安倍首相会見(上)「この道をぶれることなく進む」

安倍首相会見(上)「この道をぶれることなく進む」
2014.12.15 23:31
http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/141215/plt14121523310088-n1.html


 安倍晋三首相は15日、党本部で記者会見し、衆院選での与党圧勝を受け「緊張感を持って政権運営にあたる」と強調した。会見の詳報は以下の通り。
  「今回の総選挙は、アベノミクスを成功させるため、来年の消費税率2%のさらなる引き上げを1年半延期する、この税制上の大きな変更について国民に信を問 う解散でありました。いわば、アベノミクス解散であったと思います。当初はさまざまなご批判をいただき、大変厳しい中での選挙戦になる、この覚悟のもとに 自民党、公明党、全力で戦いぬいたところでございますが、今回、自民党、公明党、連立与党で過半数を目指して戦った結果、この予想をはるかに上回る国民の 皆様からの力強いご支持を得ることができました。投票日は大変な悪天候となりましたが、あの悪天候の中、投票所まで足を運んでいただき、与党に投票してい ただいた多くの方々のご支持をもちまして、自民党公明党連立政権は、今後も引き続き政権を担っていくということとなりました」
 「比例では 自由民主党に対して、政権交代を実現した前回選挙よりも100万票多い票を確保することができました。改めてご支持をいただいた皆さまに心から感謝申し上 げたいと思います。本当に身の引き締まる思いであります。291議席という数、その責任の重さを、私たちはかみしめなければならないと思います。先ほど、 公明党の山口那津男代表と連立合意に署名をいたしました。引き続き、自民党、公明党、強力な連立与党のもと、政策を前にしっかりと進めていく考えでありま す」
「15年苦しんだデフレからの脱却を確かなものとするため、消費税の引き上げを延期する、同時に景気判断条項を削除し、平成29年4月から消費税を 10%へと引き上げる、この判断が解散のきっかけでありました。同時にその大前提として、日本経済を、国民生活をどのようにして豊かにしていくのか、経済 政策のかじ取りが今回の選挙において最大の論点、焦点になったといえると思います。そして昨日、アベノミクスをさらに前進せよとの声を国民の皆様からいた だくことができました。三本の矢の経済政策をさらに強く、大胆に実施してまいります。明日早速、政労使会議を開催し、経済界に対して来年の賃上げに向けた 要請を行いたいと考えています」
 「今回の選挙戦では、全国津々浦々を巡り、『物価が上がって大変だ』という生活者の声や、『原材料が上 がって困っているんだよ』という中小・小規模事業者の方々からの声がございました。こうした声に対し、きめ細かく対応することによって、個人消費をてこ入 れし、地方経済を底上げしていかなければなりません。ただちに行動してまいります。年内に経済対策をとりまとめます。さらに来年度予算を編成し、年があけ れば通常国会もあります」
「農業、医療、エネルギーといった分野で、大胆な規制改革を断行し、成長戦略を力強く前に進めてまいります。引き続き経済最優先で取り組み、景気回 復の暖かい風を全国津々浦々にお届けしていく決意であります。経済だけではありません。東日本大震災からの復興も、また教育再生についても、あるいは外 交・安全保障の立て直しも、まだ道半ばであります。しかし、『この道しかない』と選挙戦を通じて訴えてまいりました。この度、国民の皆様からいただいた力 強いご支援を胸に刻み、私は国民の皆様とともに、この道をぶれることなく、しっかりと、まっすぐに進んでまいる考えであります」
 「前回の 選挙に引き続き、自民党・公明党併せて、3分の2を超える議席を頂きました。引き続き、安定した政治を進めようと国民の皆様が大きな期待を寄せてくださっ ていることに心から感謝いたします。他方で、今後より一層厳しい目線が私たちに対して注がれる。そのことを全ての自民党議員が意識しなくてはなりません。 私たちが数におごり、そして謙虚さを忘れてしまったら、国民の支持は一瞬にして失われる。政権運営にあたっては、このような緊張感を持ってあたってまいり たい、取り組んでまいりたいと考えています」
「思い返せば2年前の今日は、政権交代のまさに前夜でありました。民主党政権のもとで日本は国家的な危機に直面していました。何としても日本を取り戻す。 この強い危機感からわれわれは全力で政権交代を目指し、国民の皆様が私たちのこの主張に対応していただき、そしてわれわれの背中を押していただき、政権交 代が実現をいたしました。あれから2年が経過をしたわけでありますが、あれから2年経って、日本を覆っていた暗く重い空気は一変しました。しかし、私の中 にあるあの時の危機感、そして使命感は今も全く変わることはありません。目の前には、まだ困難な課題が山積をしています。2年前の初心を忘れることなく、 全身全霊をもって国家国民のため私の職責を果たしていく決意であります。私からは以上であります」


安倍首相会見(中)「安定した低廉なエネルギーを供給していく責任がある」
2014.12.15 23:34
http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/141215/plt14121523340089-n1.html?obtp_src=www.iza.ne.jp


 --改めて選挙の結果の受け止めは。投票率が戦後最低だった点も踏まえ、今後の政権運営にどう当たるか。例年であれば税制や予算編成の時期だが遅れが生じている。今後の経済対策、補正予算編成、本予算編成について、どのようなスケジュール感を描いているか
  「たくさんの質問を1度にいただきましたが、まず今回の選挙の結果、われわれは2年前、いわゆる異次元の経済政策、3本の矢の政策を進めていくと国民に約 束しました。その結果、2年前、3年前、日本を覆っていた暗く重い空気、連鎖倒産、行き過ぎた円高、日本企業の海外への脱出、この空気を大きく変えること ができました。倒産件数は2割減り、この2年間で100万人以上の雇用を作ることができました。宿題だった正規雇用も7月、8月、9月、10万人以上増や すことができました。こうした私たちの実績に対して評価をいただくとともに、しっかりとこの景気回復の暖かい風を各地域に、あるいは中小企業、零細事業 で、そして小規模事業で働いている皆さんの下にも届けよ、この政策をしっかり進めていけとの声をいただいたと思っています」
「投票率については常に政治の課題であろうと思います。前回の総選挙も残念ながら戦後最低と言われました。われわれは当時、野党でありました。私は 野党の党首ではありましたが、大変残念だったなと思いました。今後、投票率を上げていくために、政治への信頼と同時に、国民の皆さまの一票が日本をつくっ ていくということをしっかりと、国民に訴え続けなければならないと考えました。同時に、あの寒い雪、あるいはみぞれの振る中、投票所に足を運んでいただ き、自民党、公明党、あるいは民主党、維新、そして共産党、次世代、さまざまな党にしっかりと自分の意思を表示をして、自分の権利を国造りに生かしたい。 この権利を行使した皆さんに対し、改めて敬意を表したいと思います」
 「昨日の街頭演説でも、みぞれの振る中、傘を差さずにじっと熱心に私 たちが訴える政策に耳を傾けていた方がたくさんいました。こういう皆さまが、よし、今度も自民党、公明党の連立政権に一票入れようと意思を示していただい た。この意思によって私たちは連立政権を維持することができた。そして自公政権、安倍政権が続いていくことになった。その結果、私はここに立って皆さまに こうしてお話しさせていただいている。われわれに、さまざまな困難な中、投票所に行き、一票を投じていただいた皆さんに心から感謝申し上げたいと思いま す。そして同時に、まさに『アベノミクスをスピード感を持って進めていけ』、これこそがこの選挙で示された声であろうと思います。それに応えなければなり ません。そこで、経済対策、ただちに年内に取りまとめていきたいと思います。
「そして税制大綱についても、異例ではありますが、残された日数の中で年内中にとりまとめを指示したいと考えています。そして来年の通常国会におい てできる限り速やかに法案の、予算の成立に向けて努力していきたいと思います。野党の皆さま方においても、『とにかくこの景気を何とかしてくれ』と、これ が国民の声だということも受け止めていただきながら、国会運営、そして予算の成立にご協力をいただきたいと思っています」
 --今回の選挙ではアベノミクスのほか、集団的自衛権の行使容認や憲法改正、原発再稼働も争点になった。選挙結果を受け、来年の通常国会に提出する安全保障法制整備の関連法案はどのように審議を進める考えか。憲法改正にどう取り組むか。原発再稼働についての考えは
  「まず安全保障法制についてですが、今回の選挙はアベノミクス解散でもありましたが、7月1日の閣議決定を踏まえた選挙でもありました。そのこともわれわ れ、しっかりと公約に明記しています。また街頭演説においても、あるいは数多くのテレビの討論会でもその必要性、日本の国土、そして領空、領海を守ってい く、国民の命と安全な国民の幸せな暮らしを守っていくための法整備の必要性、閣議決定をもとにした法整備の必要性ですね、集団的自衛権の一部容認を含めた 閣議決定に基づく法整備、これを来年の通常国会で行っていく、これを訴えて来たわけです。このことにおいてもご支持をいただいた。当然、約束したことを実 行していく。これは当然、政党、政権としての使命だと思う。来年の通常国会のしかるべき時に法案を提出していきたい。そして成立を果たしていきたいと考え ています」
「原発については、これもさまざまな討論会などで議論させていただいたが、毎日、100億円の日本の富が今の状況では海外に流出しているわけです。 われわれは安定した低廉なエネルギーを供給していく責任があるわけで、徹底的な省エネ、再エネの導入によって原発依存度を限りなく低減させていく方針に変 わりはありませんが、原子力規制委員会が最高度に求められる安全性を確認した原発については、地元の理解を得つつ再稼働を進めていく考えです」
  「憲法改正については、これは自民党結党以来の一貫した主張です。ただし、国会において3分の2の議員を確保しなければならないと同時に、最も重要なこと は国民投票において過半数の国民の支持を得なければならない。その観点から、国民的な理解と支持を深め、広げていくために、これから自由民主党総裁として 努力をしていきたいと思っています」
 --現在の内閣の布陣を変えるつもりはあるか。党役員の人事は
 「先ほどの臨時役員会 におきまして、現行の態勢で臨むことを確認いたしました。そして、閣僚についてでありますが、女性の活躍や地方の創生といった課題は、いまだ緒についたば かりであります。そして大詰めの予算編成や経済対策の取りまとめ、さらには来年の通常国会など、今後のスケジュールを考えたときにも、あまり時間的な余裕 はないと考えています。こうした観点を踏まえながら速やかに決定いたします」

安倍首相会見(下)来年9月に自民党総裁選「候補は雲霞のごとくいる」
2014.12.15 23:36
http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/141215/plt14121523360090-n1.html?obtp_src=www.iza.ne.jp


 --来年9月の自民党総裁選の対応について、現時点での考えは
 「それは大変気の早い話だと思いますが、わが党には雲霞のごとく将 来の総裁候補の方々がたくさんおられると、このように思います。来年の総裁戦に向けてはですね、やっと衆院選挙が終わったばかりではありますが、多くの 方々の支持を得ることができるように努力を重ねていきたいと思います」
 --岩盤規制の打破はアベノミクス推進の重要な鍵だ。規制緩和をどう進めるか
  「岩盤規制の打破については、さまざまな規制がありますが、規制の緩和、これは明らかに経済や国民生活にとってプラスになります。例えば燃料電池車。この 燃料電池車を車道で実際、商業用として走らせていくためには、この燃料電池プラス水素ステーションも合わせて、一気通貫で規制緩和をしなければなりませ ん。われわれは25あった規制をすべて取っ払った結果ですね、近々、ディーラーにミライという究極のエコカーが並び、実際に活用できるようになります」
「電力の自由化についても、2年後にはですね、これは60年ずっと続いてきた地域独占が撤廃され、電力を作る、あるいは小売りをする、これが完全自 由化されます。大きく世界は変わっていくと思いますし、農業においてもそうであります。この岩盤規制と呼ばれたものを突破していく上においてはですね、政 治の強力な意志プラスですね、その分野で従事している皆さんが自分たちにとって、そうすることによって未来はひらかれていくんだということを理解していた だく、そして消費者の皆さんの支持をいただく。そういう努力を重ねながらやるべき改革はしっかりとやっていきたい。その中でもやはり政治の意志は極めて重 要だろうと。政治の意志を貫いていく上において、今回の大きな勝利は強い力となったと思います」
 --組閣は速やかに決定するというが、顔ぶれを変える必要はあると思うか
 「これはまさに、今申し上げた通りでありまして、速やかに決定していきたいと思います。ですから皆さんも速やかにその結論を知ることになると、このように思っております」
--沖縄の4選挙区では移設反対候補が勝利した。米軍普天間飛行場の移設問題について、県民へどのように説明するか
 「今回の沖縄県 における選挙の結果は、大変残念な結果でありました。この結果はわれわれ、真摯(しんし)に受け止めたいと、このように考えております。同時に、また大切 なことは、住宅街に囲まれ近辺に学校もある普天間基地の固定化は断固としてあってはならないということであります。これは沖縄の皆さまと認識は共有してい ると思います。その上において米軍の抑止力維持も考え合わせれば、そしてこれは交渉相手があることでありますから、かつての民主党政権のように『最低でも 県外』といえば県外になるかといえば、そんなことはないわけであります。無駄に時間を浪費するに過ぎなかったんだろうと思います。私たちは辺野古移設が唯 一の解決策であるという考えでありますが、その考えに変わりはないわけであります」
「同時に、安倍内閣においては日米の緊密な協力の下、例えば普天間配備の空中給油機全機の岩国基地への移転を行いました。これは普天間基地の3つの重要な 機能のうちの1つであります。そしてこの機能のうち、辺野古に移るのは1つだけ、オスプレイの機能だけであります。さらにはこのオスプレイの訓練などにつ いても、なるべく沖縄県外で行うように今進めているところであります。また、嘉手納以南の返還も進めているわけでありまして、西普天間の返還においては、 東京ディズニーランドに匹敵する土地が日本に返ってくるわけであります。今の普天間の状況であれば1万戸以上のお宅に防音施設をしなければならない状況で ありますが、辺野古に移せば、これはゼロになるんだということも丁寧に説明していきたいと思っています。いずれにせよ沖縄の基地負担の軽減についてです ね、具体的に実績を出していくべく努力をしていきたいと思います」
--今回公約で掲げたすべての公約が「この道しかない」という形で、すべて信認を得たと考えるか。沖縄では小選挙区で自民党候補がすべて敗れた。川内原発の地元でも自民党候補が敗れた。地元の問題で、今回の国政選挙で得た民意をいかに政策に取り込んでいくべきだと考えるか
  「日本というのは政策を決定、進める上において、国民投票制、直接投票制はとっていないわけでありまして、まさに政権選択の選挙が衆院選挙であり、あるい は中間評価として参院選挙があります。この代議制の民主制の中において、間接代表制の中において われわれは、国民の意思を受け止め、そこでお約束をした ことを進めていく義務をもっているのだろうと思います。今回われわれは、政権公約をお示しをしている。当然政権公約でお示しをした、われわれが政権を取っ た以上、この中身を進めていく責任があるのだろうと考えています。各地域でそれぞれの結果がでています。そうした声も十分に耳を傾けながら、あるいは分析 をしながら、丁寧な政策運営に当たっていきたいと思っています」

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朝日・毎日への反論(12) 衆院選与党圧勝を素直に受け入れよ 低投票率は有権者に責任がある 

