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河村・名古屋市長:南京事件否定発言 発言修正「被害者30万人、なかった」

外務省ホームページを見ると下記の会見内容が出ている。
これを見て、横井裕外務報道官を罷免すべきと考える人がいるのも無理の無い事と考える。

報道官会見記録(要旨)(平成24年2月)


報道官会見記録(2月24日付)(テキスト版(要旨))
■ 河村・名古屋市長の「南京事件」に関する発言

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/hodokan/hodo1202.html
報道官会見記録(平成24年2月24日(金曜日)16時30分~ 於:本省会見室)
河村・名古屋市長の「南京事件」に関する発言
【新華社通信 郭記者】南京大虐殺について、河村市長の発言は、日本政府の立場とは決して一致していない 部分があると思いますが、日本政府はこの河村市長に対して今後どのような対応をとっていくのですか。また、傷つけられた日中関係や、日本と中国の国民の感 情についてどのように修復したいと思いますか。
【横井外務報道官】河村市長のご発言について、そのような事実関係については日本国政府としても承知してございますし、日本国政府の立場は、名古屋 市と南京市という地方自治体間のあいだで適切に処理・解決されていくという問題であって、可能な限り早く解決されることを期待しております。
 南京大虐殺につきましては、その事実関係を巡っていろいろな議論があるということは承知していますけれども、旧日本軍の南京入城の後、非戦闘員の殺害、 もしくは略奪行為などがあったことは否定できないというように考えております。我が国としましては、過去の一時期植民地支配と侵略により多くの国々、とり わけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、戦争は二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいくという決意であっ て、このような立場に一切変更はございません。
 今後の日中関係につきましては、本年が特に日中国交正常化40周年にあたるということでもございますし、日中関係が戦略的互恵関係に基づき、ますます発 展していくことを切に願っておりますし、その方向に向けて日本国政府としても最大限の努力をしていきたいというように思っております。
【新華社通信 郭記者】発言は残念だと思っているのでしょうか。
【横井外務報道官】河村市長の発言については以上申し上げたとおりでありまして、我々としては名古屋市と南京市の間で適切に解決が図られるということを心より願っております。


河村・名古屋市長:南京事件否定発言 発言修正「被害者30万人、なかった」
http://mainichi.jp/select/world/news/20120228ddm041010048000c.html
 名古屋市の河村たかし市長は27日の定例記者会見で、旧日本軍による南京事件を否定した自身の発言について「(被害者が)30万人とされるような 組織的な大虐殺はなかったのではないかという趣旨だった」と釈明した。発言を事実上修正し、南京市との関係悪化に歯止めをかける意図とみられるが、以前の 発言については撤回しないとも述べた。
 河村市長は「南京ではあたかも何もなかったと誤解された。南京市民にも誤解があったと理解してもらいたい」と強調した。事件の被害者数についての認識を問われると、「非常に多くの意見がある」と明言を避けた。
 南京市が名古屋市との姉妹都市交流の停止を発表したことに対しては「(友好が)全然広まらないし、今のままじゃいかん。(事件について)率直な議論ができる日が来るよう願っている」と改めて南京市に意見交換の場を設けるよう求めた。【福島祥、三木幸治】
毎日新聞 2012年2月28日 東京朝刊河村・名古屋市長:南京事件否定発言 発言修正「被害者30万人、なかった」
