかった。

 ただ、14年3月26日放送のテレビ朝日「モーニングバード」によると、会見が終わってテレビカメラがいなくなってからは様子が変わり、3人で会談した時には安倍首相と視線を合わせたり、会談が終わり退出する際には握手を交わした、とも付け加えた。記者は、

  「韓国では日米韓の会談を受けたとして朴大統領は批判されている。会談に応じることで歴史問題に免罪符を与えたという誤解を与えてはいけないため、国内世論向けにも厳しい表情を見せていたのだろう」

と解説していた。

知れば知るほど嫌いになる韓国



「日韓の溝が埋まることはない」と言うが、溝を掘った人間が更に溝を深める事態を放置して、
関係改善はならないであろう。
日本側、安倍晋三首相の河野談話継承に、韓国側の譲歩は見られたか?
代わりに、3条件と聞けば、何の理由によって、と聞きたいものである。

日米韓首脳会談に先立って、中韓の首脳会談で、中韓共同で日本国批判と聞けば、正気かなと思う。
韓国の日本批判には際限が無く、理論的概念も無ければ、説得の効果は無いと考える。
残りえる手段は、制裁の中身との交換しかない。国交断絶では、日本国側の負担が増加する。
幼児的愉快犯に対抗するには、飴と鞭を使う事が肝要である。

日韓関係の歴史を掘り起こして、深化させることである。
最近の関係悪化の原因は、李明博大統領の竹島上陸と天皇に謝罪要求にある。

韓国メデイアもそれに輪をかけて問題を拡張してきた。韓国が忘却しても、
正当な謝罪の無い限り、日本人が容認する理由は有り得ない。
通常の国民が容赦しないと考えているのに、政府機関が国民の意志に沿って関係改善を
計るのは当然である。






日米韓首脳会談


日本の世論は「日米韓首脳会談により、日韓の溝が埋まることはない」との見方―中国メディア

Record China 3月26日(水)21時22分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140326-00000042-rcdc-cn

26日、国際在線によると、日本メディアは、日米韓首脳会談の開催により日韓の溝が解消されるわけではないと見ているという。資料写真。

2014年3月26日、国際在線によると、日本メディアは、日米韓首脳会談の開催により日韓の溝が解消されるわけではないと見ているという。
日米韓首脳会談02



米国のオバマ大統領、日本の安倍首相、韓国の朴槿恵(パク・クネ)は現地時間25日、オランダのハーグで首脳会談を行い、軍事面や北朝鮮の核の脅威に対して協力関係を強化することなどで合意した。歴史問題などでの立場の違いから、日韓首脳会談が長らく実現しておらず、日本の世論も日米韓首脳会談を注視した。

会談の冒頭で、安倍首相は韓国語で朴大統領にあいさつをしたが、朴大統領は険しい表情を保ち続け、カメラマンからの3カ国首脳の握手の求めにも返答しなかった。日本の各メディアは「事実上、日韓両首脳の歴史認識などの問題での立場の隔たりは何も変わっていない。日米韓首脳会談が日韓関係改善の糸口になるかは未知数」との論調が目立っている。

事実、今回の首脳会談はオバマ大統領の仲介によって実現したものである。会談の内容も北朝鮮の核問題などに重点が置かれ、歴史認識、慰安婦、関係改善などの問題については話が及ばなかった。日韓の真の対話は依然として、見通しが立っていない。(翻訳・編集/北田)



東京で日韓友好シンポジウム「韓国の知によって日本の知も高まった」
2014/03/25 (火) 12:32
http://ccee.blog109.fc2.com/blog-entry-1486.html

韓国21

池坊保子理事長、韓昌祐理事、高英毅氏(右から)

 前衆議院議員の池坊保子氏が理事長を務めるNPO法人「萌木」による「次世代に伝えたい、話したい、日韓の絆」をテーマにしたシンポジウムが東京のプレスセンターで開かれ、150人が参加。現在の日韓関係は、政治的に悪化しているが、日韓は歴史的にも深いつながりがあり、文化・スポーツなど多分野の交流を通じて仲良くなることが大切だと強調した。

 基調講演で国文学者の中西進・京都市立芸術大学名誉教授が、儒学者の藤原惺窩(せいか)と豊臣秀吉の朝鮮侵略で連行された儒学者の姜?(カンハン)の交流などを振り返り、「韓国の知によって日本の知も高まった」と述べた。万葉集にも登場する奈良時代の歌人、山上憶良が渡来人との説があるなど、日本と韓半島との深いつながりを示す例は数多い。

 伊藤亜人・東大名誉教授は、70年代に韓国の地方でフィールドワークした体験を振り返り、「異文化の友人を持つことが大切だ。一人でも多くの友人をもてば日韓関係もよくなる」と語った。

 基調講演の後のパネルディスカッションで、「萌木」の理事でもある韓昌祐・哲文化財団の韓昌祐理事長は「25年前、玄界灘に橋を架けたいとの思いで財団を作った」とし、「日本人はあまりに韓国のことを知らない。韓国人は日本の問題になると感情的になるが、今の韓日関係は最悪だ。

何としても、両国は仲良くならなければいけない」と強調した。また、ナチスに苦しめられたフランスが戦後の1963年にドイツと結んだエリゼ条約に触れ、「首脳は年2回、閣僚は年4回必ず会い、民間人は15万人が交流する」と規定しているとして、韓日関係改善の方向を示唆した。いうまでもなく、エリゼ条約は仏独和解の基礎をつくった。

http://www.toyo-keizai.co.jp/news/society/2014/post_5676.php

自主独立の道を自ら拒んだ李王朝


報道を斬る! (旧デイリー・メディアチェック)