2014.12.26 06:00更新
【高橋昌之のとっておき】
朝日・毎日への反論(12) 衆院選与党圧勝を素直に受け入れよ 低投票率は有権者に責任がある 

http://www.sankei.com/premium/news/141226/prm1412260003-n1.html


14日、衆院選の開票状況を受けて報道各社のインタビューに応じる民主党の海江田万里代表=党本部(川口良介撮影)
 衆院選は、与党が議席の3分の2以上となる325議席を獲得し、圧勝しました。この結果については社説で、産経新聞が「安倍路線継続への支持 だ」、読売新聞が「重い信任を政策遂行に生かせ」と安倍晋三政権は有権者の信任を得たとの評価を示しました。これに対し、朝日新聞は見出しにしなかったも のの、「決して『何でもできる』力を得たことにはならない」、毎日新聞は「『冷めた信任』を自覚せよ」と、信任を得たわけではないと逆の見解を示しまし た。
 安倍政権発足以来のスタンスの違いがそのまま出ているわけですが、選挙結果を率直に認めない朝日、毎日の主張には納得がいきませんの で、反論したいと思います。両紙が共通してその根拠にしているのは、(1)52.66%という戦後最低の投票率(2)争点がぼかされた(3)野党が選択肢 を示せなかった-の3点です。
 まず、投票率ですが、朝日は17日付の社説でも「低投票率 民主政治の危険水域」との見出しで、「あまりに投票率が低ければ、議会が民意を正当に代表しているのかどうかに疑問符がつく」とし、「まず問われるべきは政治の責任だ」と指摘しました。
 各紙とも読者を気にしてか、ずばり言いませんが、私は「戦後最低の投票率の責任はすべて有権者にある」と考えます。現代日本社会では有権者に等し く選挙権が与えられています。これを獲得するために、先達らが時には命をかけてどれほど努力してきたか、理解していない有権者が多すぎます。
  その極めて重要な権利を物理的な理由なく行使しなかった人は、権利を放棄したといえます。つまり、選挙結果について「白紙委任した」ということになるわけ です。政治情勢がどうあろうが、選挙の時期がいつであろうが、投票に行かない有権者が悪いのであって、だからこそ、私は産経の紙面やこのコラムで「投票に 行かない人に選挙後、政治を語る資格はない。だからこそ、投票に行きましょう」と何度も訴えてきました。そう考えれば、投票に行った有権者の意思が反映さ れた選挙結果は、そのまま民意として受け止めるべきであって、朝日が言うような「政権の正当性への疑問」は生じません。
次に争点の問題です。朝日、毎日は安倍首相が経済政策アベノミクスを争点として強調したことで、「争点がぼかされた」と主張していますが、政党、候 補者が選挙で何をどう訴えようが自由です。しかし、各マスコミは選挙期間中、報道や討論会、インタビューなどを通じて、アベノミクスだけではなく、集団的 自衛権の行使や原発再稼働の是非などさまざまな問題を、さんざん争点として取り上げ、分かりやすく解説したではありませんか。それをどう受け止めるかは、 やはり有権者の問題です。
 私は日本ほど政治のニュースが豊富に伝えられている国はないと思っているので、有権者が政治をあるべき姿にした いと思うなら、しっかり政治を勉強すべきだと思います。「争点が見えなかった」などという有権者がいたとすれば、その人の勉強不足に他なりません。権利は むやみやたらに与えられているわけではなく、正当に行使するにはそれに見合うだけの姿勢と努力が必要なのです。
 第3の「野党が選択肢を示せなかった」という点も、有権者に責任があります。野党の勢力がどうあろうと、アベノミクスや集団的自衛権の行使、原発再稼働などに反対なら、そう主張した政党はあったわけですから、そこに投票すればよかっただけの話です。
朝日、毎日は示し合わせたかのように、16日付の社説で民主党敗北をテーマに取り上げ、安倍政権を批判しながらも対案を示せなかったことを問題点と して指摘しました。両紙は自民党に対抗できるのは民主党だけだと思って、あえて今回の選挙結果を民主党に押しつけ、その再起に期待しているのかもしれませ んが、民主党がもはや対案を示せない政党であることは、すでにはっきりしているではありませんか。
 議員もそうですが、支持団体の連合も官公労と民間労組という全く主張が異なる組織を抱えています。これでは国家のありようにかかわる重要問題で、党の意見をひとつにまとめることなど不可能です。
  私はそもそも、朝日、毎日が民主党に対案の提示を求める資格はないと思います。というのは、両紙は安倍政権発足以来、その政策をほとんど批判してきました が、読者が納得するだけの対案を示しているとは思えないからです。私が何度もこの「朝日・毎日への反論」シリーズで書いてきたように、自らも従来の主張に ひきずられているだけで、現実を踏まえた論理的な対案を示せていないのが現状です。
 それに比べると、共産党は主張が現実的かどうかは別と して、対案をきちんと示しました。今回の衆院選で議席を増やしたのはそれが要因でしょう。朝日、毎日も少しは共産党を見習うか、あるいはその主張に同意す るなら民主党ではなく、共産党支持を打ち出したらいかがでしょうか。
以上、安倍政権が衆院選で「信任された」という理由を述べてきましたが、政界では今、民主党の代表選が次の焦点となっていますので、これに対する私の見解を述べたいと思います。
  民主党はもはやこれまでの構造のままで再生を図ることは不可能です。長期的な視野に立って、さらに野党全体のあり方を踏まえて、解党も視野に入れて出発す るという代表選にすべきだと思います。間違っても党の存続とか、議員の自己保身とかに走ってはいけません。さらに国民から見捨てられるだけです。
  党内の保守系と革新・リベラル系の理念・政策の違いははっきりしているわけですから、分裂すべきだと私は考えます。一方、昭和62年の労働界統一で発足し た連合も、労働運動的、政治運動的に統一が失敗に終わったことは明らかなのですから、民間労組と官公労に分裂し、民間労組は保守系、官公労は革新・リベラ ル系の支持団体になればいいと思います。
そのうえで、保守系は維新の党をはじめ理念・政策で一致できる野党各党、議員と勢力を結集する。そして、外交・安全保障など国民的合意が必要な国の 根幹政策については自民党と同じ土俵に立ち、経済や社会保障など個別政策で自民党に協力すべきは協力し、改善すべきは修正を求めていくという「改革保守」 の旗を掲げてほしいと思います。民間労組すなわち国民の多くを占めるサラリーマンの意思を反映させる政党が国会に誕生してほしいものです。
 また、憲法も改正が必要だということは一致できるはずなので、96条の発議要件の緩和を実現して憲法を国民の手に取り戻し、そのうえで具体的にどのように改正するかで自民党と競い合ったらいいと思います。
  一方、革新・リベラル系は主張が近い社民党や生活の党などと合流すればいいでしょう。場合によっては共産党も巻き込んで一致できるなら合流したらどうで しょうか。今回の衆院選の与党圧勝で、有権者の保守志向は明らかになりましたが、国民の中には革新・リベラル的思想の方もいるでしょうから、受け皿は必要 です。
 自民党と公明党、改革保守の野党、革新・リベラルの野党。政界がこの3極に分かれるのが自然な流れだと思いますし、国民・有権者にとっても一番分かりやすい姿ではないでしょうか。(長野支局長 高橋昌之)

NYTに続きワシントン・ポストもLAタイムズも、 上から目線で日本を叩く米国大手メディア



国際激流と日本
NYTに続きワシントン・ポストもLAタイムズも、
上から目線で日本を叩く米国大手メディア

2014.12.17(水)  古森 義久
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42478

前回の当コラムでは、米国大手紙の「ニューヨーク・タイムズ」が日本の慰安婦問題報道をめぐる動きを「日本の右翼の新聞攻撃」と断じた記事(「朝日の『慰安婦問題』誤報訂正でNYTの日本叩きは手詰まりか?」)を紹介した。その後、同紙は、同じ趣旨で安倍晋三首相を非難する社説を改めて掲載した。
 続いて「ワシントン・ポスト」と「ロサンゼルス・タイムズ」の両紙も「安倍首相と右翼が朝日新聞を弾圧している」とするコラム記事や社説を掲載した。
 これら米国の3大紙はいずれも明確な根拠を示さないまま、「慰安婦は日本軍の組織的な強制連行による性的奴隷だった」と断じ、朝日新聞には誤報は なかったかのように弁護している。米国ニュースメディアのこうした日本非難は、事実を無視して、自分たちの特定の日本観を押しつける対日思想警察のようで ある。
 日本政府としても自国の首相への不当な誹謗には断固、抗議すべきだろう。
元朝日、植村記者のコメントを紹介するNYT
 ニューヨーク・タイムズは12月4日付の社説で「日本の歴史のごまかし」と題し、「日本では右翼政治勢力が安倍政権に後押しされて、第2次大戦中に日本軍が何万人もの女性に売春奉仕を強制した恥辱の歴史の一章を否定する威嚇的な運動を実行している」と論評した。
 同社説はさらに、慰安婦強制連行を否定する日本の動きについて、「この強制連行を、戦争で敵だった側が捏造した大ウソだとして否定する政治的努力 は勢いを増している。歴史修正主義者たちは河野談話での謝罪をも撤回させようと努めている」と述べた。そのうえで同社説は、「ナショナリスト的熱狂を煽る ことを意図する安倍政権は、日本が女性たちを性的奴隷へと強制徴用したことについての1996年の国連人権報告の修正を求めたが、拒否された」とも記して いた。
 同社説はまた「朝日新聞が1980年代と90年代に出した記事の一部を撤回したことに乗じて、日本の右翼が朝日新聞を攻撃し続けている」として、 朝日新聞に誤報記事を書いた植村隆記者の最近の「右翼や超国粋主義者が暴力的な脅しで私たちを黙らせようとしている」というコメントを紹介した。さらに同 社説は結びの部分でも「日本は朝鮮半島やその他の地域で何万もの女性を強制連行して性的奴隷にしたことを認めた経緯もある。それが歴史的な真実なのだ」と 強調した。
しかし同社説は強制連行の根拠については、「日本の主流の学者の多くと日本以外の研究者のほとんどは、多数の慰安婦の証言に基づき、この慰安婦制度によってアジア全域で日本軍将兵が女性に性的暴行を行ったことを歴史的真実として断定している」とだけ述べていた。
ワシントン・ポストは日本の虐待を描く反日映画を紹介
 12月8日付のワシントン・ポストは、同紙コラムニスト、リチャード・コーエン氏による「日本の歴史書き換えの習慣は将来に影響するか?」という 見出しの記事を掲載した。同コラムも、日本の慰安婦問題をめぐる議論について、安倍首相の主導で事実を歪める「ごまかし」が進行中だと断じていた。
 そのコラムには以下のような記述があった。
 「日本は必死で忘れる努力をしている。安倍晋三首相は戦争犯罪者など存在せず、日本は戦争の犠牲者だと示唆している」
 「影響力の強い保守系の報道機関は政府からの激励を得て、日本の戦時中の性的奴隷利用(の記録)をもみ消そうと決意している」
 「日本の一部の重要人物たちもいまや戦争の歴史を書き換えようと意図し、安倍首相の暗黙の同意を得て、朝日新聞に強い圧力をかけ、日本の戦時の数万人の女性の性的奴隷への強制徴用を暴露した同紙の記事を撤回させた」
 「日本軍が女性を強制連行したという歴史的事実は日本ではフィクションとして糾弾されるようになった。だがその犠牲者はもちろんのこと、あまりに多数の体験者がそれは事実だと主張している」
 「突然180度逆転するのは日本文化の特徴なのだ。日本はペリーの黒船で突然、鎖国から開国、近代化の道を歩んだ。第2次大戦の敗北では突然、民主主義へと変身した。いまやこの突然の逆転の不吉な兆しがあり、過去を神話化しようとしている」
ワシントン・ポストの同コラムは、慰安婦問題だけでなく日本軍の残虐性全般をもテーマとしていた。その関連として、12月25日に全米で公開される アンジェリーナ・ジョリー監督の映画「アンブロークン(屈しない)」について詳述していた。この映画は日本軍の捕虜となり虐待されたという元五輪選手の米 国人を主人公とし、日本側の虐待がこれでもか、これでもかと描かれる。同コラムはさらに日本側の戦時の細菌兵器開発や南京攻略事件などにも触れ、靖国神社 はその種の戦争犯罪の象徴だとも断じていた。
「日本の国家指導者は歴史をもてあそぶべきではない」
 ロサンゼルス・タイムズは12月12日付で「日本のナショナリストが慰安婦の歴史の修正を試みる」という見出しの社説を掲載した。その内容には以下の記述があった。
 「日本軍の特殊な性的奴隷システムによって、朝鮮の女性たちは拉致されたり強制徴用されて、日本軍部隊にセックスを供与することを強要された。だ がいまや日本の一部の右翼ナショナリストたちは、そんなことはまったくなかったと世界を説得しようとしている。これはナンセンスだ」
 「慰安婦に関する歴史の記録は明確である。この性的奴隷システムに強制徴用された女性たちの記憶は明確だからだ。だが真実というのは、日本の戦時の残虐行為の記憶を抹消しようとする日本のナショナリストたちにとって障害とはならないようだ」
 「このナンセンスは、いまや新たな次元の馬鹿馬鹿しさへと到達した。ナショナリストたちは、朝日新聞と、この性的奴隷制を最初に暴いた同新聞の記 者の1人を攻撃し始めたのだ。彼らは20年も前の多数の記事のうち、たった1つの情報源の捏造をとらえて、朝日新聞が日本の戦時の行動全体について誤報を 流したと主張する。だが、ナショナリストたちによるこの分析は慰安婦だった女性たちの多数の証言を無視している」
 「歴史をごまかすこうしたグロテスクな試みは、安倍晋三首相による日本の過去の記録の再修正の努力を反映している。安倍は日本を戦争の遺物から解放し、戦後の平和主義的な憲法を再解釈して、中国と対抗する強い軍事国家にしようとしているのだ」
「歴史に対するこの種の不誠実な態度は、事実をもみ消そうとする不快で軽蔑すべき試みだ。日本の国家指導者は歴史をもてあそぶべきではない」
3大紙の主張に見られる5つの特徴
 さて、以上のような米国の3大紙の主張にはいくつかの特徴がある。
 第1は、最近の論議の核心となる慰安婦の強制連行問題に関して、日本側、あるいは米側の一部でも確認された「日本軍による組織的な強制連行の証拠 は皆無」という事実を無視して、一方的に強制連行の事実があったかのように断じている点である。この点の独断専行ぶりは滑稽なほどに子供じみている。
 第2には、その核心の強制連行について具体的な証拠をなにも提示できない点である。3紙の主張のいずれもが、その最大の論拠のように指摘するの は、「慰安婦だった女性たちの証言」である。だが女性たちの証言には具体性が乏しいだけでなく、日本軍全体としての組織的な強制連行の有無を判断する客観 性が皆無である点も無視されている。
 第3は、安倍晋三首相への根拠のない非難である。この非難は「誹謗」と呼んでもよい乱暴な次元にまでエスカレートしている。安倍首相が今回の朝日 新聞の誤報訂正を実現させたような記述には、論拠は示されていない。安倍首相が戦争の歴史をすべて修正するために各方面に指令を出したかのように記述され ているが、事実の裏づけはない。
 第4は、3紙の評論のいずれもが「右翼」「ナショナリスト」「修正主義」など意味の不明なレッテル言葉を過剰に使っている点である。こうした用語 は非民主主義、反動、軍国主義、ファッショなどという悪辣で負の印象だけを投射する。慰安婦問題での日本への濡れ衣を事実関係の解明で晴らそうと試みる者 はすべて「右翼」「国粋主義者」と一括りにされるのだから、かなわない。
 第5には、どの評論も朝日新聞の慰安婦報道での大誤報を軽視、あるいは無視している点である。朝日新聞が虚構の吉田清治証言を事実として報じ、長 年にわたり、虚構の上に虚構を重ねてきた歴史の重みは一切無視されているのだ。そしてまったく逆に、朝日新聞の慰安婦報道が真実であったかのように提示す るのである。
GHQをも連想させる高圧的な目線
 ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズという3紙の主張をこうして眺めてみると、そこに浮き上がるのは限りなく高 圧的で傲慢なスタンスである。日本人の思考や思想は自分たちの指示に従うべきだとさえ響く思想警察ふうの態度だとも言える。占領時代の連合軍総司令部の GHQの機能さえ連想させると言っても過言ではない(ただし、こうした態度がいまの米国全体のそれではないことは強く付記しておくべきだろう)。
 慰安婦問題に対して米側は当初はあくまで「日本軍の組織的な強制連行」を糾弾し、日本の国家あるいは政府としての戦時行動の犯罪性を追及してい た。だが、いまのこの3大紙の主張は証拠や事実を無視して、問題の焦点をずらし、日本側の事実解明の努力を単に「右翼」というような侮蔑的用語でののしっ ている。
 その種の傲慢な攻撃は、日本の民主主義的な手続きで選出されている首相にまで浴びせられる。「一体、何様のつもりなのか」とはまさにこういうケースを指すのだろう。

【あわせてお読みください】
・「朝日の「慰安婦問題」誤報訂正でNYTの日本叩きは手詰まりか?」
( 2014.12.10、古森 義久 )
・「ドイツも騙された慰安婦報道の虚偽」
( 2014.08.27、川口マーン 惠美 )
・「朝日新聞の慰安婦虚報は日本にどれだけの実害を与えたのか」
( 2014.08.20、古森 義久 )


安倍・菅が謀った師走「覇道」解散

第三次安倍内閣の始動は2月24日からの国会に委ねるとして、
解散が11月21日、告示12月2日、そして、12月14日の投開票で、国民の審判は下された。

予測にも、与党勝利、野党敗北は避けられない所である。この間にメデイアは各種の手を使って
反政府行動を国民の前に晒した。
つまり、選挙に勝ったのは国民の側で、メデイアは敗者の側に回った事が如実に感じ取れる。

第47回衆議院選挙は、異様な背景下に行われた訳である。

赤坂太郎氏の説明にも、暗部を暗示する内容であると確信する。


安倍・菅が謀った師走「覇道」解散
戦慄の財務省、冴えぬ野党。18年まで続く「絶対王政」は実現するか。
2014.12.10 07:00  文芸春秋 赤坂太郎
http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1179