http://mainichi.jp/select/world/news/20120228ddm041010048000c.html
 名古屋市の河村たかし市長は27日の定例記者会見で、旧日本軍による南京事件を否定した自身の発言について「(被害者が)30万人とされるような 組織的な大虐殺はなかったのではないかという趣旨だった」と釈明した。発言を事実上修正し、南京市との関係悪化に歯止めをかける意図とみられるが、以前の 発言については撤回しないとも述べた。
 河村市長は「南京ではあたかも何もなかったと誤解された。南京市民にも誤解があったと理解してもらいたい」と強調した。事件の被害者数についての認識を問われると、「非常に多くの意見がある」と明言を避けた。
 南京市が名古屋市との姉妹都市交流の停止を発表したことに対しては「(友好が)全然広まらないし、今のままじゃいかん。(事件について)率直な議論ができる日が来るよう願っている」と改めて南京市に意見交換の場を設けるよう求めた。【福島祥、三木幸治】
毎日新聞 2012年2月28日 東京朝刊


また、中日新聞の記事も大いに反論異論の有る事である。
依存症の独り言さんの記事を紹介したい。

依存症の独り言
徒然なるままに    since 2005/03/12
2012/02/28
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2012/02/post-7275.html
南京大虐殺はあったと河村市長を非難する中日新聞の愚
河村たかし名古屋市長の
「通常の戦闘行為はあって残念だが、南京事件というのはなかったのではないか」
という発言が中国内で大問題になってるそうだ。
日中国交正常化40周年ということもあって、中国メディアの扱いは、最初は地味だったそうだが、ネットの民意が収まらず、その圧力に政府が抗しきれなくなった、ということらしい。
で、さっそく南京市で3月2日に行われる予定だった「日中友好柔道館」開館2周年の記念式典が中止されることになった。
まあ、中共による独裁統治の正統性を「極悪非道の日本軍国主義を敗北させたのは中国共産党」という虚構に求めている国だからね。
もっとも肝腎な“極悪非道の象徴”を否定する発言は黙視できないのだろう。
が、河村氏の発言は間違っていない。
ただし、「中国の言う南京事件(大虐殺)」という点においてだが。
石原慎太郎都知事は、この河村発言に対し次のように語っている。
「あれだけの装備しかない旧日本軍が、あれだけの期間に40万の人を殺せっこない。絶対にない、物理的に。戦争のどさくさですから、人を殺したのもあった かもしれない。しかしそれをもって、大虐殺というのは本当に心外だと思うし、違うと思う。さんざん検証してきたんだから。私は彼を弁護したい」(毎日新 聞)
私もこの立場に近い。
戦争だから虐殺も略奪もレイプもあっただろうと推測できる。
が、それをもって“大虐殺”と呼ぶのは、もう完全にプロパガンダである。
極悪非道と言えば、当時の国民党軍こそ、その形容にふさわしい。
ところでこの問題。メディアが珍しくおとなしい。
社説で取り上げたのは24日付の琉球新報くらいしか目につかなかった。
いくら反日メディアでも30万人とか40万人という中国の宣伝を擁護できない、と思ったのだろう。
が、今日になって、東海の雄=中日新聞が社説で取り上げた。
もう我慢できない、そういう思いがひしひしと伝わってくる内容である。
名古屋市長は「南京事件はなかった」との発言を撤回せず、訪問団にも非礼ではなかったとの考えを、きのう述べた。率直な議論で「ノドのトゲを抜こう」と主張するが、その土台は一体あるのか。
河村たかし市長は会見で「いわゆる南京事件はなかったのではないか」という発言が「南京大虐殺はなかったという持論を展開」と報道され、「南京では何もなかった」と誤解されたと釈明した。
市長は「象徴的に三十万人とされるような組織的大虐殺はなかったとの趣旨」と説明。「友好団に面と向かって三十万人の大虐殺と申し上げるのは言葉がいかにも残虐なので、あえていわゆる南京事件と申し上げた」と釈明した。