韓国の歴史を直視してみよう。在日韓国人の方は必読です。是非読んで下さい。
http://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-0f64.html
韓国の歴史家が自国の歴史を調査して書いたものです。↓
自主独立の道を自ら拒んだ李王朝
李朝成立後。484年が過ぎた1876年2月に結ばれた「日朝修好条規」は、全文12条からなる。
この修好条規の第1条に「朝鮮は自首の国」とあることは、きわめて重要な意義を持つ。
1392年の李朝開国は、高麗の重臣であった李成桂(リセイケイ)が、明との戦いで遼東半島地方奪還に出陣し、密かに敵と通じて、威化島(鴨緑江下 流の島)で軍を翻し、逆にときの高麗王ぐ(示+禺)王と上官の崔エイ(総理兼参謀総長)将軍を殺し、政権を纂脱(さんだつ)した結果によるものである。
敵国であった明の協力で打ち立てられた国であるから、その後李朝が明の隷属国家に転落したのは当然である。
国民は奴隷民族化され、私有財産も没収された。
李朝は専制王権制度に体制を変え、朝鮮民族が古代から高麗にいたるまで連綿と持ち続けた国際的自尊心を放棄し、明の属国として堕落が始まった。
このような環境の中にあり、搾取と虐政の中にあり、国王は名ばかりでなんら政策も施さず、その政府には国家の予算案すら存在しないという無軌道ぶりだった。
いわば民衆は無政府状態におかれていたのだった。
それを考えると「日朝修好条規」第1条の「朝鮮国は自首の国」との言葉の持つ意味の重大さがわかってくる。
だが、清と朝鮮との主従関係を断ち切ろうとした日本の狙いは、実際には実現にほど遠く、清の保護下にある李朝の専横はかわることなく、民衆は相も変わらず、塗炭の苦しみを味わい続けてていた。
近代化と自主独立の道を拒否しつづける李朝の存在は、東アジアの情勢に不穏な種を宿していたのである。
李朝は1897年、国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とした。
王を皇帝と称し、表面的には5百10余年ぶりに明、清の束縛を脱し、独立国家を形成したが、実態はかわるところがなかった。
1904年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、こうした朝鮮の惨状を見かねて、目加田種太郎(1853~1926年)を財閥顧問として派遣し、日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として建てなおすという態勢がようやく緒につくことになった。
目加田財政顧問と統監府は、朝鮮の歳入不足を補てんする為に、日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立て替え」を実施したほか、直接支出で援助した。
例えば、1907年度で、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、必要な歳出は3000万円以上であったから、その差額は全額日本が負担した。
1908年度には、これがさらに増えて、合計3100万円という巨額の資金を日本は支出した。
統監府時代の4年間に、日本政府が立て替えた歳入不足分は、1428万円にのぼった。
そればかりではなく、司法と警察分野などに日本政府が直接支出した金額は、立て替え金の数倍、9000万円にも達している。
現在の朝鮮、韓国の歴史では、日本の特恵的支援には一言も言及が無く、侵略だけを強調しているが、これがいかに偏狭な史観であるかを自覚しなければ、将来は開けない。
1910年8月29日には、明治天皇から臨時恩賜金として3000万円が与えられ、旧韓国が日本政府から借用していた2651万円は、そつくり棒引きにされた。
前述したとおり、李朝には、元々、予算の編成能力などはなく、目加田顧問の指導、監督の下で初めて予算が編成された。
いかに李朝が非社会的存在であったか、わかろうというものである。
飢餓には食料と金が必要であって、名義と暴力では解決しない。
歳入の3分の2を日本政府の持ち出しで賄った朝鮮
日韓併合後の補助金と称する日本政府の持ち出し(日本人の税金)は、1911年が1235万円で、それ以前の平均2500万円の半額に減った。
これは残りの半分を日本政府の公債と、日本からの借り入れ金で補っており、毎年日本から約2000万円前後を調達するという状況は変わっていなかった。
これは朝鮮自体の税収入の倍に及んでいる。
つまり朝鮮は、財政の過半数から3分の2を日本人の税金によって賄った結果、ようやく近代化に向かって出発することができたのである。
これ以外に、駐留日本軍2個師団の経費はすべて日本持ちであった。
終戦後、独立した韓国、朝鮮の教育は日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾するが、これがいかに歴史の実態を無視した身勝手、自己中心的解釈であるかは、いうまでもない。
日韓併合によって、搾取され呻吟されたのは、韓国、朝鮮国民ではなく、日本国民であった事実を認めるべきである。
1910年から1944年までに日本政府が発行した(朝鮮に対する日本の投資額)公債は、21億6566万円であり、このうち償還された7億2595万円を差し引いた、14億3971万円が未償還額という事になる。
これに立て替え金その他の直接支出と補充金をあわせると、総計では20億7892万円に上ることになる。
*現在の貨幣価値からいうと、1円=3万円くらいです。ですから3万倍してください。とてつもない額だという事です。
*今では韓国で売国奴にしたてあげられ、墓まで掘り返された大韓帝国の首相「李完用」は韓国にとって最善の政策をとって日韓併合を締結したわけだ。
なんたって、日本人からこれだけの金を出させて、韓国の近代化を成し遂げたのだから。
この点で、朴正煕大統領が日韓基本条約を結んで日本から11億ドルもの金を出させて漢江の奇跡と呼ばれる経済成長した事と同じですね。
*どれだけ頑張れ!頑張れ!と支援しても、恨みで帰されるのはまっぴらです。
「売国奴」のレッテルを貼られた李完用
1910年8月22日、「韓国併合に関する条約」が、大韓帝国の首相、李完用と日本の統監、寺内正毅との間で締結された。
これに先立つ1905年に日韓保護条約(韓国では乙巳ウルサ保護条約)締結の際も、李完用は学部大臣としてこの条約に賛成し、このとき、ともに賛成した4人の閣僚とともに、
「乙巳五賊(ウルサゴジョク)」
とよばれたが、これによって韓国における彼の「悪名」は完全に定着した。
今日でも彼の名は「売国奴」の代名詞であり、その業績を1部でも評価しようとすれば、その人間はたちまち激しい糾弾を浴びて、社会的に抹殺されてしまいかねない状況である。(現在では逮捕されます。)
だが、政治家として彼がとった選択は、非難されねばならないものだったのだろうか。
李完用は1858年、京畿道広州生まれ、24歳で、科挙文科に合格し、1886年、最初の英語学校である育英公院に入学した。当時より秀才の誉れが高かった。
1887年、米国駐在公使館に参事として赴任し、翌年には駐米代理公使に就任した。
1895年、外部(外務)大臣、学部(文部)大臣、農商工大臣を歴任、翌年、徐戴弼(ジョサイイヒツ)らと独立協会(最高愛国集団)を結成、初代委員長に選出された。
1898年、独立協会会長として、万民共同会を開催し、ソウル都心部で独立鼓吹の街頭演説会も多数開催していた。
1905年、日韓保護条約に賛成。

1910年、大韓帝国全権委員として、日韓併合条約に署名、併合後は朝鮮貴族に列せられ、明治天皇より伯爵を賜与。その10年後、侯爵に叙せられた。
こうした彼の経歴を一覧すれば、外交畑を歩み、対日観においては、一貫して親日的であったことは確かである。だが、私はあらゆる文献を通じて調べた結果、彼は稀代の愛国者であることを認識した。
1910年8月22日、彼が総理大臣として日韓併合条約に調印したのは、朝鮮の専制王朝が最後まで文明開化を拒み、過度の浪費で、極貧と飢餓に疲弊する民族を放置していることを見るに見かねて、日本の全面的協力を得て民族の再興を期するためであった。
彼ばかりではなく日韓保護条約、日韓併合条約に賛成した大臣たちは、民族の繁栄を希求し、滅亡を事前に防ぎたいという念願から、合邦に賛成しているのである。
彼らは当時の朝鮮国内の状況から、やむにやまれぬ政治選択をしたのであって、むしろ政権担当者の責任として、当然の行いをしたまでである。
日韓併合の是非は、当時の朝鮮王朝がどのような体制にあり、庶民の生活、社会の状況がどうなっていたのかを、正しくみつめなければ、何も論じられない。
彼は韓民族としての誇りを失わず、日本に対しても無条件で阿諛追従(あゆついしょう)したわけではなかった。
それは次のような点からも明らかである。
1、生涯日本語を使わず、英、韓国語を常用して民族の自尊心を高揚し、一般の百姓たちから厚い尊敬の的であった。
2、登用で最高の名筆家として、明治天皇からも親筆の額を要請されたほどで、今も独立門の額や王宮などに、彼の筆跡を目にすることができる。
3、高邁な人格の所有者で、外部大臣在任中、ロシアの朝鮮併合政策を挫折させた。
4、政策面で彼は貞洞派(ジョドンパ)(日中と距離を置き英米露に親近感をもつ)に近く、親日派や売国奴にはほど遠い存在で、近代化と民族の繁栄をひたすら願っていた。
李完用は1926年、68歳のとき、李在明(イジェミョン)から受けた傷がもとで死去した。
当時、斎藤実総監は弔辞の中で「李完用侯爵は東洋一流の政治家であり、、、、彼の人格はあらゆる人たちの欽慕の的であり、彼の死は国家の一大損失である、、、」
と述べた。
彼の葬礼は高宗の国葬のとき以来の規模で、大勢の人が参列し、彼を慕う人波が10里も続いた。
次号に続く。
韓国の国民に是非読んで欲しい真実の歴史。
韓国人の歴史家(崔基鎬)が調べあげて10年以上前に書いた書籍から書き写したものです。
日本人から見た歴史ではありません。
たぶん、ロッテの会長の重村さんたちのように、真実を知っている韓国人の方々はその通りだ。と胸を掻きまわされる想いではないでしょうか?
90歳を超えるご老人達がいなくなってしまう前に、真実の歴史と向き合って欲しい。
歴史を直視して欲しい。
今までの反日教育がどれほどのウソかを知る時がやってきました。ご自身で調べてみて下さい。朝鮮の歴史。


「戦後国際秩序」なるものの真実


「戦後国際秩序」なるものの真実
投稿者:editor 投稿日時:2014/03/15(土) 14:23
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「戦後国際秩序」なるものの真実
http://www.seisaku-center.net/node/732
「戦後国際秩序への挑戦」という中国の宣伝に騙されるな
最近、中国は「戦後国際秩序への挑戦」という仰々しい文言でもって日本批判を繰り返している。中国の言う「戦後国際秩序」とはカイロ宣言とポツダム 宣言(そしてロシアはヤルタ協定)を基礎とするが、それらはルーズベルトの驚くほど杜撰な「個人的外交」の所産に他ならず、とても「戦後国際秩序」の基礎 と言える代物ではなかった。では、真実の「戦後国際秩序」の基礎とはいったい何なのか。

