「自衛官の命」を心配する左派政治家たちよ、自衛官の胸に勲章がない不名誉をご存じか?



2016.11.3 13:00更新
【野口裕之の軍事情勢】
「自衛官の命」を心配する左派政治家たちよ、自衛官の胸に勲章がない不名誉をご存じか?

http://www.sankei.com/premium/news/161031/prm1610310003-n1.html


 東日本大震災(2011年)以降も、熊本地震や台風被害、鳥取地震…と、天災が続く。大きな天災の度に人命救助や復旧・給水活動を展開する自衛官の目覚ましい活躍に、多くの国民が「瞠目(どうもく)」する。でも、小欄は「瞠目」などしない。自衛官の日常、使命感、覚悟、練度…に日頃から接しており、驚いては礼を欠く。
 現に東日本大震災では、大型ヘリコプターを原子炉上空にホバリングさせ、ホウ酸を詰めた容器をゆっくりと降ろし→散布→中性子を吸収し→再臨界を食い止める《鶴市作戦》も準備された。《鶴市》は治水に当たり、鶴・市太郎母子が人柱となり、人々を水害より救ったとする大分県内の神社に伝わる故事にちなむ。幼き日、遠足で神社を訪れた大震災当時の陸上幕僚長、火箱芳文・退役陸将が作戦会議で話し、命名に至る。
 しかし、最悪の場合は自衛官が被曝覚悟で降下する決死の任務から生還できても、勲章はない。武人に対するかくも不名誉・無礼な振る舞いが、自衛隊の前身・警察予備隊創隊(昭和25=1950年)以来続いてきた。国家・国民が恥じ、断固正さなくてはならない「国家的怠慢」である。
 もっとも、鍛えているとはいえ自衛官も生身の人間だ。東日本大震災では、洗浄を伴う数千体の遺体の収容や搬送を担った。担架が不足し、子供の亡きがらは抱きかかえて運んだ。同じ年頃の子を持つ自衛官には、これがこたえた。「引きずる」のだ。
 だから、自衛隊では専門家を前線部隊に巡回派遣し、いかにすれば「引きずらぬ」か指導を繰り返した。指導は末端に間接的ながら伝えられ夜間、5~10人が車座になり、一日の辛い経験を吐き出す。ある者は泣いた。
 無残に傷んだ骸(むくろ)が目に、頭に焼き付き、遺族だけでなく自衛官もまた泣きたいのに、日中は黙々と任務を果たす。自ら被災し、家族の死傷や行方不明も多く、遺体収容所に搬送・安置し、合掌し、再び現場にとって返す時、遺体収容所に留まり親・兄弟や愛する人を探したい衝動を「その都度抑えた」。
 小欄は自衛官の活躍に「瞠目」などしないと先述したが、自衛官の「まぶしさ」は、こちらの眼を潤ませる。自衛隊最高指揮官の安倍晋三首相も10月に陸上自衛隊朝霞駐屯地(東京都練馬区など)で行われた自衛隊観閲式における訓示の中で、被災者にとって「まさに希望と光であった」と称えた。