当初の発言は、市長が南京大虐殺はなかったと公にしたと受け止められる言葉である。報道により南京市民の誤解を招いたというのは、とんでもない責任転嫁だ。
南京で虐殺がなかったという研究者はほとんどいない。日中歴史共同研究の日本側論文も「集団的、個別的な虐殺事件が発生し」と明記する。市長自身 「非戦闘員の殺害はあっただろう」と認めており、日中で隔たりがある被害者数を問題にする意図であったのなら、そう明言すべきであった。
市長は共同研究を「学者の個人的見解」と批判するが、国や政治レベルで埋まらぬ歴史認識の溝を、少しでも客観的に埋めようとの知恵であった。中国主張の「三十万人」を市長が真っ向から否定しては、南京市側は率直な議論のテーブルにはつけぬだろう。
敏感な問題でも、政治家が主義主張を掲げるのは結構だ。だが、首長は政治家であるとともに自治体のリーダーでもある。歴史的な米中、日中国交正常化 の扉を開いたピンポン外交の舞台である名古屋のトップの公式発言としては不適切だった。日中四十周年の記念すべき年に、友好都市が公の交流を停止し、記念 行事や経済活動にも影を落とす。苦しい釈明ではなく、素直に撤回できないものか。
昨年春、南京市の公園で日中の百人以上が友好の桜を植えた。南京出身で十五年以上も名古屋に住む韓金龍さんが中心となり、過去五年で千本余を植えた。韓さんは「手を携えて桜を守り、友情の証しにしたい」と話した。
「公の交流停止」と言う南京市のシグナルを、敏感に受け止めてほしい。民の交流の根は深く、広い。民の交流を支えてこその市長であろう。
河村市長発言 なぜ素直に撤回しない 2012年2月28日 【社説】
                 世界遺産に申請中の南京大虐殺紀念館
中日新聞は
南京で虐殺がなかったという研究者はほとんどいない。日中歴史共同研究の日本側論文も「集団的、個別的な虐殺事件が発生し」と明記する―
と書いている。
つまり南京虐殺が事実であることは「日本政府のお墨付き」と中日新聞は言いたいわけだ。
では、その「日中歴史共同研究 の日本側論文」の中身はどうなっているのか?
以下(青字)は、 「日中歴史共同研究 の日本側論文」が南京虐殺に言及した部分である。
国民政府は11月中旬の国防最高会議において重慶への遷都を決定したが、首都南京か らの撤退には蒋介石が難色を示し、一定期間は固守する方針を定めた。首都衛戍司令官に任命された唐生智は、当初は南京の死守方針であり、松井司令官の開城 投降勧告を拒否したが、12月11日、蒋介石から撤退の指示を受けると、12日に各所の防衛指揮官に包囲突破による撤退を命じた。しかし、計画通り撤退で きた部隊はわずかで、揚子江によって退路が塞がれ、中国軍は混乱状態となり、多数の敗残兵が便衣に着替えて「難民区」に逃れた。
中支那方面軍は、上海戦以来の不軍紀行為の頻発から、南京陥落後における城内進入部隊を想定して、「軍紀風紀を特に厳粛にし」という厳格な規制策(「南京攻略要領」)を通達していた。しかし、日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部 の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した。日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では 20万人以上(松井司令官に対する判決文では10万人以上)、1947 年の南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。一方、日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人 など様々な推計がなされている。このように犠牲者数に諸説がある背景には、「虐殺」(不法殺害)の定義、対象とする地域・期間、埋葬記録、人口統計など資 料に対する検証の相違が存在している。