 
 安倍首相の靖国神社参拝を「戦後国際秩序への挑戦」とする主張を中国は最近国を挙げて展開している。「戦後国際秩序」とはカイロ宣言とポツダム宣 言を基礎とするものであり、参拝はそこに示された「平和」と「反ファシズム」の精神に対する公然たる挑戦だというのだ。一方、従来の公式的見解は出ないも のの、ロシアのラブロフ外相もその主張に合わせ、「靖国神社の問題ではロシアの立場は中国の立場と完全に一致する」とし、日本は「誤った歴史観を正すべき だ」と唱和している。ヤルタ協定を含めた「戦後国際秩序」の正当性に疑問を呈するような言動は認められない、というわけだ。
 「平和」だの「反ファシズム」だの「誤った歴史観」だのと、「お前にだけはいわれたくない」といいたくなる笑止な主張だが、ただ問題は「ウソも百 回いえば真実になる」式に、これが世界で繰り返しいわれることによって生ずる影響である。「戦後国際秩序」への「挑戦」などとスゴまれれば、「そんな恐ろ しいこと」となるのが一般の反応だといってよい。
 その意味で、ここでは彼らのいう「戦後国際秩序」とはいかなるものか、果たしてそれは今日の国際社会においてどのような意味と拘束性をもつものな のか等々、歴史的事実に基づく検討が避けて通れないと思われるのである。以下、そのような観点から、その基礎とされるカイロ宣言等の歴史的事実を明らかに しつつ、その実体と位置づけにつき論じてみたい。
 まず結論からいえば、それは当時の米大統領ルーズベルトの驚くほど杜撰な「個人的外交」の所産に他ならず、とても「戦後国際秩序」の基礎、などといえるような代物ではないという事実だ。まずカイロ宣言から見てみよう。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)
〈『明日への選択』平成26年3月号より抜粋〉
【本論文の主な内容】
・「感傷的中国観」の所産
・対日作戦上の考慮
・「世界反ファシスト戦争の偉大な成果」の実態
・講和条約こそ「戦後国際秩序」の基礎
(続きは、『明日への選択』平成26年3月号で読めます)



サンフランシスコ講和条約を知らない日本のマスコミ


サンフランシスコ講和条約を知らない日本のマスコミ

投稿者:editor 投稿日時:2014/03/17(月) 01:06
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 「日米関係は、危険水域に入りつつあるのではないか」
 毎日社説(3月3日)はこのように指摘する。いわゆる「歴史摩擦」ともいうべきものが、日米同盟の基盤にかつてない深刻な亀裂を生じさせている、というのだ。
  これがどの程度深刻なものかは論者によって見解は異なろうが、筆者も由々しきことだとの認識では一致する。関係者による誤解解消のための努力は喫緊の課題であろう。
 しかし、当然のことながら、そのやり方については、筆者の立場は毎日社説とはその見解を根本的に異にする。以下、その点を簡単に述べてみたい。
  まず毎日社説は以下のようにいう。
 「日米同盟の土台は1952年発効のサンフランシスコ講和条約だ。日本はA級戦犯の戦争責任を東京裁判受諾で受け入れ、戦前の日本と一線を画す国 に生まれ変わることで、世界に迎え入れられた。……太平洋戦争をめぐる歴史認識は、そうした戦後国際秩序の前提であって、日米同盟の基盤である。それが揺 らげば同盟も揺らぐ」
  無批判に読めば、そのまま納得させられてしまいそうな指摘だが、実はここには致命的な間違いがある。まず第一は、「日本はA級戦犯の戦争責任を東京裁判受 諾で受け入れ」とあるが、サンフランシスコ講和条約第11条にある「裁判受諾」は、本来ならば占領終了とともに全てが終りとなる戦犯に対する刑の執行を、 連合国に代わり日本に引き継がせるための規定で、それ以上のものではないということだ。「戦前の日本と一線を画す国に生まれ変わる」などということとは何 の関係もない。
 ゆえに、第二に、この「裁判受諾」は東京裁判の「歴史認識」の受諾などでは全くないということだ。例えば、東京裁判には明らかに事実と異なる判断 (例えば、日本のソ連侵略等)が多数含まれているが、そんな荒唐無稽なものを日本がそのまま是とせねばならない理由はない。また、そもそもこの「裁判」に は東京裁判のみならず、各地で行われた戦争裁判の全てが含まれる。それら全てが示した雑多な「歴史認識」を全て受け入れるなどということは、そもそもでき ることですらない。要は日本は独立の代償として、裁判の「効果」だけを受け継ぎ、刑執行の続行を約束したということだ。
 にもかかわらず、毎日社説は日本はこの条約で東京裁判の「歴史認識」を受け入れ、それが戦後国際秩序の前提となり、日米同盟の基盤となった、とまでいう。これは毎日社説だけの誤りではないが、自ら著しく日本の国益を損なう認識だといわなければならない。
 その意味で、毎日社説のいう解決策にも異を唱えなければならない。誤った認識に立つ解決策は、残念ながらこれもまた誤っているといわねばならないからだ。
 毎日社説が示す解決策は以下のようなものだ。
 「侵略と植民地支配を明確に認め、過去の反省に基づく理念で世界と協調する道を歩む決意を示す。侵略という言葉を使った村山談話、従軍慰安婦の河 野談話を見直す考えのないことを明言し、中国、韓国との歴史対立解消の道筋を探る。/靖国神社には再び参拝せず、A級戦犯の戦争責任を受け入れ、日本人自 身による戦争の総括と慰霊の観点から、戦没者追悼の新たなあり方を国民的な議論にかける」
  こんな主張はサンフランシスコ講和条約の内容とは何の関係もない。後の日本人が勝手に言い出した主張にすぎない。ということは、こんなものは「戦後国際秩 序の前提」では全くないし、「日米同盟の基盤」でも全くないということでもある。むしろ、サンフランシスコ講和条約では「侵略」という言葉は意図的に排除 されているし、連合国の「歴史認識」を押しつけるような言葉もない。そのような戦争中の対立的なもの一切を超え、「和解と信頼」を実現すべきだ、というの がこの条約の趣旨だったのだ。※editor註/詳細は、伊藤哲夫著『憲法かく論ずべし』を参照されたし。
 「戦後国際秩序」はこうした「和解と信頼」の土台の上に築かれたものだ。にもかかわらず、もう一度東京裁判の歴史認識に立ち返れなどというのは、 もう一度ポツダム宣言・カイロ宣言という戦時中の一方的な認識にまで立ち返れというのと同様で、これはむしろ中国の主張だという他ない。
 果たして毎日社説はそれが進むべき道だというのだろうか。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)
 
〈ChannelAJERプレミアムメールマガジン 平成26年3月13日付より転載〉

米軍もさんざ日本じゃ慰安させ


秦郁彦

米軍もさんざ日本じゃ慰安させ

――朝日川柳――

再燃した慰安婦狂騒曲

 二〇〇七年三月六、七日の日本共産党機関紙『赤旗』は、「安倍首相『慰安婦』発言に世界から批判」の大みだしで、海外支局を動員して「事実を認めよ―中国外相『適切処理を』」「米NYタイムズが社説――事実ねじまげた日本恥をさらしている」のような記事を並べ、加えて「韓国6紙が批判社説」に「強制性もつのは明らか」という市田党書記局長の首相批判を添えていた。

 四月末の首相訪米をにらんで慰安婦問題に関する対日非難決議が米下院本会議で可決されそうな情勢なので、二月中旬頃から内外の新聞が興奮気味に書きたてていた。そのなかで、記事量がもっとも多い『赤旗』から引用させてもらったのだが、他の全国紙も負けていなかった。
秦郁彦

 読売、産経はおとなしめだが、毎日は三月八日の社説で「『河野談話』の継承は当然だ」と書いた。すでに六日の社説で「いらぬ誤解を招くまい」と題して、毎日とほぼ同主旨の主張を打ち出していた朝日は十日の社説で、「日本は北朝鮮による拉致を人権侵害と国際社会に訴えている。その一方で、自らの過去の人権侵害に目をふさいでいては説得力も乏しくなろう」と、北朝鮮国営放送に似た拉致と慰安婦の相殺論まで打ち出すに至った。

 それでも毎日は下院決議の不成立を望んでいるようだが、対応策としては「従軍慰安婦問題で謝罪してきたわが国の立場をていねいに説明することだ」としか述べていない。どうやら決議を阻止する知恵の持ち合わせはないらしい。これでは、日米開戦前に喧伝された「ABCD包囲陣」で追いつめられた状況と同じではないか。

 米下院決議には法的強制力はないのだから、静観し放置せよとか、ひたすら謝りつづけようという意見もあるらしいが、ここまで過熱した事態を収拾するには、この策は通用しないと私は考える。代りに速効性のある反撃策を提案したいが、その前にざっと内外環境の情勢分析をしておこう。
今回の決議案は五回目

 一言にしていえぱ、慰安婦問題はさまざまな思惑を秘めた内外の諸勢力が提起した政治問題である。クラウゼヴィッツ流に定義すれば、「他の手段をもってする政治の継続」ということになろう。だから、流血こそないものの、事実関係は棚にあげて甘言、強圧、だまし、トリックなど何でもありの秘術をつくした政治的かけひきが横行する。

 それに慰安婦問題は浅間山や桜島に似た火山のようなもので、一九九一年から九二年にかけての大噴火が、河野談話(九三年)やアジア女性基金による「償い金」の支給で収まったかと思えば、昭和天皇を有罪と宣告した女性国際戦犯法廷(二〇〇〇年)やその番組製作をめぐるNHK対朝日新聞の泥仕合(二〇〇五年)などで間歇的に噴煙を吹きあげる状況がつづいてきた。休火山というより活火山なのかもしれない。