安倍総理06


 2018年末まで4年間続く「安倍絶対王政」を認めるのか、否か。これこそが今回選挙戦の真の争点である。
 衆院が解散された翌日、11月22日から24日までの3連休。自民党総裁、首相・安倍晋三はメディア対応や長野県北部地震の対応に勤しみ、街頭には出なかった。
 野党は出遅れ、過去2回の総選挙とは違って政権交代の可能性は絶無なことが、永田町に弛緩した空気を生んでいる。
 野党を焦らせた「電撃師走選挙」はいつ、軌道に乗ったのか。発端は前経済産業相・小渕優子、前法相・松島みどりのダブル辞任だった。
 10月19日午後、東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京。安倍は、官房長官・菅義偉と約2時間、2人のスキャンダルについて収拾 策を話し合い、その中で「年内解散で難局を打開してはどうか」という案が急浮上した。菅はその場で、得意とする世論調査で感触を探ると約束した。
 そして翌週の10月25、26両日に実施した極秘調査の結果は、小渕と松島のダブル辞任と野党の攻勢にもかかわらず「自民党は過半数確保、公明党 は現状維持、民主党は伸び悩み」と出た。「スキャンダル国会を仕掛けてくる民主党に目にものみせる」。安倍、菅の意見は一致した。相前後して安倍は外交当 局に「12月は外交日程を入れないように」と指示を出した。
党内の根回しは2日間
 安倍に解散を急がせた民主党以外の勢力は、財務省だ。
 11月18日、解散を宣言した記者会見で安倍が冒頭から「5%から8%への引き上げを決断したあの時から、10%へのさらなる引き上げを来年予定通り行うべきかどうか、私はずっと考えてまいりました」と語ったのは、本音の吐露だった。
 昨年の引き上げでも、安倍と周辺は「税率引き上げを見送る場合は法改正が必要」と定めた法律の仕組みに「財務省に地雷を仕掛けられた」と不満を隠 さず、その不信感は1年間にわたって続いていた。「同じ総理の任期中に2回も消費税を引き上げるなんて、あり得ないよね」。安倍がこう漏らすのを聞いた議 員、官僚、関係者は多い。
 危機感を募らせた財務省は、各方面への「ご説明」で大々的な反攻に出た。自民党内に広がった増税実施論に対して、安倍と菅は「皆が嫌がる増税は今 の首相官邸にやらせ、景気が悪くなれば責任を押し付けようという政局にらみの動き」を見てとった。消費税問題は、官邸奥の院では「政局」と同義語になって いた。
 官邸、自民党、財務省の三者暗闘のクライマックスは10月31日、日銀総裁・黒田東彦が異次元金融緩和の第2弾を放ったその日に訪れた。日経平均株価は急騰し、「消費税10%への下地は整った」とみたのは政局の素人で、事実は逆だった。
 2日前の10月29日、安倍は自民党幹事長・谷垣禎一に「4月に8%に引き上げた後、景気の戻りが弱い。もう一度の消費増税は見送り、そのために 解散を検討したい」と伝えていたのだ。谷垣は会談後、記者団に「厳しい状況を打開しなきゃいけない時には、いろいろ議論が出てくる」と間接話法で安倍の意 向を内外に知らしめていた。
 財務相を経験し、自民党総裁として民主党と手を携えた消費増税に道筋をつけた谷垣の陥落。財務省は眦(まなじり)を決した。
 10月31日午後2時過ぎ、首相官邸に副総理兼財務相の麻生太郎が、財務省事務次官・香川俊介、主計局長・田中一穂、主税局長・佐藤慎一らを伴っ て現れた。消費税10%を前提とする来年度予算編成、社会保障施策を説明する財務官僚たちに、安倍は目を合わそうともしない。「増税先送りのため、総理は 衆院解散を考えている」。財務省は戦慄した。
自民党内の増税派と、安倍政権の失速を願う勢力を粉砕するには「平時ではなく有事を作り出すしかない」と首相周辺は解説した。有事、即ち衆院解散だ。
 日銀緩和を実施した翌日からの11月初めの3連休、安倍は目立った日程は入れずに黙考し、11月4日から本格的に動いた。一連の国際会議への出席を目的とした外遊への出発が5日後に迫ったタイミングで、一気に根回しをすまそうというのだ。
 元参院議員会長・青木幹雄、元幹事長・古賀誠の2人が「何としても増税は実現すべきだ。そうでなければ無責任すぎる」と、ベテランOB議員の根城 となった東京・平河町の砂防会館の事務所で訪問客が来るたびに説いていた。青木と古賀、さらに元首相・森喜朗も加われば、安倍に不満な勢力が「増税実施」 を旗印に結束し、最近は長老連中と和解した地方創生担当相・石破茂を担ぐ可能性も否定できない。一刻の猶予もならない、と安倍・菅の官邸コンビは調整を急 いだ。
 まず11月4日夜、安倍と菅は首相公邸に経済財政担当相・甘利明をひそかに呼びよせた。麻生、菅と並ぶ内閣の大黒柱で、政権の方針立案に常にかか わってきた甘利に、安倍と菅は「消費増税は見送り、衆院を解散して信を問う」と告げた。「今なら勝てる。野党は時間切れだ」と力を込める2人に、甘利は 「分かりました」と了承した。あとは財務省の立場を代弁せざるを得ない麻生の説得だ。
 麻生は11月5日、事務方の「総理を説得したい」との要請を受け、安倍の日程をおさえていた。午後5時前、麻生は前回と同じく香川、田中、佐藤ら を引き連れて首相執務室に向かった。ほぼ1時間にわたった会議の様子は前回と変わらない。「増税見送り、解散は濃厚だ」。官僚たちは呻いた。
 その夜、安倍は前日の甘利に続いて麻生を公邸へ呼び、ブランデーのオンザロックを自らつくりながら「年内に解散したい」と打ち明けた。予算編成へ の影響を考えれば、選挙日程は12月2日公示―14日投開票しかない。政権を担当した時、解散の機を逸した麻生には、安倍の気持ちは手にとるように分か る。「解散権は総理の大権です。尊重します」と返した。すでに増税実施派の筆頭格、谷垣も取り込み、自民党内の根回しは2日間で終わった。残るは公明党・ 創価学会ブロックだ。
「年内選挙」歓迎の公明党
 成算は十二分にあった。2015年4月の統一地方選、16年夏の参院選を考えれば、14年中の衆院選は組織戦を展開する公明党にとって、ダブル選を回避でき、選挙の間隔があく好都合な日程になる。
 11月7日、首相官邸で安倍から「年内解散を検討している」と聞いた公明党代表・山口那津男は即座に動いた。支持母体の創価学会に急報すると、学 会は翌8日、一連の会合を開き、会長・原田稔が「常在戦場」とゲキを飛ばし、11日には選挙担当者が集まる方面長会議を招集して「12月2日公示―14日 投開票」を想定した準備に突入した。1選挙区あたり2万とされる票を持つ創価学会は、いまや建設業界や農業団体をも凌駕し、自民党にとっても最大の支持勢 力。公明党・創価学会が、解散風を一気に強める役割を果たした。
 一方、財務省は、無駄な足掻きと知りながら「解散はするが、消費増税は予定通り実施」に一縷の望みをかけた。解散が既定路線となった11月17 日、安倍が豪州から帰国する政府専用機に麻生が同乗した。だが、7―9月期の国内総生産(GDP)の伸び率は予想外に2期連続のマイナスとの結果が直前に 伝わった。「消費増税は1年半先送りに」で安倍と麻生は一致した。
「大義なき解散」と批判されようとも、安倍チームに迷いはない。「負けない選挙」さえ展開できれば、先にあるのは「黄金の4年間」だ。
 2015年9月の自民党総裁選は無風で再選し、16年夏の参院選にも勝ち、17年4月に消費税を10%へと引き上げ、18年9月に総裁任期切れを 迎える。18年12月までの衆院議員任期とほぼ同じ期間を、安倍は手にすることになる。憲法改正にも手が届き、上手くゆけば総裁任期の延長さえあり得る時 間の余裕だ。
 安倍と菅に不意打ちを食らった野党は、それでも必死に候補者調整を進めた。主役の1人は生活の党代表・小沢一郎だ。
 1993年の非自民連立政権、2009年の民主党政権と2度にわたる政権交代を成し遂げた小沢の哲学は「小選挙区制なら、野党は一つにならなけれ ば勝てない」とシンプルだ。11月19日、小沢は所属議員たちに「新党を模索したが時間切れになった。君たちは総選挙で勝ち残る一番いい方法を考えてく れ」と党の移籍を容認すると伝えた。11月20日には恩讐を超え、民主党代表代行・岡田克也と会談し、自らの側近2人の民主党への移籍を決めた。2年前、 日本未来の党として71人の小選挙区候補を擁立しながら、小沢本人以外は誰も勝てなかった轍は踏まない。これで前回は小沢一派にも票を出さざるを得なかっ た連合の動きが、一本化される期待もある。
梶山静六の見識はどこへ
 だが、野党の動きは冴えない。
「今回は戦わず、統一地方選で戦いたい」
 11月23日、維新の党共同代表・橋下徹は大阪市内のホテルで公明党陣営への殴り込みを諦め、立候補はしないと表明した。「勝てる戦いしかしな い」と評される橋下の不出馬は、野党の先行きを暗示もしている。「第三極」のもう一方の雄だったみんなの党は分裂の果てに解党した。
 事実、自民党が解散直前の11月15、16両日に実施したサンプル調査では「自民は多くて30議席減、民主は85から95議席で、100議席には 届かず」と出た。仮にこの結果でも、民主党は前回の57議席と比べれば「大躍進」。党代表・海江田万里の責任論は封殺される。民主党にとっても今回は「負 けない選挙」が保証されているのだ。
 安倍と菅が謀りに謀って持ち込んだ「アベノミクス解散」は政略的には正しくとも、王道ではなく覇道の匂いがする。
 菅が師と仰ぐ元官房長官・梶山静六は96年1月、橋本龍太郎政権の参謀となった時、「解散はいま、支持率が高い政権発足時が最も好都合だ。しかし それは覇道、奇策だ」と見送り、予算成立と米軍普天間飛行場の返還合意、政策課題の遂行を果たしてからの9月に解散した。小選挙区制で初めての解散・総選 挙は、これだけの好材料があっても自民党は28議席増だったのだ。
 今回、解散時点で自民党が弾いた「30減プラスマイナス5」が下振れし、40議席以上減れば政局は流動化する。仮に「25―35議席減」の幅にお さまっても、15年の景気動向や集団的自衛権法制の審議など、いくつも課題はある。総裁選と組み合わせる解散日程を放棄した以上、政権が落ち目となれば対 抗馬が出てくる公算は大きい。
 各種世論調査でも、アベノミクスそのものへの評価は割れている。安倍が解散会見の参考にした元首相・小泉純一郎の口癖は「政界、一寸先は闇」だった。
 11月26日、岩手県で初めて街頭に立った安倍は「負けられない選挙だ」と力を込めた。
「黄金の4年間」か、政局激変か、総裁選前の流動化か。いずれの可能性も孕んだ選挙戦の結果は、間もなく出る。
(文中敬称略)

次世代、共産に抗議 機関紙サイトで「ネオナチ」と表現

衆議院選挙も終盤に差し掛かって、各党もいろんな暴露合戦に突入したかの感がある。

共産党機関紙、しんぶん赤旗に書いてある事が、共産党の本音だと、誰もが信じて疑わない。
それにしても、
「日本版ネオナチ」との表現を用いて批判
とは、常軌を逸した報道である。


次世代、共産に抗議 機関紙サイトで「ネオナチ」と表現
2014/12/9 19:31
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS09H2L_Z01C14A2PP8000/

次世代の党の山田宏幹事長は9日、共産党が機関紙「しんぶん赤旗」のホームページ上で次世代の党について「日本版ネオナチ」との表現を用いて批判していることについて、共産党の山下芳生書記局長に抗議し、公開討論を申し入れたと発表した。山下氏は「抗議は赤旗が受ける」と回答し、討論を拒否した。

 争点となったのは赤旗が2日付で掲載した次世代の公約についての記事。従軍慰安婦問題をめぐる「河野談話」を撤回するよう求めていることについて「歴史偽造の急先鋒(せんぽう)=『日本版ネオナチ』としての本性をむき出しにした」とした。山田氏は「歴史の偽造を明らかにしてきたのがわが党だ」と反論した。

集団的自衛権の閣議決定 反対 民主94%、維新78%

東京新聞は、民主党や維新の党の集団的自衛権 反対を世論として報じるが、
戦後70年目にして、安全保障の合理的法制化を目指す動きは、日本選挙民の支持を集結している。

米国衰退はオバマ政権の迷走で明らかであり、
世界は露西亜、プーチン、中国習近平と群雄割拠の様相を呈して、
アジア諸国の軍事増強は、現時点も将来的にも、自国の独立を維持する為に、為されてきた。

この流動する世界情勢の中で、一国平和主義を執る不都合は計り知れない。

中国の横暴が過ぎれば、アジアにNATOの機運は芽生えてくると考えている。
その日本対中国の軍事力は、後数年で中国優位に変化しようとしている。

韓国に駐留する米軍は、順次撤退を進めている。
日本に比較的好意的であった、ヘーゲル国防長官は更迭された。
米国国務省の意向が、政策に反映してくる。

第二次朝鮮戦争の足音は、高くなるばかりである。


集団的自衛権の閣議決定 反対 民主94%、維新78%
2014年12月1日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014120102000158.html

共同通信社は第四十七回衆院選の立候補予定者に政策アンケートを実施し、十一月三十日までに九百四十七人から回答を得た。政府が集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定をしたことについて、民主党では反対が計94・4%に上った。維新の党でも78・8%が反対した。 

 両党には行使容認論も根強いが、安倍政権が憲法改正ではなく解釈変更で容認したことや、決定を急いだことに対する不満が背景にあるとみられる。

 自民党の98・1%、公明党の82・4%が賛成した。当初、行使容認に反対論が強かった公明党では、「その他・無回答」が各党で最多の14・7%あった。

 公明党は二〇一二年衆院選時のアンケートでは「集団的自衛権の行使をどう考えるか」との質問に対し「認めるべきではない」との回答が88・6%だった。自民党との与党協議を経て、賛成論が広がった形だ。

 次世代の党では、賛成が93・1%を占めた。共産党では99・7%が反対した。生活の党、社民党はともに全員が反対した。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」をめぐっては、自民党は全員が、公明党では97・1%が評価すると回答。評価が二分した次世代の党を除き、野党では大半が「評価しない」と答えた。

2014年12月01日18:00
2014年流行語大賞に「集団的自衛権」が選ばれて大炎上wwwww
http://www.kimasoku.com/archives/7956044.html

転載元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1417421173/
1: 動物園φ ★@\(^o^)/ 2014/12/01(月) 17:06:13.65 ID:???0.net
「2014ユーキャン新語・流行語大賞」が1日、発表され、年間大賞にお笑いコンビ「日本エレキテル連合」のギャグ「ダメよ~ダメダメ」と「集団的自衛権」(受賞者辞退)の2語が輝いた。

「ダメよ~ダメダメ」は、中野聡子(31)と橋本小雪(30)によるコンビのシュールギャグ。中年オヤジ「細貝さん」(中野)からの「いいじゃないの~」というフリに対し、顔を白塗りにした「未亡人朱美ちゃん3号」(橋本)が「ダメよ~ダメダメ」とリアクションする。今年初めまで全くの無名だった「エレキテル」だが、夏頃からテレビ出演が急増。小中学生に浸透するなどして一気に流行語となった。

一方、武力攻撃を受けた同盟国と協力して防衛する国際法上の権利である「集団的自衛権」は以前から存在する言葉だが、7月に行使容認を閣議決定する前後に是非をめぐる議論が活発化した。辞退した受賞者について、賞事務局は「公表しません」とした。

残りのトップテンには「ありのままで」「カープ女子」「壁ドン」「危険ドラッグ」「ごきげんよう」「マタハラ」「妖怪ウォッチ」「レジェンド」が選ばれた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141201-00000198-sph-ent

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左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか


左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか

『月刊正論』 2014年9月号
http://ironna.jp/article/229
潮 匡人(評論家・拓殖大学客員教授)
う しお まさと 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒。航空自衛隊入隊。大学院研修(早大院法学研究科博士前期課程修了)、航空総隊司令部、 長官官房勤務等を経て3等空佐で退官。東海大学海洋学部非常勤講師。著書に『日本人が知らない安全保障学』(中公新書ラクレ)など。





  自衛隊にとって7月1日は二重に意義深い日付となった。簡単に歴史を振り返ってみよう。1950(昭和25)年の朝鮮戦争勃発に伴い、在日米軍の主力が 「国連軍」として朝鮮半島に展開。そこで同年8月、国内の治安維持を図るため、日本政府は警察予備隊を創設した。翌年、対日講和条約と日米安全保障条約が 調印。翌々年4月28日、わが国は主権独立を回復した。その後、「保守三党」(自由党、改進党、日本自由党)の度重なる協議を受け、1954(昭和29) 年3月、いわゆる「防衛二法」(防衛庁設置法と自衛隊法)案が閣議決定。同年7月1日に施行された。晴れて名実とも日本防衛を主任務とする「自衛隊」が発 足したわけである。

 それから、ちょうど60年後の今年7月1日。安倍晋三内閣は「新しい安全保障法制の整備のための基本方針」を閣議決定した。

 護憲・改憲の立場を問わず、全マスコミが今回の閣議決定を「集団的自衛権」と報道している。その結果たとえば、グレーゾーン事態の法整備が先送りされた問題など、集団的自衛権以外の論点が見えなくなってしまっている(「Voice」8月号拙稿)。


 ちなみに閣議決定文のタイトルは「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」。どこにも「集団的自衛権」の6文字がない。実は本文の中核部分も同様である。

  「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の 生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段が ないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると 判断するに至った」

 以上が「集団的自衛権行使容認」と報じられたのは、なぜか。それは閣議決定文がこう続けて、敷衍したからであろう。

 《憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある(中略)が、憲法上は、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである》

 たしかに護憲派が咎めるとおり、分かりにくい(週刊「世界と日本」夏季特別号拙稿)。的外れとならない範囲で要約すれば、「国際法上は集団的自衛権だが、憲法上は日本防衛のための措置」となろう。

 従来「日本防衛は個別的自衛権であり、他国防衛は集団的自衛権(だから許されない)」と議論されてきた。その延長線上で言えば、「国際法上は集団的自衛権だが、憲法上は個別的自衛権(だから許される)」となろう。