これをどう読むかで、その人が南京事件を学習しているか否かが解る。
多数の敗残兵が便衣に着替えて「難民区」に逃れた―
日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生―
強姦、略奪や放火も頻発した―
以上の3点がポイントである。
このポイントを正しく読み解くには「清野戦術」と「便衣兵」を正しく理解しておかなければならない。
「清野戦術」というのは、退却に際して、敵軍に利用させないために民家などをすべて焼き払ってしまうものである。
「便衣兵」というのは、中国兵が一般市民に変装して(便衣服に着替えて)、日本兵を背後から襲うというゲリラ戦法である。
上海から南京に進軍する過程で、日本軍は「清野戦術」のために窮乏状態になり、「便衣兵」の不意打ちによる恐怖に苛まされた。
共同研究の論文によれば、日本軍に虐殺されたのは「捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民」である。
つまり殺害された非戦闘員は“一部”にすぎないのだ。
また、「多数の敗残兵が便衣に着替えて」いたわけだから、大半は「便衣兵」である。
それまでの経緯を考慮すれば、日本軍兵士が、便衣兵に対して苛烈な対応をしたのはやむを得ない。
国際法(ハーグ陸戦条約)では、便衣兵は捕虜待遇を受ける資格がない。
この違法なゲリラを処刑しても“虐殺”には当たらない(違法ではない)。
殺害された「一部の市民」は、便衣兵と誤認された者及び「怪しい行動を取る民間人」である。
南京は共産党の支持者が多い地域であった。
だから日本軍は、立地上危険と思われる家屋を焼却し、怪しい行動を取る民間人(共産ゲリラ)を殺害する命令を出した(日本兵の証言)。
放火や「一部の市民」の殺害には、こういう理由もあるのだ。
また、「清野戦術」のために窮乏状態に陥っていた日本兵が食糧を略奪(正しくは強制徴発)するのは無理からぬことである。
強姦について言えば、「安全区に侵入した中国便衣兵が乱暴狼藉を働いて日本軍のせいにした」というニューヨーク・タイムズの報道もある。
「なかった」とは言わないが、すべてが日本兵によるものとも思えない。
むしろ「中国便衣兵」によるものの方が多かったのではないか。
私は、2005年6月28日に書いた「南京大虐殺」で、
全体を見渡した「統計資料」が存在しない以上、秦郁彦氏のように「今となっては南京アトローシティによる正確な被害統計を得ることは、理論的にも実際上も不可能に近く、あえていえば”神のみが知る”であろう」と云うしかない―
と書いた。
そして、その時、
各種参考資料を読んだ結果、1万~3万人あたりではなかろうかと思う。
真実の犠牲者は、1千~2千人のレベルになる―
とも述べた。
共同研究の論文には、
日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている―
と書かれているが、20万人説は極少派であり、ほとんどが3千~4万の範囲に収まっている。
私の「1万~3万人あたりではなかろうか」という推測は妥当なのだ。
また、殺害された者の中に占める非戦闘員の割合が「1千~2千人のレベル」というのも、「南京大虐殺」をお読みいただければご納得いただけると思う。
人口20万人の城塞都市を巡る総力戦の中で、「1千~2千人のレベル」の非戦闘員が便衣兵と誤認され、あるいは共産ゲリラと疑われて殺害されたからといって、これを「大虐殺」と呼べるのか?
中日新聞は、
当初の発言は、市長が南京大虐殺はなかったと公にしたと受け止められる言葉である―
と非難しているが、
「大虐殺はなかった」、これが史実である。
共同研究の論文には次のようにも書かれている。
南京国際安全区委員長のジョン・ラーベは、唐司令官は「無分別にも、兵士はおろか一般市民も犠牲にするのではないか」と懸念し、中国国民の生命を省みない国民政府・軍首脳の無責任さを批判していた。
真の原因は「国民政府・軍首脳の無責任さ」にある。
私は、そう強く思う。
反日・中日新聞を糾弾する!