 最新の噴火が今回の下院決議案をめぐる騒動なのだが、噴煙は数年前からカリフォルニア州やワシントン周辺でくすぶっていた。正確に言えば今回の決議案は五回目(一説では八回目)である。

 提出してもそのつど不成立ですんでいたのだが、昨年四月に提出された決議案(レイン・エバンス議員が主導)は九月に委員会は通過したものの、本会議へ行くことなく年末に廃案となった。さすがに委員会通過であわてた在米日本大使館が、ロビイストを雇って工作した成果だともいう。

 しかし引退したエバンス議員を引きついだ日系三世のマイク・ホンダ議員が本年一月三十一日に、同じ主旨の決議案を下院外交委員会へ提出、二月十五日には小委員会で元慰安婦三人が出席した公聴会も開催された。在米大使館はホンダ議員の意気ごみから、こんどは危いと感じたのだろう。

 加藤大使みずから反論書簡を下院に届けるなど採択阻止工作に乗りだすが、「日本政府は安倍首相が河野談話の継承を表明しているし、首相のお詫びをくり返してきた実績を認識して欲しい」と、ひたすら低姿勢の懇願調に終始したので効果は乏しく、共同提案議員は当初の六人から二十五人(二月末)へ、ついで四十二人(民主党三十二人、共和党十人、三月十二日現在)へと急増してしまった。

 昨年秋の中間選挙で民主党の「リベラル人権派」が外交委員会の委員長と同小委員長に就任したこともあり、今回は採択される公算が大きいと予想されている。

 では決議案を主唱しているマイク・ホンダとはどんな人物なのか、何を狙っているのか、突然の登場だけに手持ちの情報が乏しいので、ネットで検索してみた。すると同じ思いか、「ホンダとは誰だ?」式の論議が飛びかっている。

 日系人なのに、なぜ反日的行動を主導しているのかという違和感が先に立つのか、「日系人になりすまし」「本当は朝鮮系らしい」「ベトナム系中国人か」「経歴不詳の怪人物」といったぐあいだが、かりにも情報公開大国のアメリカで出自定かならぬ議員がいるはずはないと探してみたら、本人のウェブサイトにきちんとした身上記録が見つかった。れっきとした日系アメリカ人であることが確認できたので、つぎに略歴と政治活動の背景を紹介しよう。
ヘイデン法、主導者の一人

 ホンダは一九四一年六月、カリフォルニア州サンフランシスコ近くのウォルナット・グローブに食料品店を営む日本人を両親として生れ、半年後の日米開戦でコロラド州の日系人収容所に入る。一九五三年からストロベリー摘みに転じた両親とサンノゼに住み、地元の高校、州立大を経て、七四年大学院で修士号をもらい教師の道へ進む。

 その間に平和部隊の一員としてエルサルバドルで二年活動、その後は校長、教育委員を経て一九九六年、カリフォルニア州下院議員に選出され、九九年に成立したヘイデン法を主導した一人となる。

 ヘイデン法とは日本の「戦争犯罪」に対し、在米の日系企業を誰でも提訴できるとする州法で、総額百二十兆円の補償要求が出たが、連邦最高裁まで争い違憲と判定され敗退した途方もない悪法である。「戦争犯罪」には捕虜虐待、南京事件、慰安婦まで含まれていたから、二〇〇〇年から連邦下院議員となった彼にとって下院決議案はあきらめきれぬ宿願なのかもしれない。

 ホンダの政治活動にはサンノゼを中心とするシリコン・バレーを選挙区(第15区)としている事情も影響しているようだ。この地域はスペイン系のほか中国系、韓国系、ベトナム系の住民が多く、アジア系の人口比率が本土では最高の二九%を占めている。

 日系米人の対日心理も、考慮する必要があろう。白人の研究者から「アメリカにいるアジア系アメリカ人で母国の悪口を聞いて怒り出さない者はいないが、日系人は平気で、反日運動に加担する人さえいる。なぜだろうね」と聞かれたことがある。

 答えかねて、「日本に住む日本人でも反日家は少なくないからねえ」と逃げたが、最近は日系人のアイデンティティは消えつつあり、アジア系に吸収されてしまったと指摘する専門家もいる。ホンダ議員を支えているのも、広義のアジア系意識なのかもしれない。

 もちろん政治家である以上、彼が口にするのは美辞麗句ばかりである。彼の公式サイトから拾うと「正義の実現は日本のためになる」「カ州アジア人のコミュニティ拡大のなかで、横のつながりを阻んでいるものが過去の戦争の記憶なのだ」「平和な国際社会を育成するために、過去の問題を解決する和解を、われわれの世代が呼びかけるべきだ」のようなものだが、「日本叩き」で他のアジア系を結束し票固めをするのが本音かなと思わせる。

「彼は中国での人気が高い。また彼の活動には多くの在米韓国人が支援し協力を寄せている」という『朝鮮日報』のホンダ評はこのあたりを言い当てているかに見える。

 実際にホンダと連帯して下院決議案を推進してきたのは、ワシントンに本拠を置く「慰安婦のためのワシントン連合」の会長で、米地方裁判所に提訴した十五人の慰安婦の裁判闘争を支援してきた朝鮮系のソー・オクチャ博士である。

 二月十五日の公聴会も、三人の元慰安婦の証言が目玉になっているとはいえ、議事録を見ると真打ちはしめくくりの大演説をぶったソー女史と見てよいのかもしれない。内容から判断して、次に摘記した対日非難決議案(『赤旗』特派員・鎌塚由美記者の訳文)は彼女の起草かと推定する。
二十世紀最大の人身売買

 決議一二一号

 日本政府による軍事的強制売春である「慰安婦」システムは、その残酷さと規模の大きさで前例のないものと考えられる。集団レイプ、強制妊娠中絶、辱めや性暴力を含み、結果として死、最終的には自殺に追い込んだ二十世紀最大の人身売買事件になった。

 日本の学校で使用されている新しい教科書のなかには、「慰安婦」の悲劇や第二次世界大戦中の日本のその他の戦争犯罪を軽視しているものもある。

 日本の官民の当局者たちは最近……河野談話を薄め、もしくは無効にしようとする願望を示している。……このため、以下、下院の意思として決議する。

 日本政府は、

(1)日本帝国軍隊が若い女性に「慰安婦」として世界に知られる性奴隷(Sexual Slavery)を強制したことを、明確にあいまいさのないやり方で公式に認め、謝罪し、歴史的責任をうけいれるべきである。
(2)日本国首相の公的な資格でおこなわれる公の声明書として、この公式の謝罪をおこなうべきである。
(3)日本帝国軍隊のための性の奴隷化および「慰安婦」の人身売買はなかったといういかなる主張にたいしても、明確、公式に反論すべきである。
(4)「慰安婦」にかんする国際社会の勧告に従い、現在と未来の世代に対しこの恐るべき犯罪についての教育をおこなうべきである。

 読んでいるうちに口汚なく日本を罵る北朝鮮の国営テレビを思い出して気分が悪くなったが、多少の解説を加えると、(2)は在米大使館が歴代首相の謝罪を強調していることへの当てつけか。首相個人ではなく、内閣や国会の総意を代表しての公式謝罪でなくてはというのだが、受け入れたとしても「(今までは)本当の謝罪ではなかった」(下院小委員会のファレオマバエガ委員長)とか「天皇が全戦争犯罪に対し、より力強い謝罪をすべきだ」(三月七日付ロサンゼルス・タイムズ社説)式にとめどなくエスカレートする可能性が残る。

(3)はホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)に対する異論を、法的に処罰できるドイツの例を見習えという示唆とも読める。河野談話を薄めようとする者も、処罰の対象になるらしい。

(4)は前文で日本の教科書への苦情を述べているところから察すると、必ず慰安婦のことを書けとの注文かもしれない。
李容沫の「家出」

 いずれにせよ、「内政干渉」の見本と呼べそうな要求だが、下院小委員会のファレオマバエガ委員長(民主党、米領サモア出身の准議員)は『赤旗』(三月九日付)の鎌塚記者へ、「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」との安倍首相発言に反発して「私は、河野談話をしっかり読みました……首相は、談話の根拠となった(日本政府の)調査を信じていないというのでしょうか」と語り、「決議案の意味は、公聴会で元『慰安婦』の女性たちが語ったことがすべてだと思います」と述べている。