 言い換えれば、従来の脈絡における集団的自衛権行使は容認されなかった。憲法上の議論としては、そうなる。事実、公明党代表はそう表明したし、自民党幹事長も追認した。

 案外知られていないが、自衛隊は(少なくとも一部の)国際法上「軍隊」として取り扱われる(昭和60年11月5日付・政府答弁書ほか)。

  他方で政府は(昭和42年3月以降)「自衛隊を軍隊と呼称することはしない」と言明し続けている。憲法9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しな い」と明記している以上、政府としてたとえば航空自衛隊を「空軍」とは呼べない。軍隊ではなく自衛隊、そう言わざるを得ないが、たとえ日本国と日本人が 「自衛隊」と呼ぼうが、国際法上は軍隊であり、国際社会も陸海空軍と認識している。

 「国際法上は軍隊だが、憲法上は自衛隊(だから許される)」

 「国際法上は集団的自衛権だが、憲法上は日本防衛のための措置(だから許される)」

 どちらにも同じ匂いが漂う。

 いや、マスコミが報じるとおり、集団的自衛権は容認された——そう言ってよいなら、自衛隊は「軍隊」である。日本は「陸海空軍」を保持している。そう容認されている……と言っていいはずなのに、なぜ護憲派は「憲法違反、解釈改憲」と批判しないのか。

朝日は朝日、NHKはNHK

 今回の閣議決定を、護憲派は口を揃えて「解釈改憲」と誹謗する。だが、彼らは自衛隊も、個別的自衛権も批判しない。なぜか、集団的自衛権(行使)だけを敵視する。

 自分は守るが、他人は助けない。家族や友人さえ見殺しにする——人類史上、最も不潔で破廉恥な意見を掲げながら、安倍政権を非難しているのと同じだ。じつに破廉恥な連中だ。

 そのせいであろう。安倍総理は「安保法制懇」の報告書を受けた今年5月15日の総理会見で用いたパネルを再び掲げながら、あの日と同様の熱意でこう訴えた。

  「現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません。海外派兵は一般に許されないという従来からの原則も全く変わり ません。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません。(中略)外国の防衛それ自体を目的とする武力 行使は今後とも行いません。(中略)日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない」

 予想はしていたが、正直ガッカリした。総理には正面から「『現行の憲法解釈の基本的考え方』は間違っていた、だから変更する」と語ってほしかった。願わくは、憲法改正にも言及して頂きたかった。

 だが、もはや安倍政権への注文を書いている場合ではない。右の熱弁も、護憲「進歩」派マスコミの耳には、こう聞こえるらしい。

 「9条崩す解釈改憲」(7月2日付朝日朝刊1面ヘッドライン)。朝日だけではない。毎日新聞に加え、東京新聞(中日新聞)や北海道新聞など多くの地方紙も閣議決定を非難した。ちなみに総理会見の質疑では、北海道新聞の宇野記者が質問の形を借り、こう主張した。

 「抽象的な表現にとどまった感があります。これでは時の政権の判断でいかようにでも拡大解釈でき、明確な歯止めにならない」「(自衛)隊員が戦闘に巻き込まれ血を流す可能性がこれまで以上に高まる」

 翌朝の北海道新聞の紙面は、ご想像のとおりである。

  5月15日の総理会見では、翌朝の1面ヘッドラインに「『戦地に国民』へ道」と大書した東京新聞が最低最悪だったが、今回は朝日新聞が突出した。全国紙の ヘッドラインでは「集団的自衛権 限定容認」とした読売新聞が今回もベスト。読売が書いたとおり、善かれ悪しかれ「限定容認」に過ぎない。それを大批判す るのも、大喜びするのも、おかしい。

 朝日新聞の集団的自衛権報道については本誌6月号の拙稿で詳論した。加えて最近も「言論テレビ」(7月12日放送・月刊「ウイル」9月号掲載)などで指弾したので、以下(朝日同様、世論形成に大きな影響力を持つ)NHK総合テレビの報道に焦点を絞ろう。

 まず、総理会見を生中継した番組で、政治部の岩田明子記者が、会見と閣議決定を解説した。的を射た解説であり、非の打ち所がなかった(以下、今回は個人名を挙げるが、私は誰とも面識がない)。

 だが、NHKはやはりNHK。続く同夜の「ニュース7」は31分間中、25分間を当て報道。スタジオ出演したのは政治部の田中康臣記者。アナウンサーとの主要な会話を再現しよう。

 「どんな意味を持つんでしょうか」

 「日本が攻撃された場合にしか武力行使ができないという、これまでの大きな制約が外れるという点です」

 「つまり、何ができて、何ができないか。必ずしも明らかになっていないということなんですね」

 「そうですね。そのため野党からも『自衛隊の活動範囲が際限なく広がる』とか『戦争に巻き込まれる可能性が高まる』といった批判が出ているんです。(中略)行使容認という大転換に踏み切ったわけですが(中略)国民の理解を得られるかが問われる(以下略)」

あくまで「限定容認」なのに…

 朝日同様、聞く耳持たず。総理や与党幹部が連日どう説明しても無駄なようだ。

 まず、右の会話は事実に反する(と私は思う)。善かれ悪しかれ「行使容認という大転換に踏み切ったわけ」ではない。あくまで「限定容認」(読売)である。

  「大きな制約が外れる」云々と視聴者の不安を煽っているが、「日本が攻撃された場合にしか武力行使ができないという」制約など、これまでもなかった。その 他を含め間違いだらけ。念のため付言すれば、「攻撃された場合」ではなく、「急迫不正の侵害」が従来の自衛権行使の要件である。「急迫」とは「法益の侵害 が現に存在しているか、または間近に押し迫っている」状態(最高裁判例)。私に言わせれば、要件はより厳しくなった(前掲拙稿)。

 同夜の「ニュースウォッチ9」も同様。「武力行使の要件を『日本に対する武力攻撃が発生した場合』に限定してきましたが……」と虚偽報道した上で、こう批判した。

 「歯止めが具体的にかかっていると言えるんでしょうか」(井上あさひキャスター)

 「その点は必ずしも明確ではないと思います」(政治部の原聖樹記者)
 …… これでは、岩田記者のパーフェクトな解説が台無しである。公共放送NHKの花形たる政治部記者にして、この始末。自衛権行使の要件は昔も今も明らかであ る。かりに新3要件の歯止めを不明確と咎めるなら、同等以上の批判が旧3要件にも当てはまる。さらに言えば、「急迫不正」との刑法第36条(正当防衛)そ の他、あらゆる法令の要件に当てはまる。

 もし本心から「必ずしも明らかになっていない」と思って いるなら、法学の素養が皆無なのであろう。そうでないなら、意図的かつ悪質な世論操作である。NHK記者は、冠に「必ずしも」と振れば、何であれ、「~で はない」と否定的に断定できると思っているようだ。なんとも卑怯な表現ではないか。

 さらに、この番組は「憲法解釈変更その先に…」「記者大越がみた 自衛隊 派遣のこれまで」と題したコーナーで自衛隊イラク派遣を「〝戦時〟の協力へ」と振り返った。当時のNHKニュースも連日「泥沼化するイラク戦争」と報じていた。
  現場(サマーワ駐屯地)にいた実感として、そうは思わないが、いずれにせよ、もし「戦争」であり「戦時」だったのなら、根拠法令(イラク特措法)違反、憲 法違反となる。いわゆる「非戦闘地域」ではなくなってしまう。つまり、法律と政府答弁を無視した報道である。「いや政府答弁こそ詭弁だ」との認識なら、正 面から堂々と「憲法違反だった」と報じ批判するべきだ。昔も今もNHKは直接話法で正面から語らない。未来永劫「必ずしも~でない」と言い続けるのであろ う。

 遺憾ながら、この程度で驚くのはまだ早い。翌2日放送の情報番組「あさイチ」では、城本勝解 説委員がフリップを使いながら「アメリカと一緒になって反撃する権利。これが集団的自衛権」と出鱈目な説明をした。正しくは「反撃する権利」でなく「実力 をもって阻止する権利」。そう本誌6月号で縷々述べたが、相変わらずNHKには馬耳東……。

「あさイチ」から偏向報道を

  看板番組「日曜討論」の司会も務める城本解説委員は5月6日放送の「大人ドリルSP 今さら聞けない…集団的自衛権のいろは」にも出演し、「国際社会に理 解してもらうことから始めないと何をするにも難しい」「拡大解釈される」等々と危険性を言い募り、反対姿勢を鮮明にした。

 案の定、7月二日も「あさイチ」から、閣議決定を、以下のとおりダメ出しした。

 《「明白な危険」というのも誰が判断するんだ、という話になりますし(中略)、非常にあいまいだ。事前に国会承認が必要だと言っているんですが、この歯止めについてはまだ具体的ではない》

 井ノ原快彦キャスターが「だから、みんな怖いわけですよね」と受け、「そうですね」との会話が続いた。

  くどいようだが、新3要件が「あいまい」との批判は当てはまらない。「非常に」と形容するなど、もっての他である。城本氏は、要件に該当したかを、誰が判 断するか、ご存知ないようだが、正解は内閣である。国家安全保障会議や閣議で審議される。その判断の当否は、国会や裁判所もチェックする。これ以上の歯止 めはあるまい。

 城本氏は番組でさらに「総理会見をどうみたか」聞かれ、こう答えた(正確に再現すると日本語にならないので、明らかな言い間違いや不必要な表現は修正した)。

  《率直に言って、これまでの憲法の考え方を大きく変える、(中略)大きく転換させた。これが1つ。(中略)60年安保、ありましたよね。国会で大議論をし てきたわけですね。国民的にも賛成・反対、大変大きな議論があるなか、物事が決められてきた。今回はまず、政府が「政府の責任で決めます」と。んで、「こ れから国会で議論します」という……ちょっと、その順番はこれまでのやり方と違うな、というのが率直な印象》

 率直に言って、レベルが低すぎる。(安保)条約の批准と、閣議決定を同列に議論するのは憲法上もいただけない。いわゆる三権分立を理解していないから、こうなる。

 順番が違うと言うが、担当省庁で起案し、関連省庁間で根回しの上、事務次官会議を経て閣議決定後、閣法として国会に提出する。それが「これまでのやり方」である。先に閣議決定しなければ、法案を提出できない。至極当然の順番である。

 ポレミック(論争的)に言えば、他のやり方もある。右の順番だと、内閣法制局の審査を経なければならない。もし彼らが抵抗すれば法案はできない。そのハードルを回避すべく議員立法で関連法案を成立させる。たとえば「国家安全保障基本法」を……。

  私は本来そうすべきだったと思う。これなら内閣法制局審査を経る必要がない。これぞ従来の政府解釈の縛りを解く効果的かつ合憲的なやり方だった。そうした 批判なら傾聴に値するが、NHKの主張は正反対。しかも、まだ議論が足りないという。私の目には今回も「国民的にも賛成・反対、大変大きな議論があるな か、物事が決められてきた」と映るが、安保世代の解説委員に映る風景は違う。まだ議論が足りないらしい。安保騒動のごとく、デモ隊が国会に突入し、犠牲者 が出ないと、満足できないのか。

 番組では有働由美子キャスターも「なぜ急いだんですかね」と疑問 視した。この問題は第一次安倍内閣から議論を始めた。安倍自民党として公約に掲げた二度の国政選挙でも大勝した。第二次安倍内閣で議論を再開後、1年半以 上が経過してからの閣議決定なのだ。遅きに失したとの批判すら、あり得る。

 ゲストの室井佑月さん(作家)も「他国の戦争に巻き込まれるわけですから、テロの脅威は増えますよね」と総理会見を非難。城本解説委員がこう受けた。

 「(そうした)疑問や不安が出てくるのは当然。(中略)抑止力を高めることによって必ずしも戦争を防げるわけではない。むしろ逆になることもある。こういう事実がある」

 日本の公共放送が、日本の抑止力が高まることを批判したのだ。生放送を見ていた中国大使館員のほくそ笑んだ顔が目に浮かぶ。

消された国谷キャスターの発言


 翌3日放送の「クローズアップ現代」も酷かった。ゲストは菅義偉官房長官。まず国谷裕子キャスターがこう語った。

「武力行使が許容されるのは日本に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとされてきました」

  先述のとおり「武力攻撃が発生した場合」ではなく「急迫不正の侵害」が正しい。続けて「戦後日本の安全保障政策を大きく転換する閣議決定」とも述べたが、 政府見解とも、読売の報道とも、私の理解とも違う。私に言わせれば、大転換すべきだったのに、「限定容認」(読売)に留まった。

 今回の閣議決定で許容されるのは「自衛のための措置」と紹介しながら、「これまで世界の多くの戦争が自衛の名の下に行われてきたのも事実です」と、閣議決定を実質的に全否定(ないし大批判)した上で、こう世論を誘導した。

  「憲法9条の精神を貫くためには、より具体的な武力行使への歯止めが求められています。重大な解釈変更であるにもかかわらず、閣議決定に至るまで国民的な 理解、そして議論が深まっていないという声が多く聞かれます。なぜ今この大転換なのか。集団的自衛権の行使容認は限定的だと言っても、果たして歯止めは利 くのでしょうか」

 大衆は理解していないという“前衛”気取りの左派体質が露呈している。私の認識は正反対。大半の国民は、漠然とであれ、「必要最小限度なら許される」と、事の本質を正しく理解している。失礼ながら、理解していないのは彼女自身のほうではないのか。

  執拗に菅長官を追及し、番組中「他国を守る集団的自衛権は行使しない」と明言させた。ならば「大転換」でも何でもあるまい。さらにブチブチ文句を言い続 け、出演した原聖樹記者(前出)も「わが国の存立が脅かされる事態とは、具体的にイメージしにくい」と疑問を呈した。今回、政府は8つも事例を示したの に、まだ足りないらしい。足りないのは政府の説明ではなく、記者や看板キャスターの能力であろう。

  彼女らの失礼な態度に官邸が激怒し抗議したとの誤報が生まれたのも致し方あるまい。ちなみに発言や会話は、NHK公式サイトの「全文テキスト」で一部削 除、訂正されている。さすがに良心が咎めたのか。だがウエブ上の発言記録は消せても、視聴者の記憶は消せない。終始、一方的な意見表明に終始した、明らか な放送法違反である。政府はこれに懲りて、以後NHKへの出演は控えるべきではないだろうか。

 も はや、印象操作は日常茶飯事と化した。最近も7月13日放送の「ニュース7」が反対集会を報じたが、参加者がみな同じプラカードを持っていた。特定の組織 (ないし政党)が背後にいるからではないのか。ならば、公共放送ではなく、宣伝機関に堕している。しかもNHKは反対集会しか報道しない。賛成支持するデ モや集会を黙殺する。

 同夜放送のNHKスペシャルでも、集団的自衛権を「反撃する権利」と国際法を無視し勝手に定義したうえ、アフガン派遣で犠牲を出したドイツの例を挙げ、「犠牲者を生むリスクが高まる」と間接話法で指摘した。

 だが、その例は番組が報じたとおり「国連の枠組みの下」の活動である。つまり集団的自衛権の行使ではなく、集団安全保障のケースである。ゆえに「集団的自衛権 行使容認は何をもたらすのか」と題した番組で紹介すべき事例ではない。

 ただ遺憾ながら、多くの日本国民が両者を混同している。違いが分かっていない。おそらく視聴者は大きな不安にかられたはずだ。なんとも巧妙かつ悪質な印象操作である。

 NHKによって、7月1日の意義は深く傷ついた。一連の報道は憲法上の保障に値しない。放送法に違反した偏向報道である。

  蛇足ながら同夜、NHK以下各局は、滋賀県知事選で自公の推薦候補が敗北したニュースを速報した。翌朝の毎日新聞1面は「『集団的自衛権』影響」と報じ、 安倍総理も「集団的自衛権の議論が影響していないと申し上げるつもりは毛頭ない」と答弁した(7月14日・衆院予算委)。しかし、影響を与えたのなら、そ の責任は「集団的自衛権」というより、それを報じた護憲派マスコミの姿勢にある。なかでも公共放送であるNHKの罪が重い。

※この記事は「ウソが栄えりゃ、国が亡びる」(KKベストセラーズ)に収録されたものを再構成しています。


山田 高明;なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える

歴史修正主義という言葉が聞かれる。
韓国や同調する欧米メデイアからは、歴史修正主義ということは、かなりの批判に値すると言う。
実は、歴史を書換えたのは、韓国であって、彼らこそ、歴史修正主義者そのものである。




なぜ韓国は歴史を書き換えたのか――その動機と背景を考える(前半)
山田 高明
http://agora-web.jp/archives/1559562.html

前回の「韓国の方々がなぜ日本を“戦犯国”と呼ぶのか、考えたことはありますか?」の続き。

正当な理由がないにも関わらず、なぜ韓国人は優越感を滲まながら「戦犯国」などと日本を嘲弄しているのだろうか。いったい彼らの頭の中はどうなっているのか。
答えは「史実をほとんど逆さまに 認識しているから」だと思われる。たとえば、「日帝が韓国を強制併合して収奪と民族抹殺を始めると、独立軍が各地で蜂起し、日本軍と果敢に戦った。太平洋 戦争が始まると、臨時政府は日帝に宣戦布告し、連合国の一員になった。韓国の独立はこのようにして自力で勝ち取ったものだ。韓国人BC項戦犯については、 あくまで強制動員され、犯罪を強要された“被害者”にすぎない」…という具合に。