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
つい先日、私のブログでも「南京虐殺は完全な捏造」というエントリーを上げましたが、坂様の仰る、1-3万人が妥当との見解にも同意できません。
ここで上げておられる「日中歴史共同研究」も全て、後の証言、研究書などを根拠にしておりますが、一番信頼の出来るのは当時、南京にいた多数の外国 人報道陣や宣教師などによる「Documents of the Nanking Safety Zone」はまさにその時点で、第三国の人間による共同声明であると考えられます。
その中に、「この南京虐殺を画策したのは誰か。外国人と中国人双方の意見であるが、首謀者はロシア共産党指導者の指導を受けたこく 民党政府内部に潜む共産主義活動家である。これらは外国人だけでなく、中国人にとっても敵である。根絶やしにしないと中国の統一どころではない。我々は中 国の国家目標に心底共鳴してきたし、これまで危険に晒されてはきたが、今後とも気持ちは変わらない。故に、現在、こく 民党政府の政策に強い影響を与える陣営を抑えねば、中国のみならず世界の行く末は安心できないものがある」との結論が出ております。
1)また南京虐殺事件において、万人単位の殺人が行われた形跡もなく、中国によるプロパガンダ指針をしめした『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によ りますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会見を行い、参加した外国人記 者・外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として「南京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺 害があった」と述べていません。万人単位の虐殺がなぜその場で糾弾されなかったのでしょうか。もちろん、その場で嘘をついても、証人が大勢その場にいるの で嘘をつくことが出来なかったからです。
2)毛沢東はただの一度も日本軍による虐殺について触れたことが無く日本軍は敵を殲滅せずに取り巻くだけだと評していたとのこと。つまり、日本軍は殲滅しないから手ぬるいと言っているのです。その彼が一度も虐殺について触れなかったのはどうしてでしょうか。
3)さらにDocuments of the Nanking Safety Zoneには、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その一件は 合法殺害と注記されています。この一件については、東京裁判で証言をしたジョン・マギーが、散々日本軍の虐殺を証言し、実際に何件の殺人を見たかと問われ て一件のみと答えています。それは日本軍の歩哨の制止を振り切って中に入り込んだ中国人を射殺したとのことです。このことかと思いますが、当時便衣兵の処 刑や、犯罪者の処刑が合ったのは事実でしょうが、万単位の殺人があったとすれば、なぜ南京虐殺のあと、南京の人口が20万から25万に増えたのでしょう か。
この点につき、坂様が1-3万人規模ならあり得たと考えられる根拠をお知らせいただきたく思います。仮に便衣兵の処刑でも、それほどの数ではなかったと思います。
いずれにせよ、南京虐殺は全くの捏造であり、最近では中国側からの積極的な反論がありません。ただ、あったと主張するのみです。人口20万の南京 で、30万人を精々10万人の日本軍が殺せた不可思議、さらに、南京の人口があとになって増えた不可思議をおいても、かりに数万人の虐殺があったという主 張も物理的に不可能です。下手な反論をして理論的に否定されることが分かるから、まともな反論をしなくなったのではないでしょうか。
逃げまどい必死に抵抗する市民を10万人の日本兵が拘束し、数万人を殺害し、死体処理をする能力など持ち得ません。殲滅作戦を採らない日本軍ではなおさらです。二人の兵が一人を殺せばよいと言う計算にはならないのです。
さて、この件に就き、藤村官房長官や大村知事が、河村発言は訂正すべきだと言っております。そればかりか今回は橋下大阪市長も政治的な得にならない、訂正すべきだと言っておりますが、これが彼の姿勢であれば国政での彼の姿勢も推測できます。決して支持も期待も出来ません。
中国を怒らせるのが(実際に様々な共同事業や交流を一方的に中国から断っています)得にならないと言うのであれば、中国の反日敵視政策をそのままに するのが得になるかということです。以前から橋下氏の姿勢には納得できないものがあり、大阪改革は支持しても、彼を全面的に支持することは出来ないと思っ ておりましたが、今回はっきりしました。むろん他にも支持できない面が多々ありますが。
なお、順序が逆になりましたが、中日新聞の言うように、国内では南京虐殺がなかったとする研究者はほとんど居ない、というのは全くの嘘です。それは先の日中共同研究報告を読むだけでも分かるはず。
また、中国における専門家とはあくまで政府の主張を裏付けるのが使命であり、政府主張に反する主張はそのまま社会的な失脚や場合によっては逮捕監禁になります。絶対に日本側の反論を認めるはずが無く、日中共同研究自体が意味のないものです。
言論思想情報に制限のある国との歴史共同研究など、提案すること自体が間違っていた、これが河村市長の間違いです。単に否定するだけでよかったのです。
投稿: たかおじさん | 2012/02/28 18:31
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
小生は、いわゆる便衣兵狩りとそれに伴う一部民間人殺害は、虐殺とは完全に切り離すべきだと考えています。よって、真実が何百人か何千人か、という ことにも関心は有りません。それを厳密に検証することは最早不可能ではないでしょうか。民間人も殺された可能性に対して、責めを負うべきはシナ軍の将兵で あり、連中が逃亡の際に友軍に射殺されたり、その逆に殺したり、という状況の中、民間人に成り済まし、日本軍も混乱して止む無く便衣兵狩りに至ったので す。
また、南京攻略戦時に欧米の宣教師らが南京市内に作った『南京難民区国際委員会』に出された、日本兵によるとされる被害届は全部で245件であり、 その内49件が殺人だったと言われています。しかし、この被害届には伝聞も含まれていて資料的価値は乏しく、また無論、飽く迄『日本兵』によるものであ り、『日本軍』の組織が起こしたものは1件も確認されていません。
従って小生は、目下の所、やはり組織としての日本軍が意図して民間人を虐殺した証拠は無い、というのが結論であり、それ以上の展開も無いと考えます。
投稿: 素浪人 | 2012/02/28 18:34
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
坂さん、こんばんは!