 どうやら決議案を支える二本柱は、河野談話と公聴会での慰安婦証言と見受けるが、前者の問題点は後まわしにして後者のほうから検分してみよう。

 公聴会が開催されたのは二月十五日、議事録によると場所は下院ビルの二一七二号室、主催は下院外交委員会の太平洋・地球環境小委員会、論題は「慰安婦の人権保護」となっている。

 会は小委員長の挨拶につづき、パネル?がホンダ議員の主旨説明、パネル?が元慰安婦の李容沫(Lee Yong Soo)、金君子(Kim Koon Ja)、ヤン・ルフ・オヘルネ(オランダ出身、現在は豪州居住)の証言、パネル皿は支援組織のミニー・コトラー、ソー・オクチャ(既出)の陳述の順で進行した。

 三人のうちオヘルネは一九四四年ジャワ・スマランのオランダ民間人抑留所から日本軍部隊の慰安所へ連行され売春を強制されたが、気づいた軍司令部の命令で二カ月後に解放され慰安所は閉鎖された。

 オランダ軍事法廷は戦後に責任者十一人へ死刑(一名)をふくむ有期刑を科したので、法的には六十年以上も前に終結した事件である。

 残りの二人は韓国人女性だが、ここではソウルの「ナヌムの家」に住み、語り部として訪日経験も多い李容沫の証言(要旨)を議事録から紹介したい。気になる個所に傍線を引いておいた。
「私の前半生」

 一九二八年十二月、大邸生れ。男五人、女一人の九人家族だが、貧しかったので学校は一年しか行かず、十三歳の時から工場で働く。一九四四年秋、十六歳の時に女友達のキム・プンスンと川辺で貝拾いをしていた時、丘の上から年長の男が私たちを指し、連れの三十歳代の日本人がやってきて誘った。おびえた私は走って逃げたが、数日後の早朝にキムが窓を叩いて小声で誘った。

 私は母に黙ってスリッパでそっと抜け出すと、数日前に見た日本人がいた。彼は人民軍のような服(People,s Army uniform)に戦闘帽をかぶり、三人の少女が一緒だった。合流して五人になった我々は駅から列車で平壌を経由して大連へ向った。途中で帰りたいと泣いたが拒否された。

 十一隻の船団に乗り、船中で四五年の元旦を迎えた。上海に寄ったあと台湾へ向ったが、途中で爆撃に会い乗船に爆弾が一発命中した。大混乱の最中に同船していた日本兵にレイプされた。これが私にとって最初の性体験である。

 船は沈みかけたが何とか助かり、私は血まみれで台湾に上陸した。同行した慰安所の主人(妻は日本人)は「おやじ」と呼ばれたが、時に暴力をふるわれた。

 新竹の慰安所ではトシコと名のり、毎日四、五人の兵士に性サービスした。そのうち性病にかかり、なじみの特攻パイロットにうつしてしまったが、彼は「君の性病は明日突っこむ僕へのプレゼントと考えるよ」とやさしかった。

 終戦となり、四人の仲間とともに帰国、両親にも私の体験を語らないまま、飲み屋で働いたり魚の行商、保険の外交員などをして戦後をすごした。
朝鮮人による「騙し」

 公聴会にひっぱりだした以上、目をそむけるような陰惨なエピソードのオンパレードだろうと覚悟して読みはじめた私は、いささか拍子抜けした。涙もあれぱ笑いもあって、テレビ局が飛びつきそうなメロドラマ風の筋立てではないかというのが率直な感想だが、彼女たちの身の上話には女工哀史を題材にした「ああ野麦峠」の百円工女のように成功美談風の物語も珍しくない。

 波乱万丈の一代記を出版した文玉珠(故人)もそのひとりで、ビルマでは「利口で陽気で面倒見のいい慰安婦」として将軍から兵隊までの人気を集め、三年足らずで二万六千余円の貯金ができ、五千円を仕送りしたという。本当なら、在ビルマ日本軍最高指揮官より多く稼いでいたことになる。

 もっとも彼女は一九九二年に時価修正しての払い戻しを日本の郵便局へ請求したが、断わられる不運な目にも遭っている。

 李容沫の場合は戦争末期なので仕送りするどころか、ただ働きに終ったろうと想像するが、動機は民間業者の甘言に乗せられた家出娘としか思えない。

 ではもうひとりの金君子はといえば、十六歳で養父のチョイ(朝鮮人警察官)からカネを儲けてこいと追い出され、「軍服」を着た朝鮮人の男からカネになる仕事があると言われ貨車に乗せられて、と申し立てている。本人が業者に騙されたか、養父が前借とひきかえに業者について行くよう命じたかのどちらかで、日本人はまったく登場しない。

 両人とも官憲による強制連行の影も見えず、朝鮮人による「騙し」と断定できる。なぜならそのころ朝鮮半島に居住していた日本人で、甘言を弄して朝鮮人女性を騙せるほど朝鮮語が話せる者は、皆無に近かったからだ。

 私が目にした元慰安婦たち数十人の証言は、多くが李や金の申し立てと大同小異だが、支援団体などが都合にあわせて手を入れるせいか、同一人なのに数通りの身の上話が流通する例は珍しくない。

 とくに連行事情が食いちがってはまずいと考えたのか、女性国際戦犯法廷の報告書は「参加被害者の略歴」欄から誰が騙したか、連行したかの主語を削り落してしまった。くだんの李容沫の場合も31頁の表1が示すように、連行事情について数通りの筋書きが「カムアウト」している。

 年齢、連行した男の素姓や服装の誤差は別として、大別すれば「家出」(1、6)と「強制連行」の二種になる。いずれも多かれ少なかれ「騙し」の要素がからむ。正反対に近い二種のいずれが真相に近いかと聞かれれば、公聴会の6は「赤いワンピース……」が抜けているだけで、デビュー直後の1とほぼ同じなので「家出」が正しいと答えたい。

「強制連行」のほうは支援組織やマスコミへのサービス発言だろうと推測するのは、細部の食いちがいが多すぎること、公聴会での証言からわずか六日後の参議院議員会館や二週間後の外国特派員協会などでは正反対の陳述を使いわけているからである。

 その間に「約束がちがう」と貴められたのか、参議院の集会では新立法運動を進めている福島瑞穂、岡崎トミ子、土屋公献、円より子氏らの顔を立てて典型的な「女郎の身の上話」を語ったのだろう。

 日本政府が慰安婦や慰安所の存在を否認していると思いこんでいるらしい彼女としては、「私が生きた証拠です」(living witness)と主張するのが眼目で、騙した男の素姓とか、沈みかけている船上でレイプされた話を信じてもらえるかどうかは関心の対象外なのではあるまいか。

 理解しかねるのは、韓国だけでまだ百十四人も生き残りがいるのに、公聴会をテコにして決議案を通そうとしているホンダ議員たちが、なぜ「性奴隷」の見本としてはふさわしくない慰安婦を証人に選んだのかという疑問だ。

 それにこの程度なら朝鮮戦争やベトナム戦争の帰還兵から、「われわれが通った米軍専用慰安所と変りないじゃないか」と異議が出るリスクもあるというもの。

 だが信仰にも似た先入観は恐ろしい。李や金を強制連行の犠牲者と思いこむ人士は多く、シーファー駐日アメリカ大使でさえ記者会見で彼女たちを「信用できる証人」(Credible Witnesses)と公言(三月十六日付NYタイムズ)したのには仰天した。
終戦三日後に特殊慰安施設

 そこでついでながら、日本軍以外の「戦場の性」の実状をのぞいてみよう。詳細は拙著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、一九九九年)にゆずり、ここではアメリカの日本占領期、朝鮮戦争、ベトナム戦争における米兵の性行動に絞る。

 米軍占領期の日本人慰安婦の生態についてはドウス昌代『敗者の贈物』、いのうえせつこ『占領軍慰安所』や各県の警察史など参考文献は少なくないが、「良家の子女」を守るため内務省の発案で有力業者に話をつけて「特殊慰安施設協会」(RAA)が組織されたのは、終戦から三日後という機敏さだった。

 大蔵省の緊急融資で東京大森の小町園に第一号が開店したのは一九四五年八月二十七日。朝日新聞などに出た「急告 特別女子従業員募集 衣食住及高給支給、前借にも応ず」の募集広告に応じて、千数百人の女性が集まった。

 最初は女性一人につき一日最低十五人から最高六十人までの米兵を相手にさせられたが、全国でピーク時には七万の女性が集まり、混雑は緩和された。一対一で囲われる「オンリーさん」は、彼女たちの出世頭ともいえる。

 それでもレイプする米兵は絶えなかったが、米軍から報道を禁じられた日本の新聞は「犯人は背の高い男」と書き、憂さを晴らした。

 一九五〇年に起きた朝鮮戦争で在日米軍の主力は朝鮮半島に出動、三年後に休戦となったが、それいらい半世紀にわたって在韓米軍の駐屯がつづく。韓国政府のお膳立てで基地周辺には米兵用の売春婦が群がり、彼女たちは米軍の強制検診を受け安全カードが必携とされている。