こんなでっち上げの「建国神話」のせいで、彼らは自分たちが連合国側に属するなどと錯覚している。一般に、韓国人は、政治的なプロパガンダにすぎない“歴史教育”により、近現代史において以下の「四つの大きな真実」から完全に隔離されている。

・第一、日韓併合の真実。
・第二、日本統治時代の真実。
・第三、戦後の独立と李承晩時代の真実。
・第四、朴正煕時代の「漢江の奇跡」の真実。

以上の四つの項目について、韓国人の頭には公然たる嘘やトリミングされた情報が詰まっており、その虚偽を「正しい歴史」などと呼んでいる。韓国の歴史教科 書を読んだことのある人なら分かると思うが、それを規定する国史編纂委員会はプロの贋作者集団であり、非常に手の込んだ捏造をやっている。ジャーナリスト の石井孝明氏が「一冊の本だけを読む人に気をつけよう」という格言を紹介していたが、何も知らない人が韓国人の書いた歴史の本や、その影響下にある日本人 の本だけを読めば、確実に騙される。それで罪悪感を持ち“良心”に目覚めてしまった厄介な日本人も少なくない(*それもまた彼らの手口なのだ)。幸い、今 では、その捏造箇所や事実関係の誤りの指摘にプロの歴史研究者の方々がたくさん参加しておられ、関連するサイトや本も増えてきた。

したがって、それについてアマチュアの私がここで懇切丁寧に解説する意味はない。それよりも、もっと根本的なことを考えてみたい。それは「彼らがなぜ歴史を書き換えたのか、又はなぜ捏造せざるをえなかったのか」という、原因・理由・動機などの究明である。治療(する機会があるとして)のためには、それを突き止めることが不可欠だ。

以下は、まったく私の個人的な推測だが、韓国人の皆さんにこそ是非とも読んでもらいたいと希望している。

元凶としての李承晩(イ・スンマン)
では、その理由とは何か。おそらく、初代大統領として「李承晩が独裁権力を握ったから」だと思う。それゆえ、彼自身と臨時政府を「正統」とする歴史をでっち上げねばならなくなったのだ。つまり、始まりは、ほとんど個人的な動機だったのではないか。

むろん、理由は複合的で、その他にもある。

第一に、歴史を“記録”する際の、東アジア文明圏の伝統的な手法が挙げられる。ちょうど司馬遷の『史記』で殷(商)の紂王が悪逆非道に描かれているように、彼らの社会では日帝という「前王朝」を冷酷無比な統治者に描けば描くほど、次の支配者の道徳的正当性が高まる。ましてや、独立戦争を通してその悪魔と戦い続けたと人々に信じさせることができれば、これ以上の正当性はなく、完全に人民のヒーローに収まれる。

第二に、もっと切実で現実的な理由もあった。終戦後、三年間はアメリカが直接軍政を敷いたように、連合国を結成したボスがすぐ韓国の目の前にいた。捕虜虐 待などでBC項戦犯として訴追されたように、韓国人は疑いを持たれていた。だから、保身上、戦犯の日本と同類に見られないよう、また自身の戦争犯罪があく まで強要されたものとの訴えが説得力を持つよう、徹底して「加害者と被害者の関係」に成りすます必要性があった。

そして第三に、これがもっとも大きな理由だと思うが、李承晩はとんでもない悪政をやらかして国民を苦しめ、貧困のどん底へと叩き落した。どんな民族主義者 が見ても、日本時代より過酷で恐怖に満ちた社会であることは明らかだった。だから、李承晩は、独裁者として就任した時だけでなく、その後も歴史をでっち上げ続ける必要に迫られたの だ。少なくとも政権を握っている間、自分の時代よりも日帝時代をさらに悪虐非道に描かねば辻褄が合わなくなってしまった。それはまた内部矛盾から人々の目 を反らす意味でも有効な手法だった。だが、政治的に不可欠な作業とはいえ、自国民の大量虐殺をやった独裁政治よりも悪く見せるとなると、もはや悪魔でも 引っ張り出すしかない。だから韓国の歴史教育では、ほとんど悪魔として日本の姿が描写されるようになったと思われる。

独立運動家・臨時政府・独立軍の本当の姿
仮に、独立の指導者たちが本物の英雄であったなら、こんなでっち上げはする必要がなかった。そこがアジアの他の国との違いだ。インドでは、ガンジーやボー スの軌跡をわざわざでっち上げる必要はない。事実をありのままに伝えるだけでいい。それで十分、彼らは英雄であり後世の手本となる。アジアの各国にはミャ ンマーのアウンサン、インドネシアのスカルノ、ベトナムのホー・チ・ミンなど、キラ星のごとく独立の英雄がいる。ところが韓国には、このような偉大な独立 の指導者が一人もいなかった。日本軍を打ち破った勇猛果敢な軍事指導者も、思想的人間的に偉大な文人指導者も、ついに現れなかった。

大韓民国臨時政府なるものを象徴するのが、中枢にいた三人の主要人物だ。一人は今挙げた李承晩。王朝に繋がる家系が自慢で、それゆえに民族主義者であり、 庶民を人間とは思っていなかった(だから大虐殺できた)傲岸な人物だ。もう一人は、強盗殺人犯で脱獄囚の金九(キム・グ)。生涯、政争を繰り返した人物 だ。こんな男が“警察本部長”に就いていたのだから、いかに怪しげな団体かが分かる。最後の一人は朴殷植(パク・ウンシク)で、嘘つき・でっち上げの天 才。『韓国独立運動之血史』という怪プロパガンダ文書を書いて、今日に至る韓国のトンデモ近代史の原型を作った人物だ。

彼らの設立した臨時政府なるものは、いかなる国家からも承認されず、設立から26年間、一度も日本軍と戦わなかった口先だけのヘタレ集団だ。 独立軍の中で同組織所属をとくに「光復軍」と呼んでいるが、日本軍と交戦したことはない。「人類史上最悪の植民地支配」などと糾弾するほど日帝の支配が過 酷なら一度くらいは銃をとって戦っても良さそうなものだが、結局、設立から終戦までの間やっていたことといえば、内輪でのポスト争いと中国政府へのタカ リ、市民社会に対する強盗略奪、政敵の同じ韓国人の暗殺くらいのもの。

一方、独立軍とか抗日パルチザンと称する集団の正体は、要するに満州の匪賊やソ連・中国共産党軍に所属していた韓国人のことである。「愛国心はならず者の なんとやら」とはよく言ったもので、強盗略奪が生業だった匪賊であっても「独立闘争」といえば名分が立ったのだろう。満州国軍官学校卒で朝鮮戦争の英雄で ある白善燁氏は当時を直に知る人物だ。元帥は「独立軍など見たこともないのに、どうやって討伐できるのか」と呆れている。

もっと呆れるのは、韓国ではこの“独立軍”が日本軍に対して「青山里戦闘」なるもので大勝利したと信じられていることだ。実際には匪賊討伐の際に日本軍人に若干名の死者が出た事件だが、「日本軍に3千名以上の戦死者を出した」という嘘が定着している。驚くのは、この臨時政府の戦勝プロパガンダを韓国政府が未だに継承しており、毎年「戦勝記念行事」まで開催していることだ。虚しくないのかという疑問はさておき、この現実からも今の韓国政府が臨時政府の正統な後継者に他ならないことがよく分かる。

このように、独立運動家と称する連中が「ニセモノの英雄」であり、本人たちも十分それを承知していたから、歴史をでっち上げる必要に迫られたと思われる。

ちなみに、以上とは別個に、1905年の第二次日韓協約から併合初期まで、後に「反日義兵闘争」と呼ばれるものがあった。これは日本軍に計百名以上の死者 を出す規模であったことは確かだ。しかし、この闘争がすぐにピークアウトしたのは、韓国が未だ国民国家でなかったことが主因ではないかと私は思っている。 つまり、大多数の庶民にとって最大の関心事は己の暮らしであり、専制国家の運命などどうでもよかったのだ。

それどころか同時期、日韓合併を掲げる一進会が最大の政治勢力だった。当時、日本に敗北した清とロシアは威信を失い、滅亡寸前の帝国だった。対して、世界 の9割以上を欧米とその植民地が占める状況にあって、日本は全アジア、否、全有色人種の期待を担っていた。中世のレベルだった当時の韓国人からすると、日 本は何百年も文明の進んだ近代国家に等しい。そうすると、「対等合併」を望んだ一進会は非常にムシのよい主張をしていたことになる。反日・独立どころか、 案外、勝ち馬にタダ乗りして労せずに一等国民になろうとしていたのが政治意識のある韓国人の多数派だったというのが事の本質ではないか。

数字まででっち上げる韓国人の驚異の贋作力
やや本筋から反れるが、独立軍の話が出たついでに、韓国人は日本人が絶対やらないことを平気でやる事実を知っておくのも無駄ではないと思う。それは「実在の人物名を流用して、具体的な数字を創作し、記録をでっち上げる」という行為である。

たとえば、“独立戦争”の実態と称して、
「○月○日、日本軍がどこそこの村を襲い、○○戸を破壊し、○○名を殺害した。それに対して、誰々率いる独立軍○○名が戦い、日本軍○○名を殺害して撃退した」
などという話を次から次へと“歴史書”の中に書き加えていく。

ところが、これがまったくの創作なのである。「青山里戦闘」なるものも、この手法ででっち上げられた活躍のうちの一つだ。驚くべきことに、彼らは「実在の人物+具体的な数字」を使って、架空の詳細な“歴史記録”を作ってしまうのだ。目的が正義であれば手段は選ばなくてもよいとタカをくくっているのか、彼らは平気らしいのだ。

なぜそういうことをやるのかというと、科学性・客観性を装うことで、いかにも学術的な調査を経た公式の記録であるかのように見せかけることができるからである。そうやってニセの記録をたくさん作って、己の政治的主張や立場を固めるのだ。つまり、最初から世間を騙すため、欺くためにやるわけだから、詐欺の確信犯である。中国も含めての話だが、政治とアカデミズムが分離しておらず、政治的な真実のほうが客観的なそれより優先されるらしい。だから真理を畏れず、平然と歴史(事実)に手を加える罪を犯す。

彼らはこうして日本軍の“殺戮記録”や、独立軍の“戦勝記録”を次々とでっち上げていった。この手法で、臨時政府も「聖人君子の集まり」になり、独立軍も「各地で日本軍を撃退した勇猛果敢な部隊」に変えられた。何も知らない人が読めば、当然本物の記録であり、人々を次々と虐殺して回る悪逆非道な日本に対して正義の独立軍が不屈の精神で抵抗していた、と信じ込むだろう(実際これが韓国人の持つ日帝時代のイメージだ)。

こうやって、驚くほど詳細で念の入った改ざんで「日帝の犯罪」が創られ、韓国では今でも事実として流通している。日韓関係史ではこの種の「偽の記録」が膨 大に紛れ込んでいる。不幸にして、このような卑怯な手法は、大多数の日本人にとって長らく常識外のことだったため、信じてしまう人が続出した。そして罪悪 感、良心の呵責、贖罪意識から、謝罪するだけではすまず、相手側の手先となり、結果的に嘘の片棒を担ぐ人も現れた。

しかし、今では「具体的な数字を挙げてまで嘘をつく」という彼らの手口は、日本だけでなく世界に広く知れ渡りつつある。なにしろ、一国の政府や自治体、政 治家、大企業や科学者までもが公然とそれをやり、しばしば顰蹙を買う。従軍慰安婦も同類だと、気づく欧米人も現れ始めたようだ。彼らは以前のように容易に 人々を騙せなくなった。

ただし、公正を期すなら、まったく逆の韓国人も少なからずいる。たとえば、『親日派のための弁明』を記した金完燮(キム・ワンソプ)氏のよ うに、逮捕・暴行・脅迫されても決して真実の主張を曲げない人もいる。集団の空気に抗い、迫害にもめげずに真実を訴えている韓国の本物の知識人に対して は、心底、尊敬の念を覚えざるをえない。韓国ではすでに“親日派”は殺される時代に入った。命と引き換えても真実に忠実であらんとする…正直、私にはそこ までの覚悟はない。彼らこそ真に日本の友人になれる人たちだと思う。

(後半に続く)

(フリーランスライター 山田高明)


なぜ韓国は歴史を書き換えたのか――その動機と背景を考える(後半)
山田 高明
http://agora-web.jp/archives/1559563.html

韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。

日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。臨時政府と 独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げ られた。ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えら れたからだ。だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁 権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常 なことだ。いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。

李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。その結果、数万の市民が殺され、 別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われ た。

李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。そのために韓国の南端 に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想 像に難くない。

朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に 処刑した。軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下で も隠蔽され続けた。

当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦とな るはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃し た。ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。

その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底 的に弾圧した。日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。李承晩はこの動き を思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。

太平洋戦争当時、韓国は爆撃も受けず、実質徴兵もなく(*若干の徴兵者は戦線投入前に終戦)、物資の徴発と労務の強制だけという、“植民地”としては破格の待遇を受けた。結果、終戦時、内地は大量の戦死者を出して灰燼に帰したが、韓国はほぼ無傷の状態だった。つまり、戦後、日本と韓国の経済社会状態は完全に逆転していたのである。ところが、李承晩が去った時には、韓国は最貧国へと転落しており、両者の状態は再逆転していた。

結局、李承晩は、韓国社会と経済の発展には何一つ貢献せず、ただ単に独裁権力を振り回して圧政を敷き、自国民を大量虐殺し、貧困化させただけだった。ちな みに、韓国政府は未だにこの恥部を隠蔽し、逆に日本軍によるありもしない虐殺はでっち上げて、子供たちに嘘の歴史を教えているのだから、半ば共犯者みたい なものではないか。

なぜ嘘の国史が継承されていったのか?
李承晩亡命の後、韓国はしばし混乱したが、最終的に権力を掌握したのが朴正煕だった。周知の通り、彼は旧軍将校の出であり、日韓基本条約の締結によって両 国関係を正常化させ、日本から莫大な資金を獲得した。朴は鉄鋼や石油化学などの重工業の育成と社会インフラの拡充を行い、「漢江の奇跡」と称される高度経 済成長を実現した。

もっとも、国家予算の倍以上に及ぶ日本の資金と、使命感をもって手取り足取り技術やノウハウを教えてくれる隣人がいれば、勤勉な韓国人ならば「奇跡」を起こすことはそれほど難しいとは思えない。こうして韓国は、一度ならず二度までも、日本の援助と協力によって、貧困から脱することができたのである。

だが、朴正煕大統領もまた、日本を絶対悪とするプロパガンダを修正することはなかった。彼は反政府的なデモや運動を徹底的に弾圧したため、一部の市民から は怨嗟の的になった。必然的に内部の軋轢を生む軍事独裁政治にとって、人々の憎しみや不満の矛先を反らせる対象は不可欠である。北朝鮮とか共産主義者では 役不足だった。だいたい反政府的な者はそのシンパが多かったのだ。思想の区分に関係ない「人民の敵」を必要とした。

そういった政治的な思惑からか、朴正煕は日本悪魔化教育をそのまま引き継いだ。さらに日本の経済援助による成果もすべて自分の功績にしてしまったのだか ら、日本で一般に信じられている人物像とは違い、あまりフェアな人物だったとは言い難い。いや、それどころか、どうやら余計なものを公教育に付け足したら しい。それが「わが民族は昔から偉大だった」式のプライドの醸成である。つまり、自尊史観を強化したらしいのである(*ただし、これに関しては手元に資料 がなく、あくまで伝聞である点をお断りしておく)。

しかし、それは裏を返せば日本を「文化後進国」と貶めることでもあった。というのも、他者との比較によって自民族の優秀さが浮かび上がるわけだが、その対 象は当然、中国ではありえず、古代・中世の日本だからである。韓国の子供たちは、「先祖が日本人に○○を教えてあげた」とか「昔は日本よりも進んでいた」 と教えられる。韓国が伝えた先進文化として挙げられるのが、古代には稲作・織物・建築・仏教・紙・文字、秀吉の侵略時には陶器の製作技術、江戸時代には朝 鮮通信使による医学・儒学・書画などだ。

こうして、日本との相対化によって「明治維新までは韓国のほうが文化先進国だった」とか、「わが先祖は野蛮な日本人を文明化させた先生である」というふう に、民族的な優越感を持つようになる。そこへ秀吉の侵略や近代日本の侵略を大きく取り上げるわけだから、当然、「恩を仇で返された」と憤慨するようにな る。こうして、現代にいたる、日本に対する優越感と被害者意識の両方を育むような「おかしな歴史教育」の基礎が完成する。

その後に大統領になった全斗煥・盧泰愚も、朴と同じ陸士系列であり、反日教育を引き継いでいった。理由はやはり上と同じようなものだろう。軍事政権はどう しても人々の憎しみを引き受けてくれる対象を必要とする。ましてや全斗煥は、いきなり光州事件のような市民の弾圧を行った人物である。また彼は、朴のよう な奇跡をやりたくて、日本から巨額の経済援助を引き出そうとした。そのための手段として、教科書問題で因縁をつけにかかった――そういう男がなんで反日教 育を修正するだろうか。