防大生は「現代青年の恥辱」と侮辱した大江某
 半面、被災者が地元で、被災していない国民がテレビを通して見る自衛官に比べ、国民の視野や想像のはるか外側にいる自衛官は圧倒的に多い。日本より1万1千キロも離れた灼熱の南スーダンで、国連施設整備などを担うPKO(国連平和維持活動)に大汗を流す自衛官。北朝鮮ミサイルの脅威に備え数カ月も家族と別れ、イージス艦上で日本海の荒波に耐える自衛官。被弾→墜落の恐怖を克服し、中国空軍戦闘機の領空侵犯を警戒しスクランブル(緊急発進)する自衛官…
 国土防衛や平和秩序構築こそ“本業”なのに、国民に「まぶしさ」は届かない。この際、国家・国民に問いたい。過去、無数に放たれたであろう、自衛官が発してきた「まぶしさ」を受け止める努力をしてきたのか、と。むしろ「まぶしさ」はサヨクや左に傾いたメディアによって、さえぎられるか、故意に屈折させられ伝えられたのではなかったか。
 安全保障関連法案をめぐる国会審議は、国家主権や国民の守護など国益に必要か否かではなく、「戦争法のレッテル貼り作業」や「自衛官のリスク度問題」が先行した。南スーダンでPKOに従事する自衛官に「自己防護」ではなく「任務遂行」に向けた武器使用を許可し、国連やNGO(非政府組織)の職員に危害を加える暴徒・武装勢力を排除する新任務《駆け付け警護》付与に関する国会審議でも「自衛官のリスク」が論じられている。
 「自衛官のリスク」を懸念する?のは、国防の重要性を認識し、防衛予算向上に尽力する保守系政治家ではない。激烈な敵火力と対峙する自衛官に、警察官と同じ武器使用基準を強要するサヨクほど「自衛官のリスク」を叫ぶ。大きなお世話だ。安全保障上の諸施策を世界常識に近づける動きを阻止すべく、自衛官の命を「盾」にする破廉恥はミエミエ。いっそノーベル賞作家・大江某のごとく、防衛大学校生は「現代青年の恥辱」と表現してくれれば「前時代の輩」で片付くが、今のサヨクは「中庸」「リベラル」を装うので始末が悪い。
 自衛官の命を気遣うフリをする勢力は、集団的自衛権の限定的行使を可能にした政府に「憲法改正が筋」と説教を垂れる勢力とも重なる。本心では自衛官の命などどうでもよく、改憲を嫌がる反動分子なのだ。
イラク派遣前「遺言」を書いた自衛官
 自衛隊員は入隊時に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」との《服務の宣誓》を、法で義務付けられてもいる。サヨクのおためごかしなど無くとも、自衛官は命令とあらば、国防や危険地帯で任務を完遂する覚悟をとっくに決めている。
 旧知のI一等陸佐(当時)は2005年のイラク派遣を前に《遺言》を書く。《遺書》ではない。I氏の妻に言わせると、遺書とは確実な死が前提だという。《君たちが読む頃、私はこの世にはいない》の書き出しは、こんなふうに続く。
 《自閉症の長男は一人だけでは生きられないと思うので、周りの人たちと仲良く生きていくように。長女には国の役に立てる仕事を選ぶように…》 
 I氏は今も元気だが、一般的に軍隊・軍人は厳しい訓練や過酷な出動を重ねることで、戦争がなくとも平時での殉職者が多い。自衛隊観閲式前日、今年も防衛省内の慰霊碑地区(メモリアルゾーン)で、安倍首相も参列して自衛隊殉職隊員追悼式が挙行された。追悼式では、新たに31柱の名簿を慰霊碑に奉納。これで、前身の警察予備隊創設の昭和25(1950)年以降、1909人が公務中に命を落とされた。
 ところが、「自衛官のリスク」を心配したはずの国会議員の内、追悼式の出席者はたった1人だ。衆参両院事務局によると、今国会の予算委員会で「自衛官のリスク」について民進、共産、社民各党所属の8議員がただしたが、出席したのは民進党参院議員だけ。式に参列した現職国会議員13人の内、野党議員はこの民進党参院議員を除き皆無だった。
 殉職されて尚、サヨクの心ない言動に、自衛隊員は名誉を傷付けられている。
 名誉を傷つけて平然としておるのだから(傷つけている意識すらない?)、「武人の名誉」の何たるかも知らない。従って、現役自衛官を叙勲しない「国家的怠慢」を放置して恥じぬのだ。