 米軍司令官のなかには買春抑制を指令した例もあるが、互助会がストをうって米軍を屈伏させた話もある。

 韓国政府の発表だと二〇〇二年の売春従事者は三十三万人、売上額は二兆四千億円、GDPの四・一%に達する(『東京新聞』二〇〇三年二月七日付)という。今でもつづく繁昌ぶりに米兵の寄与率は決して低くはないだろう。

 買春に関わっているのは韓国軍も同様で、二〇〇二年二月には立命館大学の国際シンポジウムにおける韓国の女性研究者(金貴玉)の報告は、慰安婦問題に関わっている日本のフェミニストたちに少なからぬ衝撃を与えたと、山下英愛(同大講師)は書いている(『週刊金曜日』〇二年八月九日号)。
韓国政府の頭痛の種

 金貴玉氏は韓国軍が経営する慰安所があった事実を九六年頃から突きとめていたが、「日本の右翼に利用される」ことを恐れて発表を控えてきたのだという。彼女の発表によると、韓国陸軍本部が一九五六年に編纂した朝鮮戦争の『後方戦史(人事編)』に固定式慰安所――特殊慰安隊があり、慰安婦は「第五種補給品」の名目で部隊にあてがわれた。そして五四年三月までに四カ所で八十九人の慰安婦が年間二十万四千五百六十人の兵士を相手にしたとされる。

 韓国を告発する韓国人は他にもいる。ベトナム戦争で勇猛ぶりを発揮した韓国兵は「ベトナム人殺しと女買いの悪いイメージを残したのです……ベトナムに対して韓国は、三十数年間、過去を清算しなかったのです」(『世界』九七年四月号)と指摘したのは韓明淑女史だが、五千人とも三万人ともされる混血児の後始末は韓国政府には頭痛の種らしい。

 しかし何といっても、ベトナム戦争の主役は米軍である。サイゴン(現ホーチミン)を中心にベトナム人女性による売春産業は繁栄をきわめた。米軍の公式戦史はもちろん新聞も、この領域にふみこんだ記事はほとんど報道していない。

 幸いライケに駐屯した第一師団第三旅団(兵力四千)の駐屯キャンプにおける慰安所の実況について、スーザン・ブラウンミラーがピーター・アーネット記者(ピューリッツァー賞受賞者)に試みたヒアリングがあるので、次に要旨を紹介しよう。
米軍の性病感染率

 一九六六年頃までに、各師団のキャンプと周辺には「公認の軍用売春宿(Official military brothels)」が設置された。ライケでは鉄条網で囲まれたキャンプの内側に二棟の「リクリエーション・センター」があり、六十人のベトナム人女性が住みこみで働いていた。

 彼女たちは米兵の好みに合わせて『プレイボーイ』のヌード写真を飾り、シリコン注射で胸を大きくしていた。性サービスは「手早く、要領よく、本番だけ(quick,straight and routine)がモットーで、一日に八人から十人をこなす。料金は五〇〇ピアストル(二ドル相当)で、女の手取りは二〇〇ピアストル、残りは経営者が取った。

 彼女たちを集めたのは地方のボスで、カネの一部は市長まで流れた。この方式で、米軍は「ディズニーランド」とも呼ばれた慰安所に手を汚していない形にしていたが、監督は旅団長で、ウエストモーランド司令官もペンタゴンも黙認していたのである。
 女たちは週ごとに軍医の検診を受け、安全を示す標識をぶらさげていたが、それでも米兵の性病感染率は千分比で二〇〇(一九六九年)に達していた(Susan Brownmi-ller,Against Our Will,1975,PP.94-95)。

 長々と引用したのは、米軍がコピーしたのかと思うほど日本軍慰安所の生態と瓜二つなので、この本を読めば米下院議員の諸氏に対する説得が省略できると考えたからでもある。ただし、女の取り分は日本軍のほうが良かった(五割以上)かわりにシリコン注射の技法はなかったことを付け加えておきたい。ベトナム戦争末期には、この種の女性たちが三十―五十万いたと書いているシンシア・エンローの著書も参考になる。

 こうした比較考察から引きだせる対策として、ブラウンミラーの著書の数ぺージを配るというしごく単純な手法がある。

 そしてマイク・ホンダ議員たちヘアメリカに対日非難の資格ありやと問うて決議案を取りさげてもらうか、非難の対象を「日本政府」から「日米両国政府」に修正するよう働きかけるのはどうだろう。

 効果があるかねえと冷かされそうだが、成否の問題ではない。何を言われても謝るか、泣き寝入りする習性が身についてしまった戦後日本人に、不当な言いがかりには言い返す気力を持たせるきっかけにするだけでも意義があると思うのだが――。
裏目に出た河野談話継承

 さてホンダ議員たちへの働きかけは、とりあえずの頓服薬にすぎず、中長期的には河野談話の撤回ないし修正が課題だろう。

 その動きは談話の直後から断続してきたが、最近になって保守派議員で構成する自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(中山成彬会長)の「慰安婦問題小委員会」(中山泰秀委員長)が官邸から要請もあって見直し作業に着手した。

 そして三月一日に具体案を作成したが、委員会では硬論と消極論が対立してまとまらず、八日に調査研究を継続するため政府資料の提供を首相に約束させるだけに終った。

 ところが約束したとはいえ、河野談話の根拠となった政府調査団(内閣外政審議室で編成)による十六人の元慰安婦からの聞きとり記録は見せられないというのだから、党側が「二階へ上げてハシゴを外された」と怒るのもむりはない。

 しかし、安倍が首相に就任した直後からのふらつきぐあいを見ていれば、そもそも無理な注文ではあった。

 念のため河野談話に触れた首相と周辺の言行をたどっていくと、安倍はまず昨年十月五日、衆議院予算委員会で民主党の菅代表代行へ「私を含めまして政府として(河野談話を)受け継いでいる……私の内閣で変更するものではない」(国会議事録)と答弁している。

 さらに菅氏から、九七年の答弁で河野談話に疑問を呈しているではないかと突っこまれ、「狭義の強制性はなくても広義の強制性に議論が変わっていった」とも述べているが、わかりにくいせいか後段を伝えなかった新聞も多く、継承するという前段が突出してしまった。

 しかも十月二十七日には下村官房副長官が外務委員会で首相と同主旨を述べたついでに「閣議決定なので……」と言い添え、首相もフォローしたので談話の修正は簡単にはいかないと印象づける。河野談話が閣議決定だというまちがった思いこみ、当の河野洋平氏が現職の衆議院議長に座っているという重みが首相の腰をぐらつかせたのかもしれない。
狭義から広義へ

 米下院の決議案がクローズアップされてきた二月中旬から論議は再燃した。十九日の予算委員会で稲田朋美議員(自民)が「河野談話を撤回する考えはあるか」とただしたのに対し、塩崎官房長官は「政府の基本的な立場は河野談話を受け継いでいる」と答えた(二十日付産経)。

 次に三月一日の記者団会見で首相は、河野発言の継承には触れず、「強制性を裏付ける証拠はなかったのは事実ではないか」「(強制性の)定義が(〈狭義〉から〈広義〉へ)変わったということを前提に考えなければ」などと語っている。

 これに対しニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどアメリカの主要新聞は一斉に二日の紙面で、首相が河野談話を全面否定したと書きたて、さらに国粋主義者、歴史修正主義者と批判した。

 産経新聞でさえ、「(首相は)河野談話が対日キャンペーンの口実に使われていることを憂慮。見直しに着手すべきだとの姿勢を示したものとみられる」と解説したぐらいだから、海外紙が「誤解」してもやむをえず、むしろ首相の「あいまい戦略」によるわかりづらいレトリックが崇ったというべきだろう。

 ともあれ国際的反響の厳しさに動揺したのか、安倍首相は五日の参議院における質疑で、あらためて「河野談話は基本的に継承していく」と述べた。しかし強制性を狭義と広義に分け、わかりやすくするつもりか、前者は「官憲が家に押し入って連れていく」場合、後者は「間に入った業者が事実上強制したこともあった」事例と説明したのが裏目に出た。