1988年、韓国はようやく民主体制に移行した。建前では、思想言論の自由もほぼ保障された。しかし、40年にわたる対内プロパガンダによって「偽の記 憶」が完全に既成事実化しており、もはや手遅れになっていた。韓国人はすっかり「建国の父」と精神的に一体化していたのである。今や独立運動家たちが韓民 族のアイデンティティなのだ。つまり、一般国民が「われわれは日帝という悪魔と勇敢に戦って勝利した」と思い込んでおり、その神話の守護者なので、覆すの は容易ではなくなっているのだ。

初めから存在しない“日韓友好”

さて、私にも韓国人との個人的な付き合いがなかったわけではない。その時の経験を言うと「とても他人とは思えない」というものだ。私の周りには、韓国人と ビジネスをして騙された、パクられた、代金を踏み倒されたという人がいるが、幸い私は一度も嫌な思いをしたことがない。だから、個人的には、知人の韓国人 は今でも親戚のように思っている。

おそらく、百年前の日本人が、いささか常軌を逸した善意と使命感をもって韓国社会の近代化に身を捧げたのも、こういう感情からではなかったか。「他人とは思えない」とか「生き別れた兄弟が惨めな境遇にあるように見えた」というのが、案外真相だと思う。

ただ、そういう個人の付き合いの中で、聡明で温厚な韓国人でさえ、ふと何かの拍子で歴史に話題が及ぶと、顔色が変わる点については奇異に思っていた。それはあたかも子供の頃に虐待を受けた人が、フラッシュバックで苦しめられる様に似ていた。

私がその理由を知ったのは今から十五年前、翻訳された韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝 鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。韓国政府の嘘と捏造はそこまで容赦がないのだ。すぐに危険だと直感した。子供たちは当然、それがす べて事実だと信じ込んで育つ。これは日本が戦時中に喧伝した鬼畜米英以上の“鬼畜日本”プロパガンダに等しい。

韓国の歴史教育が描く日韓関係とは、いわば「100%の加害者と100%の被害者」であり「絶対的な悪と絶対的な正義」のそれである。いかにもニセモノの 英雄が考えそうな安っぽい勧善懲悪のストーリーになっている。李承晩が初代大統領として独裁権力を手にしたため、こんなフィクションが本当に建国神話とな り、かつその洗脳が今日まで続いたことで、一般の韓国人までもがこのニセモノと精神的に一体化してしまった。

韓国とは、こういう特定の民族への憎悪と偏見を植え付ける洗脳教育を国家として65年間も続けてきたアブノーマルな国なのだ。しかも、事実 に反するまがい物を「正しい歴史認識」などと称して、日本人にも強制しようとしている。国を挙げて科学的・客観的に事実でないことを信じているわけだか ら、これはもう“信仰”の域である。つまり、この地球上には、キリスト教国・イスラム教国・仏教国のほかに、第四の「反日真理教国」が存在すると思ったほうがいい。韓国とは一個のカルト教団なのだ。

だから、韓国が友好国だとか、同じ価値観を共有するパートナーだとか真顔で言っている日本人は、よほどの無知か、馬鹿がつくお人好しか、手先系か、どれか である。事実はもっとも非友好的で、価値観の異なる国なのだ。彼ら親韓派(隷韓派?)は今、韓国の“突然の”反日にうろたえ、「日韓はこれまでうまくやっ てきたはずなのに」とか、「政治家や政府のレベルでやり合っているだけで、しばらくしたら元の友好関係に戻れるはずだ」などとオロオロしている。「馬鹿に つける薬はない」とはこのことだ。

韓国とは、もともと、こういう国なのであり、今や片っ端から因縁をつけ始めたのは、情勢の変化により本性を隠す必要がなくなっただけの話である。そもそ も、日本人の考える日韓友好と、韓国人の考えるそれとでは、大きな隔たりがある。日本人は文字通り「対等な友人関係」をイメージする。ところが、韓国人の 中では「100%の加害者と100%の被害者」という関係が前提になっていて、それゆえ彼らが「友好」とか「協力」を口にする場合、「日本人は加害者とし ての己の立場をよくわきまえろ」という意味が込められているのである。それは換言するなら「被害者に尽くせ」という意味だ。

よって、日韓が和解する必要性があるか否かはまた違う次元の問題として、それができると信じるのはナイーブにすぎる。日韓の個人的な交流と対話はぜひ推進 すべきだが、その効果に過大な期待は禁物である。それはちょうど後方でエイリアンの卵を次々と産み続ける母体を放置しながら、前線で襲ってくる固体だけを 倒すに等しい。それらが真に効果を発揮するには、まず母体(子供たちへの反日洗脳教育)を倒されねばならない。

しかし、極度に誤っているとはいえ、その国の教育は、あくまで内政問題である。改革できるとすれば、韓国人しかいない。その可能性については、私からは何 ともいえない。ただ、しょせんは、まがい物を「正当」とする非科学のオカルトである。真実の光が照射されるなら、虚偽は次第に溶解していく。ただ、それは ある意味、大韓民国の「国体崩壊」に等しい。だから、政府は、歴史の真実を恐れ、事実上、思想言論の自由を統制し、口封じまでやっている。それは見方を替 えれば「悪あがき」とも受け取れる。

一方、日本のとるべき態度ははっきりしていないだろうか。まず「歴史教科書を事実に沿って書き直せ」と要求していくべきだ。事ここに至っては内政問題もヘ チマもない。韓国はこれまで子供たちに日本に対する憎悪と偏見を植え付けながら、政治レベルでは友人やパートナーのフリをしてきた。そうやって二重人格的 な外交で日本を騙し、うまく利用してきたともいえる。おそらく、内心では「日本人をかつぐなんてチョロイもんよ」と舌を出していたのだろう。だが、これか らは、表面では「日韓は互いに協力し合うべきだ」とか「本当は日本が嫌いじゃない」などとごまかしながら、裏では公教育で日本を悪魔だと喧伝するような欺 瞞的な対日姿勢は通用しない。もうその手は食わない。

歴史の真実を直視しない韓国人に未来はない。まずは大本を正すべきだ。話はそれからだ。


(フリーランスライター 山田高明)

沖縄戦の教訓


沖縄と日本を不幸にする「真逆史観」②

- 全国大会記念講演 知られざる沖縄の真実 -

鴨野 守 (ジャーナリスト)
◆極限の場で、人間の勇気が試される  

沖縄戦の教訓というと、左翼の人たちは、「戦争は悲惨だ。残酷だ。このような悲惨で残酷な戦争を二度としないこと、それが教訓だ」と言います。  

しかし、戦争から得られる本当の教訓はそういうものではありません。ドキュメンタリー作家の上原正稔さんは言っています。「戦争は最も悲惨な出来事であるけれども、そこに最も美しい人間の物語が潜んでいる」と。  

『月刊ビューポイント』8月号の46頁に「数千人を助けた米須清一氏~沖縄戦で示された人間性の気高さ」という記事が載っています。この米須さんは、上原正稔さんが取材した人です。  

沖縄住民の米須さんは米軍の捕虜になりました。そして、米軍に頼まれて、沖縄の人びとに投降を呼びかけます。米軍のなかにいた日系人が沖縄の住民に標準語 で呼びかけても、普段、方言で話している沖縄の人は、呼びかけに応じてきません。現地の言葉を使える人たちの助けがないと投降させることは難しかったので す。米須さんは、命の危険を冒して数千人の沖縄住民の命を救いました。(『歴史と教育』6月号に詳述)

また、同誌の48頁には、「重傷の兵士を背負い、救出」という記事があります。

これは、山本義中さんという人がつづった手記『沖縄戦に生きて』の中に出て来る感動的な話です。

歩兵小隊長だった山本さんは、米軍戦車に肉弾攻撃を仕掛けました。しかし、戦車の砲弾の破片を受けて左手首を負傷し、また右大腿部や頭にも傷を負いました。

その山本さんを担架に乗せて助けたのは、女子挺身隊員の金城芳子さん(当時20歳)や防衛隊員でした。山本さんは5時間の手術の末、一命を取り留めまし た。しかし、看護婦からは「山本さんは重傷で助からない」と宣告されました。そして、ここにも米軍は迫っていました。  

死を覚悟した山本さんは、金城さんに言いました。「あなたは私に十分尽くしてくれた。責任も果たしたから、あなたは女学生達と一緒に南に行きなさい」。  

しかし、金城さんは、山本さんの命令に従おうとしませんでした。それどころか、金城さんは自分の背中に山本さんを脚絆でぐるぐる巻いて縛りつけ、背負ったままで戦場の中を歩いて南に下り、山本さんを救い出したのです。  

記事の一部を読みます。

《その後、運ばれた南風原陸軍病院24番壕にも敵は迫り、南に下がるよう命令が下される。金城芳子さんは、看護婦から「山本氏は重傷で助からない」と宣告 される。しかし、「私は部隊から山本少尉に付き添って行けと命令されたのです。山本少尉が生きている限り離れる訳にはいきません。私は少尉を背負って南へ 下がります」と告げる。  

そんな彼女に、山本少尉は語りかけた。「金城芳子、貴女は私に十分尽くしてくれた。責任もこれで果たしたから、女学生達と一緒に南に下がりなさい。金城芳子、ありがとう。私もこれから頑張って自分のことを考える」。  

だが、「金城芳子は、そうは受け取らなかったようだ。また姿が見えなくなった。今度は乾パンの袋を持って帰って来た。袋の中のコンペイ糖を私の口に入れ、自分も口の中に一粒入れてニコッと笑った。その顔が観音菩薩に見えた」。  

金城さんは少尉を背負って行くと言い張り、聞かない。山本氏は泣いて説得した。

自分一人が助かりたいと逃げまどう敗戦の戦場、まして軍司令部までが主戦場を捨てて後退し、陸軍病院が数千人の重傷の患者を壕の中に残したまま後退する。 この敗戦の修羅場で、私のような重傷を受け、生ける屍となった患者を、おぶってでも南へ下がるという彼女の言葉に、感極まった私は、「その気持ちだけで沢 山。その気持ちだけで十分。芳子さん、ありがとう。私はここで十分だ」と泣きながら礼を言って、「どうか貴女は南へ下がってくれ」と説得した。しかし、金 城芳子は頑としてそれを聞き入れない。  

そこに砂山という上等兵が手伝いを申し入れると、金城さんは自分の体に山本少尉の体を巻き脚絆で背負ってしまう。少尉は驚く。  

「この女性は何と大きな女性だ」。  
山本氏は手記の中で、金城さんのことを何度も「観音菩薩」と呼ぶ。この明るく気丈でスケールの大きな沖縄の女性と数人の戦友の力を借りて、山本少尉は6月13日、部隊に合流し、奇跡の生還を果たす 。  

氏の手記には、壕に避難した住民と遭遇する場面も出てくるが、兵士が住民を追い出すような場面は一度もない。住民は兵士にきわめて親切であり、激励を忘れない。  

山本氏は戦場で誓った。

「もし生きて帰れるならば、死ぬまで戦死者の慰霊を続ける」と。  

その気持ちを失わず、昭和23年に沖縄入り。地元の人々と、名前の判明した遺体1000体、不明の遺体1万2000体を収容した。これが、国が予算をつけ て遺骨収集を始める契機となった。山本氏は48年3月から62年まで沖縄への慰霊の旅を続け、その数は85回にも及んだ。彼は『沖縄戦に生きて』で、こう 書き記している。  

「戦場の具体的な事例をあげて、真実を伝え、決して人に後ろ指をさされるような非人間的なことはなかったことを伝えたい。戦場で沖縄県民が示した人間愛の 素晴らしさ、そして、私が沢山の人びとの情けで生き残ったことも知らせておきたかった」》。  

こういう素晴らしい人たちの生き方の記録を残すべきなのか、それとも、沖縄メディアが流す、住民が日本軍によって虐殺されたという記録を残したほうがいいのか。

米須清一さん、金城芳子さんの生き方に表わされるような人間の尊厳、戦争という極限状況のなかで示される人間の気高さや高貴な人間愛を教えるのがいいのか。自ずから明らかでありましょう。


◆命を懸けた島守 島田叡知事   

また、『ビューポイント』誌の52頁に「すさまじい《同調圧力》一方的「沖縄戦」描写が背景に」という記事を書きました。そこに一枚の写真を載せていますが、その背景を紹介しましょう。  

去る6月28日、糸満市平和祈念公園内の摩文仁の丘に、沖縄最後の官選知事島田叡(あきら)さんの顕彰碑が建てられました。  

昭和20年に知事になった島田さんは46歳でした。大阪府の内政部長であった島田さんがなぜ沖縄に赴任したのか。それは当時の泉守紀沖縄県知事が沖縄から 逃げ出してしまったからです。沖縄が戦場となることを察した泉知事は、視察の名目で沖縄を離れ、二度と沖縄に帰りませんでした。そこで、後任を探さねばな らなくなりました。そのとき、大阪知事が自分の片腕だった内政部長の島田さんに「沖縄に行き知事をやってくれないか」と頼んだのです。  

1月下旬に島田さんは沖縄に赴任します。島田さんが沖縄県知事として最初にやった仕事は、台湾に行き台湾当局と折衝して米を大量に買うことでした。彼は買い付けた米を沖縄に荷揚げするところまで陣頭指揮でやり遂げました。  

戦争が始まってからのことです。沖縄県庁のある課長が部下に「この命令文書をこことあそこに持って行って伝えよ」と命じました。しかし、その部下は怖がっ て持って行こうとしません。困った課長が島田知事に事情を話しますと、島田知事は「わかった。君が持って行けばいいのだよ」と言いました。そのように島田 さんは責任感と決断力をもち、強いリーダーシップをもつ知事でした。  

島田さんは自分に対しても部下に対しても厳しい方でしたが、反面、心優しい方でした。その例を挙げます。島田さんは、多くの住民とともに壕に避難しました。  

部下が米軍の砲弾が飛んでくるなかをバケツに水を汲んできました。汲んできた水は壕にもどってきたときにはバケツの底のほうにしか残っていませんでした。 ある人がそのバケツを島田さんに「どうぞこの水で顔を洗ってください」と差し出しましたら、島田さんは「君たちが命がけで汲んできた水を私は使えません。 どうぞあなたたちで使ってください」と押し戻しました。  

狭い壕のなかでバケツを両手にもった女学生がやってきますと、島田さんは体を壁に寄せて女学生を通しました。「そういう島田さんの優しさに感動しました」と、戦争が終わってから女学生たちは語っています。  

島田さんの責任感溢れる仕事ぶりや献身的な生き方は人々の記憶に残りました。そして、63年後の今、卒業生や同窓生たちによって島田さんを顕彰する碑が「島守の塔」のそばにつくられたのです。  

沖縄から逃げた泉知事にもし子供さんがいたとしたら、その子供さんは親をどう思ったでしょうか。「あなたのお父さんは戦時中どこにいましたか」と訊かれて 「沖縄です」と答える。「沖縄は大変でしたね。よく助かりましたね」と同情されたら、子供さんはどう返答するのでしょうか。  

知事としての大事な任務を放り投げ、沖縄から逃げ出して生きのびた泉さんのような生き方を子供たちに教えるほうがいいのか。それとも、命懸けで沖縄県民の ために自分の任務を全うした島田さんのような生き方を教えるほうがいいのか。これは沖縄の将来を左右する大きな問題です。  

島田さんを顕彰する碑が63年後の今、沖縄の地に建った意味を考えなければなりません。大きな犠牲のあったあの戦争から汲み取ることのできる教訓は、そういうところにあるのではないでしょうか。


◆歴史から何を学ぶべきか  


私たちの人生のなかには、愛する家族が病気で死んだり、不慮の事故で亡くなったりすることがあります。仕事を頑張ってもうまくいかないことも、信じていた 人に裏切られることもあります。しかし、どれほど辛いことがあったとしても、日常生活のなかで砲弾が飛んでくるとか、砲弾に当たって死ぬといった63年前 の沖縄に起きたような極限状況は起きません。  

戦争を戦った人たち、戦争で死んでいった人たちの生き方から汲み取れることは何でしょうか。

今、世間を騒がせているように、「仕事をクビになったから、誰でもいいから殺したかった」とか、「相談に乗ってくれなかったから親を殺した」とか言う若い 人がいます。  もし彼らが中学生のとき高校生のときに、かつての戦争の極限状況のなかで示された日本人の誇り高い行動の一つでも教わっていたならば、そして「ああ、こ んな素晴らしい生き方を自分もしてみたい」と思っていたならば、たとえ失業したとしても、親から勘当されたとしても、恋人に振られたとしても、他人から誤 解されたり誹謗されたとしても、その鬱憤晴らしに弱い者を刺したり人を殺したりする気にはならないでしょう。  

そういう時こそ、「ああ、先輩たちは死ぬほどの苦しみのなかであれほど頑張ったのだから、自分もこの試練を乗り越えて行こう」と思うのではないでしょう か。大きな犠牲を払ったあの戦争から得ることのできる教訓は、こういうものでなければならないと私は思います。

6月23日は、沖縄戦の慰霊の日になっています。東京大空襲などの無差別爆撃で、期せずして亡くなった人たちには、慰霊が相応しいかもしれません。  

しかし、沖縄戦で亡くなった人たちには、慰霊ではなく顕彰こそが必要なのです。  
「あなたがたはよく戦った、よく頑張った」と讃えて顕彰するとともに、現在、生かしていただいている自分は一生懸命に生きますと誓わねばならないのです。