>戦争だから虐殺も略奪もレイプもあっただろうと推測できる。
>私の「1万~3万人あたりではなかろうか」という推測は妥当なのだ。
蒋介石は、昭和51(1976)年のサンケイ新聞によると、昭和13(1938)年の蒋介石自身の日記に、「虐殺の対象は軍隊だけでなく、一般の婦女子にも及んだ」
「こうした戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量虐殺は2カ月に及んだ」
「犠牲者は三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである」 と書いているとされているけれど、その肝心の蒋介石自身は、昭和41(1966)年9月に、台湾で日本人のインタビューに涙ながらに語っています。
”南京には大虐殺などありはしない。
何応欽将軍も軍事報告の中で、ちゃんとそのことを記録している筈です。
私も当時、大虐殺などという報告を耳にしたことはない。
松井石根閣下は冤罪で処刑されたのです。”とです。
敵の大将(蒋介石)が、”ない”と言っているわけですから、ないのではありませんか!?
通州事件、通化事件、斉南事件、尼港事件、奉天駅前事件 などで虐殺された日本人はいったい何人になるのでしょうか!関東大震災での放火、終戦後の 朝鮮進駐軍の虐殺、レイプの日本人の被害は何人になるのでしょうか!? すり替えられたのです。戦争に負けたからです。以上が私の意見です。
投稿: koukenz | 2012/02/28 20:01
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
河村市長の発言は、中国政府からも日本のメディアからも問題発言として袋叩きにあうところですが、今回は少しおとなしいです。
中国は出来ればこの問題はスルーしたいのだと思います。
首相が発言したのなら兎も角、地方都市の市長の発言を大騒ぎすることは得策でないと考えているはずです。
南京大虐殺がウソであることは中国政府が一番良く知っていることです。
あまり両国民が騒いで、「ではそれぞれが証拠を持ち寄って検証しましょう。」ということになると不利なのは中国です。
証拠写真にしても中国人が日本人を虐殺した「通州事件」のものまで入っています。
そのあたりはおバカな韓国と違って中国は利口です。
そのスルーしたいという中国の意向を汲み取って、スルーしようとしているのが日本の大手マスメディアです。
ところがその中国の「意向」を汲み取れない地方新聞が取り上げる。
中国政府はむしろ中日新聞を苦々しく思っているはずです。
かつて中国政府は石原都知事を目の仇にしていました。
石原都知事が「支那人」と言っただけで猛攻撃していました。
しかし、撤回もしないし謝りもしない石原都知事には匙を投げた。
問題を大きくすると日本国内で反中感情が高まり逆効果と判断するようになり、その後も何度か石原問題発言があったが中国は黙認するようになりました。
最近は、中国政府は石原都知事に対してはむしろ気を遣っています。
中国とはそんな国です。
相手が弱いと見るやカサにかかって攻撃するが、相手が強いと見るやピタッと攻撃をやめる。
いま中国に弱いとみられ舐められているのは民主党政権です。
橋下大阪市長は「歴史的事実について発言するなら政治家は慎重にすべきだ」と河村市長を批判しましたが、政治家が言わないで誰が言うのでしょう。
中国に好き放題に言われて黙っているなんて認めたも同じことです。
「南京事件」の映画まで出来て本当にそうだと思っている人達が益々世界中に増えているというのに。
今回の橋下大阪市長の考えには賛同できませんが、橋下市長の大阪改革には大いに期待しています。