 通常、自衛官は退官し数年~十数年が過ぎて初めて勲章が贈られる。しかも、制服組最高位・統合幕僚長や陸海空自衛隊トップ・各幕僚長は中央省庁の事務次官程度。東日本大震災で自衛隊を直接指揮した東北方面総監は局長級、陸将補(少将)は課長級という格の低さである。下士官・士(兵)に至っては退官後ですら叙勲されない。
 勲章は礼装(メスジャケット)に飾り、日常着用する軍服には勲章の略章を着ける。しかし、防衛省が定める《防衛功労章》は国家が下賜する勲章ではなく、防衛省が独自に制定した“メダル”でしかない。もう一つの《防衛記念章》の方は防衛功労章なる“メダル”に対する事実上の略章との位置付け。42種類も定めている割に、自衛隊内で「グリコのおまけ」と揶揄されるのは、こうした“重み”故だ。
 防衛駐在官=武官ら多くの自衛官が、外国や在日大使館における公式パーティーへの出席をいとう理由は、礼装に着ける勲章がないためでもある。時折、勲章を着けている自衛官を見かける。実は海外勤務・任務などの際、現地政府が授与した勲章だ。祖国が授与せぬ勲章を、外国が授与するとは奇っ怪至極ではないか。
 まともな国で、武人は武勲・功績に応じ、祖国が勲章を贈る。英国では軍人に《ナイト爵》の一つに数えられる《功績勲章》を1902年のエドワード7世の、《大英勲章》を17年のジョージ5世の、それぞれの時代に設けている。時の君主が受章者の肩に剣で触れる儀式は今も続く。フランスには《レジオン・ドヌール〈名誉ある軍団〉勲章》《国家功労勲章》▽スペインには国王と政府が授ける陸海空軍別《功労勲章》▽イタリアにも《イタリア共和国功績勲章》などが制定されている。米国に至っては、民間人用の《大統領自由記章》以外は、ほぼ軍人向け勲章という徹底ぶりだ。
 自衛官にまつわる叙勲問題を執筆していると、米中枢同時テロ(2001年)後、海外派兵した英軍将兵の「帰国」を報じたBBC放送の映像を必ずと言ってよいほど思い出す。単調でいながら、崇高で厳かであった。
 《空軍機を出た国旗にくるまれた棺が、担いだ6人の兵士を媒介として祖国の土を踏む。棺を迎え入れた柩車は数百メートル離れた遺族・友人らの前を超低速で進み、やがて基地の彼方へと消えていく。その間、画面隅には軍服姿の遺影と軍歴が映し出され、アナウンサーも低く、ゆっくりとした声で故人の生涯をたどる》
 数十人分が数時間にわたり放映された。『名誉の戦死』であり、叙勲は疑いもないが、彼らは生前も武勲に応じて叙勲の栄に浴している。 
「必罰」あって「信賞」なし
 小欄が2007年に参列した自衛官4人の葬送式も厳かであった。が、叙勲の時機はまったく異なる。
 4人を乗せた大型ヘリは、視界200メートルで海上濃霧警報が発令される中、緊急患者空輸任務で離島に向かう途中に墜落した。機長は定年間近、整備員は妻と入籍してわずか1年だった。式次第に載った遺影は所属部隊が徹夜で「作った」。4人の2階級特進で、肩(階級)章を変える必要性が生じただけではない。せめて「顕著な功績」に贈られた“メダル”の《第1級防衛功労賞》と《防衛記念章》で胸を飾りたいとの強烈な思いがあった。ただ、CG(コンピューター・グラフィックス)の力をもってしても、勲章までは着けられなかった。
 4人に正五位・旭日小綬章や従五位・旭日双光章/旭日単光章が贈られたのは葬送式後だった。 
 日本では国家・国益のために貢献したとも思えない政治家や首長、官僚が恥ずることなく受章している。組織には「信賞」がある一方で「必罰」がある。国家の統治も同じで、法による「罰則」の一方で、栄典制度による「顕彰」があり成り立つ。現職自衛官には「必罰」だけで「信賞」が存在しない。武人が威張る国家は滅びる。だが、武人の名誉を称えぬ国家もまた、滅亡を免れない。
 安倍首相は自衛隊観閲式で「危険の伴う自衛隊にしかできない責務を立派に果たしてくれている諸君に心から敬意を表す」と訓示したが、「敬意」を形にしてほしいと、切に願う。
 後にフランス皇帝となるナポレオン・ボナパルト(1769~1821年)も、クーデターで実権を握った共和国第一統領(執政)時代に断言している。
 「古来、勲章なくしてやっていけた国家など存在せぬ!」

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