あの戦争を戦い、生き延びた中條高徳さんも言っていますが、死んでいった仲間たちに対して「私は、自分の昇進や栄耀栄華のために生きることは絶対にしな い」と誓うことが大事です。亡くなった戦友に祈り、「生き残った自分は彼らに対して恥ずかしくない生き方をしよう」と誓うことが大事です。


◆沖縄戦を戦った方々に顕彰を  

繰り返して言います。沖縄で亡くなった19万の軍人と住民のために必要なのは慰霊ではなく、顕彰です。  

「あなたがたは見事に戦った」と顕彰しなければならないのです。そうしないと、亡くなった方々の心は安まらないと思います。  

今年の7月、私は沖縄に行きました。そのとき、私がマニラでお世話になった屋良朝彦さんという方に会ったときの話です。  

彼は「私の母は戦時中じつは対馬丸に乗る予定でした」と語り始めました。  

屋良さんのお母さんは事情があって対馬丸に乗りませんでした。乗らなかったからお母さんは結婚し、屋良さんが生まれたのです。屋良さんはフィリピンで結婚 した奥さんと一緒に沖縄へ観光旅行に、今回初めて来ました。「私がこうして自由に観光旅行ができるのも、母が生き残ってくれたからです。そして、多くの尊 い犠牲があったから、このように平和な生活をすることができるのだと思います」と屋良さんは言いました。  

屋良さんだけのことではありません。沖縄戦で亡くなっていった人たち、いや大東亜戦争で亡くなっていった人たちのお陰で、私たちは、今このように平和な世に生きている。  

サイパン、硫黄島、フィリピンなどの島々で、そして沖縄や内地で国を守るために戦い亡くなった人たちのお陰で、今日私たちの命があり生活があるのだということに感謝していかねばなりません。  

国を守って戦おうという人たちを讃えないならば、わが国は滅んでいくしかありません。  

国を守ることはナンセンスだと言われ、国のために死んでも、「犬死にだ」と言われたら、いったい誰が国を守る自衛官になろうとしますか。  

国の治安を守ろうとする人たちに、国民が敬意を表さないならば、誰が警察官になりますか。誰が消防士になりますか。そこのところを正さなければいけないのです。 私はある心理学者に「なぜ文部科学省は、大切な道徳や徳育をきちんとおこなおうとしないのか」と聞いたことがありました。彼はこう答えました。

「今の国のリーダーは60代から70代である。この世代の人たちは、戦争の時せいぜい10代かそれ以下の少年だった。そういう少年時代に起こった戦争につ いての体験は被害者体験でしかない。それに対して、80代の人たちは、戦争に主体的に関わった人たちである。『俺たちは力が足りなくて負けた』と他人のせ いにせず、運命を受け入れている人たちである。しかし、その一つ後、二つ後の世代は、『父が死んだ。母も死んだ。なにか訳の分からないうちにみんな死んで しまった』と思っている。沖縄でリーダーシップをとっているのは、こういう被害者体験をもつ世代の人たちである。だから彼らは皇民化教育が悪かったとしか いわない。『国が一丸となることはよくない』と思っているこういう人たちに『道徳教育をしっかりおこなってください』と要求しても、受け入れられるのはま ず無理である」  

これでは、「国を愛するな」、「先人を信ずるな」と教えているようなものではありませんか。お前の先祖は強盗だった、悪人だった、殺人鬼だったと子供に教えていて、その子供に「立派になりなさい」などと誰がいえますか。  

日本の左翼は、今、みんな沖縄に集まっています。左翼は「南京大虐殺」問題で負けました。「従軍慰安婦の強制連行」問題で負けました。あとは、「沖縄問 題」にすがるしかないのです。それで、沖縄問題に革マルや左翼団体が照準を絞っています。左翼にとって沖縄は最後の砦です。だから、大江裁判でも、彼らが 必死で応援しています。この最後の砦を崩されてなるものかと、彼らは結束してやっています。運動家もたくさんいます。それに異を唱える我々の数はまだまだ 少ないのが現状です。そう考えますと、今後のなりゆきがどうなっていくか、楽観はできません。  

しかし、沖縄の「真逆史観」をただし、日本国民に沖縄県民への顕彰の気持ちを思い起こさせることができれば、事態は必ずや変わると信じています。(完) 。
※この記事は、平成20年度自由主義史観研究会全国大会で行われた講演に基づいています。


http://www.jiyuushikan.org/rekishi/rekishi166.html

沖縄と日本を不幸にする「真逆史観」①
- 全国大会記念講演 知られざる沖縄の真実 -


鴨野 守 (ジャーナリスト)
◆はじめに  

きょうは自由主義史観研究会の全国大会にお招きいただきまして、ありがとうございます。  

私は藤岡先生とご一緒に沖縄を訪ね宮平秀幸証言に出合って以後、沖縄には1月に世界日報の取材で行き、2月に文藝春秋の取材で行き、3月に自費で行きました。宮平証言の底の底まで見極めてみたいと願ってのことです。  

ある人の証言を聞くとき、一人で聞くのと複数の人で聞くのとでは、まとめる内容がずいぶん違ってきます。なぜならば、とかく証言を訊く人の価値観で聞いて 「ここが重要だ」というところに関心を向けてしまいがちですから。その場で出てくる証言を、複数の者で聞いてお互いにどう思ったかつきあわせを する、表からも裏からもみてみる、あらゆる角度からみてみることが大事です。その点で、藤岡先生はこの集団自決問題の全体像をよくとらえておいでですし、 証言のポイントの見極めも非常に的確です。私は私でジャーナリストとしての別の視点から、証言者にいろいろな質問を投げかけながら真実の追求をしておりま す。  

ところで、沖縄戦に関する書物は、沖縄を中心に数百冊は出ています。ほとんどが左翼の人たちの書いたものです。沖縄の言論風潮を切り替えていくためには、 こちら側の書物を最低でも数十冊くらいは出していかねばなりません。そうしない限り、沖縄の世論を変えることはできません。  

藤岡先生は、「従軍慰安婦」のデマをひっくり返すのに10年かかった。だから、沖縄戦集団自決のデマをひっくり返すのにも10年はかかるよ、とおっしゃっ ています。これから10年のあいだに、沖縄のために沖縄の世論を変えていこうと真剣に考える人たちがもっと結集しない限り、沖縄の世論は100年たっても 変 わらないだろうと私は思っています。


住民に銃を向ける日本兵(沖縄平和資料館展示)
◆沖縄と日本を不幸にする「真逆史観」  

私は沖縄の人たちの歴史観は完全に真逆(まぎゃく)だと思っています。 沖縄戦では約19万の日本人が亡くなっています。9万人は軍人で、10万人は住民です。集団自決で亡くなった住民、軍の虐殺によって亡くなった住民、スパ イ容疑で亡くなった住民は、(左翼の学者によりますと)約800人くらいだと言われています。集団自決に関していいますと、これは強制されたもので はありません。強制されて、人は死ぬことはできません。  

ところで、19万人から800人を引いた残りの18万9200人の人たちの死の原因は何だったのでしょうか。これらの人たちは、米軍の攻撃を受けて亡くなったのです。  それにもかかわらず、800人の「集団自決」や「虐殺」をさらに歪めて彼らは日本軍の"蛮行"を問題にして書いているわけです。一体、日本の敵は誰だったのか。敵は米軍だったのです。  

たとえば後述する琉球新報は日本軍が悪かったように書いていますけれど、当時の日本人のなかにあったのは「鬼畜米英」でした。日本軍や沖縄県民が戦ったのは、紛れもなく米軍でした。  

琉球新報の記事の一端を紹介します。  
《 自然壕の暗闇のなか、赤ちゃんが一人、二人泣き出した。敵が知るのを心配した日本兵が「黙らせろ」と怒鳴った次の瞬間だった。光がやっと届く暗がりで、斜 め座りし、両手で目をこすり泣いていた小学1、2年生ほどのおかっぱ頭の少女に将校が壕の奥から歩み寄った。無言で拳銃の銃口を少女の左のこめかみに当て た。大きな一発の銃声が壕内に響いた。右のこめかみから煙が上がった。少女は声もなく前方へ崩れ落ち、動かなくなった。壕内は静まりかえった。将校は平然 と暗闇の奥に消えた 》(2008年6月13日付一面)  

でも、おかしくはありませんか。だって「赤ちゃんが泣いているから静かにしなさい」と言ったら「問答無用」でドンとピストルで撃ったという。しかし、そん な大きな音を立てたら米軍に気づかれてしまうではないですか。こういうおかしな記事を平気で書いています。住民が怯えたのは米軍ではなくて日本 軍だった、怖かったのはひたすら日本軍だった、こういう記事が書かれているのです。  

琉球新報は、20万の沖縄の家庭で読まれています。一方、沖縄タイムスの購読家庭も20万あります。130万県民のうちの40万家庭で琉球新報と沖縄タイ ムスが読まれています。重複してとっている家庭が10万あるとしても、30万の家庭で読まれていることになります。一家庭に三人いるとして90万 人の県民が、こういう論調の記事を毎日読んでいるのです。赤ちゃんや寝たきりの老人は新聞を読めないでしょう。つまり、沖縄県民はこの二つの新聞を毎日、 教科書のようにして読んでいるのです。  

戦後60年間こういう記事ばかりを読まされてきたら、洗脳されないほうがおかしい。これと反対の記事を新聞・雑誌が1、2回書いたところで、沖縄の世論は全く変わりません。  

そもそも、当時の日本人の考え方は、特攻隊員への敬意に象徴されるように、自分の命以上のものを守るための死は尊いという考え方でした。日本人が守ろうと したものは何か。それは国家であり、自分の故郷であり、自分の家族でした。それらを守るために、自分の命を捧げたのです。そして、卑怯な人間で あること、どこかへ逃げたといわれることを死よりも恥じていたのです。

ところが、今の左翼の人たちは「命よりも尊いものはない」といっています。つまり、死を避けることができるならば、捕虜になってもいい、奴隷になってもい い、とにかく命がなければ何事も始まらないというわけです。これは、戦後の左翼の人たちが主張している生命観でもあります。そういう人からみれ ば、戦争で死ぬことは無駄死にでしかありません。  

私からみますと、こういう命に対する考え方は、当時と今では全く逆さまです。  


◆善人と悪人の倒錯  

宮平秀幸さんや宮城初枝さんが証言しているように、梅澤隊長や赤松隊長は住民を守るため、住民には「死ぬな。生き延びろ」といっています。また、怪我をした住民たちを助けて治療もしています。  

軍の命令について少し述べましょう。  

赤松隊長は部下に命じて大事な兵器であるマルレ(特攻艇)を沈めています。赤松隊長の命令に抵抗した兵士も確かにいました。マルレを操縦する訓練を受けて きた兵士たち、爆薬を積んでアメリカの艦船にぶつかって命を捨てる覚悟でやってきた兵士たちにとって、マルレを沈めよと言われることに納得でき なかったのです。しかし、隊長命令は絶対でしたから、兵士たちはそれに従いマルレを自沈させたのです。  

もし赤松隊長や梅澤隊長が、住民を「殺せ」と命令していたとしたら、そこにいる部下はその命令を実行しなければいけません。でも、部下は実行していませ ん。理由は簡単。隊長命令がなかったからです。部下たちが実行したことは何か。怪我をした住民たちを治療してやることでした。  

その梅澤さんや赤松さんに対して、大江健三郎は「殺人鬼だ。罪の巨塊だ。アイヒマンのようだ。公開処刑をせよ」と書いています。大江やその同調者たちが言 うすべてのことは、梅澤さんや赤松さんが言っていることと180度違います。善人と悪人が逆になっているのです。  

もう一つの例を挙げます。かつて太田昌秀という沖縄県知事がいました。彼がやった功績の一つに、摩文仁の丘の「平和の礎(いしじ)」の建立があります。そ こには、日本軍、米軍、韓国の戦死者たち全部の名前が刻まれた碑があります。実はあの「平和の礎」は、上原正稔さんという方が建立しようと考えて 村長に陳情したのが、そもそもの始まりでした。上原さんたちが太田知事のところに行き、「県も協力してください」と言いましたら、太田知事は「それは俺も 考えていたから、お前たちは止めろ。せいぜい蝋人形でもつくれ」といって、上原さんのプランを横取りしたのです。  

上原さんたちは、遺族の浄財を集めて建立しようとしていました。ところが太田知事は、全部税金で賄いました。太田昌秀氏は、沖縄を駄目にした筆頭です。ところが、彼は沖縄では今でも英雄です。これも、善人と悪人が真逆になっている一例です。


◆「戦陣訓」と敵兵の民間人虐殺   


戦陣訓に「生きて虜囚の辱めを受けず」とあります。こういう皇民化教育があったから、住民が捕虜にならないで自決したのだと左翼の人たちは言います。しか し、戦陣訓の言葉があったからといって、人はその言葉通りに行動するものではありません。その言葉には、それを生んだ背景があり、実態がありま した。  

日清戦争でシナ軍の捕虜になった日本兵は、指を切り取られ、目をくりぬかれ、内臓を引っ張り出され、男の急所を切り取られました。そうしてもがき苦しんで 死んでいった日本兵がいて出てきた言葉です。それほどに痛ましく無残な死を迎えるよりは、「生きて虜囚の辱めを受けず」ということなのです。  

当時の国民のあいだで「鬼畜米英」という言葉が使われていましたが、これにも理由がありました。サイパン島で多くの日本の民間人がバンザイクリフから飛び 降り自殺をしましたが、民間人たちは考えなしに飛び降りたのではありません。その前に、こういう事実があったのです。  

すなわち米軍は日系人を通して、「投降しなさい。捕虜になれば、安全です。食糧もあげます」と宣伝しました。それを信じて出ていった日本の民間人のうちの 老人や子供を、アメリカ兵は火のなかに放り投げ、赤ちゃんを股裂きにして投げ捨てました。多数の女性たちは素っ裸にされトラックに積み込まれ、どこかへ連 れて行かれました。  

そういう米兵の姿を山陰などから見ていたサイパン島の住民は、投降できないこと、捕虜になれないことが分かったので、彼らはバンザイクリフから飛び降りたのです。  

サイパン島にいた人たちの多くは沖縄出身の人たちでした。サイパン島で生き残った人たちからそれを伝え聞いた沖縄住民は「投降できない」と思ったのです。米兵たちは紛れもなく鬼畜でした。


◆日本軍は沖縄県民を守っていた  


沖縄戦に先立つ硫黄島での戦いでは、日本軍は従来の水際で敵を迎え撃つ作戦をとらず、敵を島のなかに誘い込んで洞窟や物陰から攻撃するゲリラ戦法をとり、 米軍に多大な損害を与えました。沖縄の日本軍も硫黄島の流儀で戦おうとしましたが、しかし、硫黄島の戦いのようにはいきませんでした。硫黄島には住民はい なかったけれども、沖縄にはたくさんの住民がいたからです。  

昭和19年に本土から10万の日本軍が入ってきたとき、「これで絶対に勝てる」と、沖縄の人たちは大喜びしました。ですから、沖縄がやがて厳しい戦場にな ることを予想していた政府や軍部が沖縄住民に九州や台湾に疎開するよう求めても、住民たちは「嫌だ」と拒みました。それを一生懸命に説得して、やっと 住民たちは疎開したのです。  

この疎開には3種類ありました。  

一つ目は島外疎開、つまり台湾や九州への疎開です。約8万の県民が島外へ疎開しました。行政が軍に頼み、住民は軍艦に乗って疎開しました。  

二つ目は島内疎開、つまり沖縄本島北部への疎開で、数万人が島内疎開をしました。  

三つ目は離島住民の疎開。昭和19年の末に南西諸島守備要項がつくられました。  

渡嘉敷とか座間味とか石垣島とかいった離島にいる人たちをどうするかという問題への対処を決めたものです。日本軍がいない島に関しては、安全なところに避 難しなさいと要項は指示しています。しかし、渡嘉敷島や座間味島には日本軍がおりマルレ(特攻艇)の基地があるような島、軍事機密を外部に知ら れてはいけない島については、その島のなかの安全なところへ避難しなさい、壕 を掘って隠れなさいと指示しています。  

つまり、沖縄本島はいうまでもなく、離島においても、行政と軍は住民保護を徹底してやっているのです。  

この住民保護に関連する当時の文書資料は、米軍が全部押収してしまっており、原文は未だに見つかりません。しかし、それを翻訳したものは国会図書館にあります。そこには、住民に「自決しろ」と命じた資料は全くありません。  

このように、国家の意思、沖縄県の意思、32軍の意思は住民保護、それしかありませんでした。左翼は軍と住民の「共生共死」が国家の意思であったといって いますが、それは違います。実際に自決をしたのは慶良間諸島の数百人の住民が主であり、沖縄本島の人々はほとんど自決していません。切羽詰 まって、何人かが自決をしたケースはありましたが、数十万という住民は全部米軍の捕虜になっているのです。皇民化教育があったために命を軽々しく投げ出し ていったということはありませんでした。捕虜になった者の数のほうが圧倒的に多いのです。左翼の人たちは、それに触れようとしません。  

昭和20年3月末、米軍は飛行機で慶良間諸島の上空からガソリンを撒き、それから爆弾を落とし、山火事を起こさせ野山や住宅を燃やしたのち、艦砲射撃を加 えました。直径20センチもある砲弾がバンバン飛んでくる。住民は、肉体的にも精神的にも想像を絶する限界状況のなかで、「もう生きていけない。米軍に陵 辱され、手足を切られ、局部を切られて死んでいくよりは、自ら死ぬほうがましだ」と思いました。より良い死、尊厳死を求めたのです。  