特に日教組や労組との真っ向からの対決はこの人をおいて誰ができるでしょうか。日本中で今まで誰も出来なかったことを今彼はやっています。
一から十まで意見が全く同じなんてことはないですからね。
是非橋下大阪市長も皆さん応援してあげてください。
投稿: 琴姫七変化 | 2012/02/28 21:56
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
>各種参考資料を読んだ結果、1万~3万人あたりではなかろうかと思う。
それならば、坂氏は「小虐殺派」ということになりますね。
しかし、
>第六師団長の谷寿夫陸軍中将は、申弁書の中で「虐殺は中島部隊(第十六師団)で起きたものであり自分の第六師団は無関係」と申し立てている。
との主張のみから幻派の主張を退けるのは、無理があるのでは?裁判では虐殺がどこそこであった、と言われたらその地域は私の管轄外である、ぐらいのことは言うでしょうし。
私は戦時中、普通に発生するであろう殺人や軍令違反による事件、あるいは便衣兵と誤認による一般市民の殺害なんぞは「虐殺」ではない、と考えます(便衣兵 については国際法違反の戦術をとる中共が悪い)。そういった考えのもとに南京大事件は幻であるとの意見は考慮すべきです。
投稿: konnma01 | 2012/02/28 23:34
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
「南京大虐殺」なるものは中国史上数え切れないほど発生していて、例えば南北朝時代には10回も起こっています。
近代史の範疇で言えば、「太平天国の乱」の際、南京を陥落させた曾国藩軍がすさまじい殺戮と掠奪と強姦をおこなっており、現代中国人の「南京大虐殺」のイメージはおそらくこの時のものが原型になっていると考えられます。
要するに、「南京を陥とした軍は必ず大虐殺をおこなうものだ」というのが中国人のアプリオリな固定観念であり、「日本軍だって例外ではなかったはずだ」と彼らが思うのは、もう議論以前の「信念」というほかありません。
別に中国史の専門家でなくとも、ちょっと勉強すればそのくらいはわかるはずなのに、少なくとも日本側の「大虐殺」論者はその辺に眼をつぶっているか、あるいは考えようともしていないのでしょうね。
日本軍はいつでもどこでも悪かったという前提でしか、ものを考えられなくなっているのでしょう。
太平洋戦争末期にもなれば、質の悪い軍人もだいぶ増えたかもしれませんが、南京陥落は昭和12年のこと、全体的にはまだまだ士気も高く、「国を背負っているのだから恥ずかしい真似はできない」という意識も高かった頃です。
大虐殺はもちろん、中虐殺も無かったろうと私は考えています。
兵士の狼藉に対して松井岩根大将が涙ながらに「貴様たちは、なんということをしてくれたのだ」と叱責した記録は残っていますが、どう読んでも、せいぜい強姦か窃盗程度の「狼藉」への訓戒であり、これ自体が大虐殺など無かったことの傍証となりそうな気がします。
誰だったかが中国側の学者に「本当に南京で何十万人も殺されたと思ってるんですか」と訊ねたところ、「私がどう考えようが、政治的に決まっていることなので、それ以上のことは何も言えない」という返事が返ってきたという話もあるそうです。
それにしてもいまや「40万人」ですか。
30年ほど前は20万と言われており、その後25万になり、30万になり、数字の膨張はとどまるところがありませんね。
人口20万の都市でどうやって40万人も殺せたんでしょうか。
投稿: 面毒斎 | 2012/02/29 10:13
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
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