 私も発言の真意を測りかね、誤解か曲解の玉突き現象が起きはしないかと危倶していたら、やはり次のような論評が出た。

 毎日新聞
「(首相は)従軍慰安婦の強制性について狭義と広義の意味がある」と定義を使い分けることで、過去の発言との整合性を取る戦術を取ってきた。微妙なニュアンスは海外まで伝わらず、歯切れの悪さが「旧日本軍の関与を否定するもの」と受け取られている(三月六日付)。
 R・サミュエルズMIT教授
 それにしても、今回の安倍の対応はアメリカ人には不可解に映る。河野談話が誤った歴史認識に基づいているというのなら、なぜ公式に撤回しないのか……強制に「広義」と「狭義」があるという日本政府の言い分は、理解せよというほうが無理である(『ニューズウイーク日本版』〇七年三月二十一日号)。

広義の強制に転向

 どうせ叩かれるのなら難解な二分法を使わず、単純明快に「官憲による強制連行はなかった」だけで押し通すほうが、メディア戦略としてはベターだったろう。しかも皮肉なことに安倍流の二分法は、マイク・ホンダが「勇気づけられる政治家」、朝日社説が「潔い態度」と称讃する河野洋平氏、一九九一年の「ピッグバン」で立役者となった吉見義明教授のレトリックと見分けがつかぬ姿となってしまった。その理由を少し説明しよう。

 朝日新聞によれば河野は、一九九七年のインタビューで、政府による強制連行を証明する資料は見つからなかったが、「本人の意思に反して集められたことを(広義の)強制性と定義すれば……数多くあったことは明らか」(九七年三月三十一日付)と語っている。河野自身がすでに河野談話の修正をすませていると見てもよい。

 強制連行説から出発した吉見氏も九〇年代半ばから慰安所生活に自由がなかったとする広義の強制論者へ転向した。

 考えて見れば、「広義の強制」論議ほど不毛なものはない。兵営に閉じこめられ、銃弾の中を突撃させられる兵士、前借金をもらい一方的にトレード(人身売買?)されるプロ野球選手、沖縄戦で動員された「ひめゆり」部隊、さらには公娼制のもと親に売られ内地や朝鮮の遊郭と呼ばれる「苦界」に身を沈めた女性と、どこで線引きするのか。

 そこで、これ以上の混線を招かないため河野談話のどこをどう直せばよいのかという実用的な視点から、「狭義の強制」に関わる部分に限定した私案を次に提示してみよう。他の部分も関連しての手直しが必要だが、省略する。

 慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧など、官憲等が直接これに加担したこともあった。

 右のうち(1)を削除、(2)を威迫、(3)を「直接間接に関与」か「取り締る努力を怠った」と修正したい。(1)を削除するのは、軍と業者は一方向ではなく、商取引の基本に則し、「魚心に水心」の関係としてとらえたいからである。

 たとえば37頁の新聞広告を眺めてみよう。募集人が民間人、行き先が軍の慰安所であることに疑問はないが、軍の「要請」かどうかは不明である。話がついていたにせよ、軍が前借金まで負担したとは考えられぬから、業者の売りこみから始まったのかもしれないし……と詮索しても無意味だろう。

 私が意外に思ったのは、この種の募集広告が『ワシントン・ポスト』に比肩する『京城日報』という朝鮮最大の新聞に堂々と掲載されていたことだ。広告主は座して待っていれば、京城帝国大学卒業生の初任給の三倍にもなる高給に惹かれた女性たちが続々と応募してきたはずで、リスクの多い「強制連行」に頼る必要がなかった証左にもなる。

(2)はたとえば前借金を親に払った業者が、嫌がる娘に脅し文句を使った事態だとすれば、「威迫」と表現するのが適切と考えたからである。

(3)は最大の争点に関わるが、十数年にわたり関係者が血まなこで探しても証拠らしきものが見つからぬ以上、直接加担はなかったと断定してよいだろう。しかし全面削除では反発が大きすぎるのを配慮して、取締り不足の責任を残すことにした。オレオレ詐欺や金属泥棒の横行に、警察の責任を問うのと同列と考えてよい。
買春ではなく連続レイプ

 だが火の手が燃えさかるピーク時には消火剤も放射水も効用がないように、目下の第二次慰安婦騒動にはどんな手を打っても無駄な気がする。思えば十数年前の第一次騒動時も、支援者や運動体に煽られて、マスコミも熱に浮かされた狂態ぶりで、異論に耳を傾けてくれる人は稀だった。

 カトリックの日本人枢機卿が国会前に坐りこみ集団断食で抗議しようと呼びかけたり、二百万円の見舞金を「韓国では犬の値段だ」とわめく元慰安婦が登場した情景が思い出される。

 そうした異様な熱気のさなかで、河野官房長官が周防正行監督なみに「それでも日本はやってない」と言い張る勇気を持てなかったのは、わからぬでもない。

 では今回はどうか。熱源になったアメリカなどの先進諸国に比べ、中韓両国の興奮度は意外に低い。たとえば中国の各紙は三月十一日に「安倍首相が慰安婦に対しおわび」したと論評抜きで報じた程度だが、昨年の対日論調を覚えている人は、かえって気味悪がるかもしれない。

 韓国については、ソウル駐在の黒田勝弘特派員が三月十四日の産経紙上で「日本軍の慰安婦犯罪はアジアを超えて世界的な公憤の対象になった」とか「対日圧力の世界化ネットワークを」といった新聞論調を紹介、「日本人拉致問題をめぐる日本における北朝鮮たたきに対する報復心理が微妙にうかがわれる」との外交筋の見方を伝えている。

 つまり背後には蕫北朝鮮の影がある?というのだが、既出のように朝日新聞が同調する気配を見せているから、逆流する形でわが国の「反日派」が勢いづく事態も予想される。

 とかく千波は万波を呼ぶ。虚実とりまぜた誇大宣伝は相乗効果を生み、とめどなくエスカレートしがちだ。海外メディアで目についたのは「買春ではなく連続レイプだった」(ニューヨーク・タイムズ)、「安倍首相は耳が聞こえないのか」(英エコノミスト誌)、「天皇が謝るべきだ」(ロサンゼルス・タイムズ)、「ホロコーストなみの大罪」(マーク・ピーティ教授)といったところだが、便乗する形でレイプ犯罪の告白まで登場してきた。
それでもボクはやってない

 三月十六日と十七日の各新聞は、政府が河野官房長官談話を継承するが、あらためて閣議決定にはせず、同談話の「発表までに政府が発見した資料の中には『軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった』とする答弁書を閣議決定した」(十六日付朝日夕刊)と報じた。

 現段階における最終的な日本政府の対処方針と見なせるが、あい変らずまわりくどい言い回しなので、慰安婦問題の最終的な解決に結びつくかどうか疑わしい。問題の下院決議は不可避と覚悟したうえで、せめて安倍訪米後まで延ばして欲しいとの思いなのかも知れない。

 それはそれとして、早急に必要なのは誤認ないし誤解されている基本的事実について、説得性に富むデータ(とりあえずは英文)を発信することだろう。

 海外では令名のある歴史家や法律家でも、慰安婦問題に対する事実認識はおどろくほど低い。ダイナ・シェルトン教授(ジョージ・ワシントン大学教授)を例にとると、「大多数(most)の歴史家は、徴用(conscript)された女性は十―二十万と算定している」「彼女たちの大多数は朝鮮人と中国人」「多くが誘拐(kidnap)され、レイプされた。次はだまされた者で、親に売られた者もいる」(ロサンゼルス・タイムズから三月十一日のジャパンタイムズヘ転載)のような認識である。

 まちがいだらけなので私なりに訂正すると、「慰安婦の総数は二万人以下で強制的に徴用した例はない」「最多は日本人女性」「多くは親が業者に売ったか、業者の募集に応じた者で、だまされた者もいる」となる。ついでに慰安所の生活条件は、平均してベトナム戦争時の米軍慰安所とほぼ同じと付け加えたい。

 そして内外の運動家たちには、中国だけで半年間に救出した誘拐や人身売買(多くは強制売春)の被害者は十一万人以上とチャイナ・デイリー紙(二〇〇〇年九月十七日付読売)が伝える現在の性犯罪根絶へ向け、奮闘してもらいたいと願う。

注1 六月二十六日下院外交委員会は39・2で決議案を採決した。共同提案議員は百四十六人に達した。

2 七月中旬に大陸の全体決議採決が予定されている。

朴大統領と「南北統一」で大はしゃぎの韓国メディア


南北統一は国家の悲願か、


歴代の韓国大統領は、悲願成就を検討し、実行に移した大統領も存在した。
朴槿恵大統領が成就すれば、偉大な業績と讃えられよう。では、その手続きは、と言うと心許ない。

中韓が分断国家の悲哀を嘆く事は、心情としては理解できる。
ドイツ統一は、冷戦の終結がもたらした。極東では新たな冷戦の予感が強い。
その主役は、中共と日本である。冷戦の主体は、中共である。