座間味島の住民たちは「日本軍は米軍と戦って玉砕するだろう」と思いました。そして、「後に残される我々は、日本人としての名誉や誇りを失う恥ずかしい死 よりは、良い死を選びたい。でも、ただ一人で死ぬのは嫌だ。全員が一緒に死ぬのならば、何の心残りもない」という心境になっていました。  

村の指導者である村長や助役たちは、村人の願いだから何とかそれを実現したいと思いました。指導者たちの最後の仕事は、集団自決の実行だったのです。です から、座間味島の助役が梅澤隊長のところに行き最初に言った言葉は「ダイナマイトを下さい。爆薬を下さい」でした。住民を集めて、その真ん中で ダイナマイトを爆発させれば、あっという間にみんな死ねますから。しかし、梅澤隊長は「駄目だ」といいました。  

助役がした第2のリクエストは、「小銃を下さい」でした。この要望に対しても梅澤隊長は「駄目だ」といいました。第3のリクエストの手榴弾も、4番目のリクエストの「猫いらず」も、梅澤隊長は断りました。


◆沖縄戦の教訓とは  

左翼の人たちは「日本軍は沖縄を守らなかった。それが沖縄戦から得られる教訓である」と言っていますが、それは違います。軍人は文字通り命を懸けて沖縄と日本を守ったのです。  それが政府の意思であり、軍の意思でもありました。ですから、軍部は戦艦大和を沖縄に向かわせましたし、特攻機を沖縄に出撃させたのです。現場の指揮官たちも、徹頭徹尾沖縄の住民を守ろうとしたのです。  

これが沖縄戦の真実です。  

梅澤さんは「私は裁判に負けたが、やましいことは一つもない。私は自決命令など出していないから、何の後ろめたさもない」といっています。梅澤さんは「真実は自分にある」ことを知っています。  

私がこの問題で藤岡先生と一緒に戦っていきたいと思っているのは、「そこに真実がある」からです。沖縄戦で死んでいった兵士たちも、生き残った人たちも、日本を守ろうとしました。日本軍は沖縄県民に危害を加えようとは少しも思っていません。  
それにもかかわらず、左翼の人たちは「日本軍は住民を虐殺した」とか「スパイ容疑をかけて住民を虐殺した」とか「真逆」の報道をしています。このように、沖縄の報道や主張はまったく「天動説」なのです。  

長い戦いになるでしょうが、私たちはこの「天動説」を変えていかなければなりません。
※この記事は、平成20年度自由主義史観研究会全国大会で行われた講演に基づいています。

なぜ憲法に「非常時のルール」が必要なのか


http://www.seisaku-center.net/node/598
なぜ憲法に「非常時のルール」が必要なのか
投稿者:operatorC 投稿日時:2011/06/01(水) 00:00
憲法改正
なぜ憲法に「非常時のルール」が必要なのか
ドイツの政治学者はこう断じた。「緊急事態に対処できない国家は、遅かれ早かれ、崩壊を余儀なくされる」と。このような国家的悲劇を避けるためにも、憲法の大きな欠陥を正さなければならない。

 
◆露呈した憲法の欠陥
 東日本大震災後、秩序整然と行動した日本人のモラルの高さが海外から賞賛される一方、菅政権の指導力の欠如が浮き彫りとなった。米紙ニューヨークタイム ズは「日本のリーダーシップの欠陥が危機感を深める」と題する記事を掲げ、福島原発事故への菅政権の対応を批判した。現下の日本が直面しているのは、地 震、津波、原発事故に「拙劣な政治指導の四つが重なった複合災害」と手厳しく難じた日本の論者もいる。
 むろん、いずれの指摘も正しいが、大震災で露呈したのは、決して首相個人の資質の問題だけではない。それと同時に改めて浮き彫りになったのが法制 度の欠陥だと言える。それは他でもない、わが国の現行憲法には、今回のような非常事態に対処するための規定が欠けていることだ。
 世界の大多数の国は、大自然災害や武力侵攻などの国家的危機に際しては、非常事態宣言を布告し、一時的に全権限を政府に集中させ、事態の収拾に全力で当たる。そのために、憲法は「平時のルール」とは別に「非常時のルール」を定めている。
 ところが日本には、「平時」から「非常時」へ切り換えるための仕組みが国の根幹たる憲法にない。わが国が法治国家である以上、これは一内閣の指導力の問題とは比べようもないほど致命的な欠陥とも言える。
 今年の憲法記念日の社説(読売は翌日)では、各紙ともこの問題に触れている。産経と読売は、憲法に非常事態規定がないことを問題視し、同規定の新 設を「喫緊の課題」(産経)、「根本的な課題」(読売)と訴えた。一方、朝日と毎日は、「その前に現行法制と運用について議論する必要がある」(毎日)、 「現行法の枠内でも可能なことは少なからずある」(朝日)と、問題から目をそらしている。とりわけ朝日は、改憲への警戒心も露わにこう述べた。
 「大規模災害時に政府の権限を拡大し、国民の人権を制限する。当然、日本有事への即応に役立てることも念頭にある。/しかしそれは、同時多発テロ 事件後の米国に見られたように権力へのチェック機能が失われる危険をはらむ。民主主義体制そのものを浸食しかねない。/現行法の枠内でも可能なことは少な からずあるはずだ。そのうえで今の憲法や法体系にどんな限界があるのか、しっかり見きわめる。非常時だからこそ、冷静な姿勢が肝要である」
 むろん、朝日の主張は、護憲の殻に閉じこもるための詭弁に過ぎない。ただ、その護憲マスコミでさえ、憲法への非常事態規定を求める動きを頭ごなしに否定できなくなっていることは注目すべきである。東日本大震災の衝撃と多大な犠牲がもたらした副産物と言ってもよかろう。
 そこで、大震災後の現実も踏まえ、なぜ憲法に「非常時のルール」を定めることが必要なのかを論じたい。
 
◆「最悪の事態」に備える政府の務め
 「非常時のルール」が必要な最大の理由は、起こりうる最悪の事態を想定し、国の存立と国民を守るのが政府の最大の務めだからである。実際、今回の原発事 故について朝日は「最悪に備えて国民を守れ」という社説を書き、「最悪を想定して住民の安全を確保することが政府の務めである」と訴えた。「最悪に備え よ」と言いつつ、先のように政府の行動を「現行法の枠内」に縛り付けようとする朝日の主張には矛盾がある。
 特に日本のような民主主義国家においては、「平時のルール」を以てしては、戦争などの非常事態への対処はきわめて困難だ。西修氏も言うように、民 主主義的立憲国家の統治制度は、本質的に正常で平和な状況のもとで機能するように設計されており、非常事態のような急迫した状況には不十分だからである。
 だからこそ、民主主義国を含む大多数の国家は、「非常時のルール」を憲法で定めている。いわゆる国家緊急権と言われるものだ。あらかじめ非常事態 を想定し、その場合に政府や議会のとり得る「例外的な権限」や、一時的な人権の制限などを憲法に明記しているわけだ。これは国際社会の常識と言ってよい。 西氏によれば、一九九〇年以降に制定された九三カ国の憲法のうち、非常事態条項のないものは皆無であるという。
 主要国の中で、憲法で最も詳細に定めているのはドイツである。憲法(ドイツ基本法)は、緊急事態を「内的緊急事態」と「外的緊急事態」に二分類。 内的緊急事態とは、大規模テロなど国家の「自由で民主的な基本秩序」に対する危害や重大な自然災害などの事態をさす。一方、外的緊急事態とは、「防衛事 態」、その前段階としての「緊迫事態」、「同盟事態」などの類型に分かれている。
 詳しく触れる余裕はないが、それぞれの類型の要件や基本的人権の一時的制約などの措置も憲法で厳格に定めている。その特徴は、緊急命令の濫用を許さぬよう、立法や司法によるコントロールを確保しつつ、首相に権限を集中させる仕組みとなっていることとされる。
 朝日は非常事態規定を、「民主主義体制そのものを浸食しかねない」と言うが、全く逆なのだ。むしろ非常時にも「法の支配」を維持するために、「非 常時のルール」を定めているわけだ。ドイツの著名な憲法学者、コンラート・ヘッセは記している。「憲法は、平常時においてだけでなく、緊急事態および危機 的状況においても真価を発揮すべきものである。憲法がそうした状況を克復するための何らの配慮もしていなければ、責任ある機関には、決定的瞬間において、 憲法を無視する以外にとりうる手段は残っていないのである」と。
 一方、成文憲法のないイギリスはもちろん、アメリカの憲法にも国家緊急権の明示的な規定はない。だが両国では、英米法特有のマーシャル・ロー(戒厳)の法理などに基づき、政府や大統領に緊急事態対処のための絶大な権限を認めている。
 ちなみに、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(B規約)も、非常時には一時的な権利の制限を容認している。つまり、国家的危機に際しては、何より国の生存を確保するために最善を尽くすことが国際条約でも合意されているわけである。
 
◆「平時の憲法」の限界
 次に指摘したいのは、最高法規である憲法に「非常時のルール」がないことが、わが国の危機管理に関する法制度や政治指導者の行動を大きく制約していることである。
 例えば平成十五、六年に制定された武力事態対処の有事関連法制である。有事法制は構造上、日本防衛が達成されることが前提になっており、仮に防衛 に失敗した場合や閣議中にミサイル攻撃を受け、関係者が全員死亡した場合について「法案は何も語っていない」(潮匡人氏)。ちなみに米国ではそうした場 合、潜行中の原潜が報復措置を講じられる法体系となっていると言う。また有事法制では、国民への要請や運搬等の事業者に対する要請の際に国家が「義務を課 すことができなかった」(前原誠司氏)。これらの欠陥は結局、非常事態を想定していない「平時の憲法」のツケと言ってよい。
 こうした憲法の弊害は、今回の大震災への政府の対応にもうかがえる。例えば災害対策基本法に基づく「災害緊急事態」を布告しなかったことだ。同法 一〇五条は、「災害が国の経済および公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ甚大なものである場合」、首相が災害緊急事態を布告できると定めている。 これによって政府は、生活必需物資の配給、金銭債務の支払い延期などの措置を政令で実施できることになる。
 この規定を以て、憲法の非常事態規定は不要とする論者もいるが、首相自ら「国難」と称したほどの大災害でも「抜かずの宝刀」では意味がない。中西 寛氏は、「(憲法に)緊急時の対応は内閣の役割と定めておかないと、内閣が緊急事態に対応する法律上の権限行使を躊躇してしまう懸念がある」と言うが、ま さにその通りのことが起きたとも言える。
 ちなみに、このことは国会で追及されたが、答弁した内閣府参事官は、一〇五条が「国会閉会中」の規定であることに触れた上で、「国民の権利義務を 大きく規制する非常に強い措置であることにかんがみても、布告しないことが適切な判断だ」と述べた。今回ほどの国難に際しても、平時並みの「国民の権利」 を優先すべきと言うわけだ。非常事態を想定しない憲法の弊害はかくも大きい。
 とはいえ、「災害緊急事態」は物流確保・物価安定のためのいわば「経済戒厳令」であり、これで全ての問題が解決できるわけではない。そもそも平和 時の地方自治体の活動を前提とする災対法では、今回のような広域で甚大な原発事故には不十分とも言える。現に周辺住民を輸送する必要が生じたが、敬遠する バス事業者に「お願い」しかできなかった。「原子炉冷却に必要な人材や機材を、既成の法律にとらわれずに緊急輸送する措置が取られていれば、ここまで事態 は悪化しなかったのではないか」(読売)との指摘もある。
 朝日は、「今の憲法や法体系にどんな限界があるのか、しっかり見きわめる」などと、空とぼけているが、「限界」は余りにも明白である。
 
◆憲法が「想定外」の土壌となっている
 非常事態を想定しない憲法は、国民心理にも悪影響を及ぼしてきたと言える。それはすなわち、「起こりうる最悪の事態」から目をそむけ、すべてに「想定が甘すぎる」という「精神の病」(中西輝政氏)である。
 例えば今回の大震災や原発事故への対応をめぐり、政府首脳や東電関係者は「想定外」という言葉を決まり文句のように繰り返した。確かに、この大地 震は貞観年間以来の「千年に一度」の巨大地震とされ、津波は最大遡上高四十メートル近くにも達した途方もないものだった。その意味で、今回の地震や津波の 規模が想定し難かったことは理解できる。
 しかし、土木学会など三学会が震災直後、「われわれが想定外という言葉を使うとき、専門家としての言い訳や弁解であってはならない」と苦言を呈したように、原発の安全に責任を有する当事者が「想定外」という言葉を責任逃れの口実として使うことは断じて許されない。
 とりわけ原発の安全性については阪神大震災以降、多くの懸念が指摘されてきた。例えば、核化学の専門家の高木仁三郎氏による「核施設と非常事態」 と題する論稿である。阪神大震災を踏まえた防災対策の見直しが行われていた時期、原発関係者の間に、大災害を教訓に、原発が被災した場合の対策や老朽化原 発対策などを見直す姿勢がなかったことを憂え、警鐘を鳴らしたものである。
 論文は、「地震とともに津波に襲われたとき」にも言及するなど、今回福島で起きた「想定外」の事故のすべてを十分起こり得るものとして、その科学的根拠を示し「新しい設計概念や安全評価」を求めている。
しかし政府も東電も、この種の警告を否定し続けた。それはなぜか。さまざまな背景があろうが、要するに「原発は壊れない」という「建て前」に関係者が固執したためだと言える。そこには、「起こりうる最悪の事態」から目を背けるという戦後日本人に特有の心性がうかがえる。
 この「最悪の事態」から目を背けようとする心性は、「最悪の事態」を想定外としてきた憲法に起因するように思われてならない。国の最高法規である 憲法は、国民の価値観を規定づけるものでもあるからだ。日本の憲法は、非常事態を想定していないばかりか、前文や第九条などで、「平和を愛する諸国民の公 正と信義に信頼して……」などと、現実遊離の空想的世界像を想定している。
 かかる憲法の構えや世界像、それに基づく政治家や官僚、教師や言論人らの発言や行動が、「最悪の事態」から目をそむけ、いざ「最悪の事態」が起こると、「想定外」に逃げ込むような、卑怯な心性を培う土壌となったと言えるのではなかろうか。
 
◆護憲学者に潜む国家否定の考え
 さらに触れておきたいのは、憲法に「非常時のルール」を設けることに反対している人々の真意だ。特に国家緊急権を否定する憲法学者らの見解には、国の存続や国民の生命に無頓着と思われるものが目に付く。
 例えば山内敏弘氏は、「国家それ自体に内在する権限などというものは存在していない」との考え方に立って、言い放つ。「国民が生命の危機にさらさ れるというのであれば、国民は各人の正当防衛権なり緊急避難権を行使してみずからの生命と安全を守ればよいし、またそうする権利をもっている」と(「法学 セミナー」二八五号)。つまり、仮に敵軍が攻めてきたら、個人が徒党を組んで立ち向かい、生命と安全を守ればよいと言うわけだ。非現実的と言うよりは、何 とも無責任である。むろん、今回の大地震のような大自然災害には全く通用しない理屈である。
 岩間昭道氏はもっと露骨に、「国民の人権を保障することこそが国家の最も重要な任務であり、それ故にまた、個人の人権を保障するためには究極的に は国家の消滅も肯定され」、「実定法の枠内で対処し難い事態が発生した場合には、事態対処の任務は法理上は国家権力以外(社会的集団、最終的には個人)に 帰属する」と言う(『現代国家と憲法の原理』)。要するに、人権を侵害するような国家は不要であり、国家がなくても人権を守ることができると言っているの である。
 正体見たりと言うべきか、国家緊急権を否定する学者らは、「人権」を口にはするが、国民の生命と安全を本気で守ろうと考えているわけではなく、国 家否定の意図さえ有しているわけだ。しかし、国家が消滅すれば、彼らの妄想とは裏腹に、人権は守り得ない。今の世界の現実において、人権を究極的に保障す るのは、国家以外にはあり得ないからだ。
 今回の大震災では、政府はまがりなりにも機能し得たが、しかし三十年以内に七十%の確率で起こることが予測される首都直下型地震では、政治の中枢が破壊されてしまうことも十分考えられる。むろん、そうした事態は地震だけではなく、軍事攻撃などによっても起こり得よう。
 仮に現状のまま、そうした事態を迎えればどうなるか。確実に日本の国家機能は脳死状態となり、最悪の場合、日本はどこかの国の属国になりかねな い。例えばアメリカでは、大統領の職務継承順位が法律で十八番目まで決まっており、全員が一箇所に集まってはいけないということまで決まっているが、日本 には首相の職務継承の明確な規定はない(組閣時に臨時代理を五位まで指名)。ドイツ生まれの政治学者、カール・フリードリヒは断じている。「緊急事態に対 処できない国家は、遅かれ早かれ、崩壊を余儀なくされる」と。
 このような国家的悲劇を避けるためにも、憲法の大きな欠陥を正さなければならない。それこそは、この大震災で命を失った二万余の同胞の御霊に報いる道であると信ずる。(日本政策研究センター研究部長 小坂実)
 
〈『明日への選択』平成23年6月号〉


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