韓国に対し、日本が集団的自衛権 を持たない事から、朝鮮半島有事には韓国への支援は無理であると
説明する時代になった。盲目的なアメリカ追従から脱した瞬間である。
日本国内のメデイアは日頃の報道から言えば、センセーショナルに報道しても良い事項である。
ネットは敏感に反応した。

従軍慰安婦問題の根拠に関わる河野談話の見直しにゆれる時期では、嫌韓論に喝采があがる。

付け加えたいのは、韓国の「日本はドイツに学べ」との御宣託である。
統一朝鮮には、ドイツの例が好適であろう。他国の批判に用いるべきでないのは明らかである。

そして、統一費用の工面に日本国を見るのは困った事である。
日本国はそう言う事のないように、靖国神社参拝と言う護符を用意した。
もう面倒は掛けるなよ。との宣告である。河野談話の継承から首脳会談への折衝で韓国側が
故意にか失念したのには、日本人の誰もが驚嘆した。更に強硬に言って聞かせねば、納得しないのは
頑迷固陋である。

朝鮮半島動乱も統一朝鮮への支援も自国でまかなう事である。

まして、日本の経済を追い越す事を考えているのでは、日本国の理解は得られない。
しかも、対北に備えるべき陸上兵力も思考しないでは、笑い話に過ぎない。
国家的ウリナリファンタジーに興ずる人々に未来は無い。

私は、統一朝鮮には、中共が反対すると見ているし、統一の軍事行動は北朝鮮からしかできないと
見ている。朝鮮半島動乱とは、2015年にアメリカ駐留軍が撤退すれば、現実化する。
ウリの話より現実である。政治家の現実(リアリテイ)は、朝鮮半島動乱に備える道を説くべきである。

朴槿恵大統領は日韓首脳会談で、慰安婦の問題を専一に話すようであるが、
おろかという他は無い。朝鮮人は自分に似合った政治指導者しか、生み出せない。
まったく、現実は皮肉に出来ている。河野談話とは、日本国と韓国との最終的な合意で、
韓国の意図が含まれている。

河野談話の継承とは、靖国神社参拝に続く、外交宣言なのに、取り違えている。



博打用語を使った朴大統領と「南北統一」で大はしゃぎの韓国メディア
http://monma5376.blog120.fc2.com/blog-entry-18892.html

韓国が「統一」で沸いている。きっかけは朴槿恵(パク・クネ)大統領がダボスでの演説に続き、今年1月6日の年頭記者会見でも「今年は統一が“大当たり” だ」と述べたことにある。ここにある“大当たり”とは「テーバク」の訳語だが、この言葉は韓国語の辞書に載っていない(韓国の新聞では『大チャンス』とし ている新聞もある)。

弾圧されていた李王朝下のキリスト教徒が、救いの船が来ること(大舶来鮮)を願ったのが、「テーバク=大舶」の語源 らしい。しかし、いま現在は「博打(ばくち)で大当たりするチャンス」というニュアンスで使われている。「大舶」転じて「大博」、現在の使われ方としては 品格に欠ける俗語だ。

大統領が年頭から、博打用語を使うとは、ポピュリズムを感じさせる。きっと、「国民との意思疎通がない」といった批 判を背に受け、そんな俗語を選んだのだろう。昨年7月の首席秘書官会議で「言葉は人格を表し、国民を代表する人たちの言動は国の国格を表す」と自ら述べた ことなど、とうにお忘れだ。

「テーバク」は流行語になり、韓国各紙はこのところ、しばしば「統一したならば…」の記事を載せている。最も燥(はしゃ)いでいるのが、韓国最大の新聞で、保守系の「朝鮮日報」だ。このところの目立った記事だけ拾ってみても-

「最大の障害は“安倍日本” 南北統一に関する国際会議」(1月22日)

「南北統一なら世界最大の産業ベルト地帯誕生? 中国東北3省-ロシア沿海州-日本西部を結ぶ“北東ベルト地帯”」(2月2日)

「統一翌日の韓国証券市場には、全世界の投資家が集まって急上昇するだろう」(2月17日)

「統一なら人口8000万の韓民族経済圏が誕生」(3月3日)

「統一すれば今の世代で日本に追いつける」(3月5日)

「統一後、北の土地に対する元所有者の権利は認めない」(3月14日)

こうした中、朴大統領は「統一準備委員会」を発足させ、自らその委員長に就任する意向を表明している。きっと、「統一」には、「反日」に勝るとも劣らない政権浮揚・国民求心効果があるのだろう。結構なことと思うが、大きな疑問がある。

事実上の王朝国家である北朝鮮と、一応、選挙による大統領制をとっている韓国が統一されると、どんな政体になるのか。韓国紙をいくら読んでも解答は載っていない。代わりに、こんな記事が目に留まった。「韓国防衛事業庁は、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃する地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を来年から導入することを決定した」(聯合ニュース3月12日)

脳内整理の達人でないと、この国は理解できない。

室谷克実(むろたに・かつみ)  1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活 動に。主な著書に「韓国人の経済学」(ダイヤモンド社)、「日韓がタブーにする半島の歴史」(新潮新書)、「悪韓論」(同)などがある。

http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140319/frn1403191844007-n1.htm



「日本は誠意ある措置を」=首脳会談「決まってない」―韓国


韓国大統領府の閔庚旭報道官は17日 ,日本側のさらなる努力を求めた,で良いのですな。
日本側の河野談話の継承についての発言があったに見関わらず、次の段階にエスカレートする韓国政府である。

一番目の条件、河野談話を検証するな
二番目の条件、更なる努力を求める。

日本国民は、しっかりと要求の段階を見届けました。



「日本は誠意ある措置を」=首脳会談「決まってない」―韓国
時事通信 3月17日(月)9時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140317-00000030-jij-kr
 【ソウル時事】韓国大統領府の閔庚旭報道官は17日、記者団に、オランダ・ハーグで24日から開かれる核安全保障サミットに合わせた日韓や日米韓の首脳 会談の可能性について、「具体的に決定したことは何もない」と明らかにした。その上で「生産的対話の条件をつくるためには、日本が歴史問題で誠意ある措置 を速やかに取らねばならない」と述べ、従軍慰安婦問題などでの日本側のさらなる努力を求めた。 


韓国、日米韓首脳会談は「日本の誠意」が条件
読売新聞 3月17日(月)12時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140317-00000410-yom-int
 【ソウル=中川孝之】韓国大統領府の●庚旭(ミンギョンウク)報道官は17日、3月下旬のオランダでの核安全サミットの際、韓国が日米韓首脳会談に応じ る条件について、「日本が歴史問題などの懸案について、誠意ある措置を速やかに取らなければならない」と述べた。(●は門構えに、中が「文」)

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領は15日、安倍首相がいわゆる従軍慰安婦問題をめぐる河野談話の継承を明言したことを評価した。だが、報道官の発言は、首脳会談実現には、慰安婦問題などで日本が追加の対応を取る必要があるとの認識を示したとみられる。

 報道官は首脳会談については、「具体的に決まったものは何もない」と語った。その上で、「日本が誠意ある姿勢を見せ、建設的な対話ができる準備が整え ば、韓国が対話しない理由はない。韓国政府は対話のための対話より、生産的な結果を得られる対話が重要だと考える」と強調した。

 韓国の報道では、安倍首相が談話継承を明言したのは米国の圧力を受けたためで「首相の本音ではない」との疑心がなお根強い。
最終更新:3月17日(月)12時5分



「環境整えば首脳会談も」韓国大統領府、初の言及 なお誠意、誠実要求
産経新聞 3月17日(月)11時46分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140317-00000515-san-kr
 【ソウル=加藤達也】韓国の大統領府報道官は17日、オランダ・ハーグで24、25日に開かれる核安全保障サミットに合わせた日韓や日米韓の首脳会談の 開催可能性について「現段階で具体的に決まったことは何もない」とする一方、「日本が誠意ある姿を見せ、建設的な対話ができる環境が整えば、対話をしない 理由はない」と述べた。聯合ニュースが伝えた。

 報道官はまた「対話のための対話より、両国首脳間で生産的結果を導ける対話が重要だと考える」と指摘。さらに「生産的な対話のためには、日本が歴史問題などに対して誠実な措置を、早く取らなければならない」と述べ、日本側に一層の譲歩を求める認識を示した。

 安倍晋三首相が14日の国会答弁で慰安婦問題をめぐる「河野談話」の見直しを否定した後、大統領府が首脳会談について公的に言及したのは初めて。

 日本との首脳会談をめぐり朴槿恵政権は、圧力を強める米国を意識。一方でこれまで強硬姿勢を見せてきた国内向けには安易な対日譲歩と映るのを避けるため、最終局面まで日本に譲歩を迫るものとみられる。



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