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政治家としての命脈はもはや尽きた小沢一郎

政治家としての命脈はもはや尽きた小沢一郎
民主党をダメにしたもの(「その4」の続き)
2012.09.10(月)
 筆坂 秀世

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36052


『週刊文春』に掲載された小沢一郎夫人の和子による「離縁状」を読んだとき、「やっぱり」と合点がいった。未曾有の 3.11震災が発生したとき、岩手選出の小沢がどう動くのか、誰もが注目したはずだ。私もそうだった。だが一向に地元に入ったというニュースが飛び込んで こない。「故郷が塗炭の苦しみにあるとき、小沢は何をしているのか」、不思議でならなかった。
 和子の「離縁状」によれば、放射能が怖くて逃げていたという。小沢に近い民主党議員のブログを見ると、「放射能が怖くて逃げた」というのはデマだ とか、わざわざ別の和子の筆跡と『週刊文春』の「離縁状」の筆跡を掲載して、「離縁状」の筆跡は和子のものではない、と述べているものもある。
 筆跡が真筆かどうかなど、はっきり言ってどうでもよいことだ。問題は中身だ。ただ小沢や和子と非常に緊密な関係にあり、中選挙区時代の小沢の選挙 地盤を引き継いだ黄川田徹衆議院議員は、「離縁状」は和子の筆跡だと断定している。黄川田議員は、震災で夫人、長男、義父母の4人の身内を亡くしている。 その見舞いにもらった和子の手紙と同じ筆跡だったからだ。もちろん誰かが代書したかもしれない。代書でも和子の手紙であることには間違いない。筆跡鑑定な ど無意味ということだ。
なぜ被災地の復旧・復興に政治生命を懸けないのか
 実際、こんなことがあった。震災から数日後だったと思う。埼玉県の川越市に住んでいる私に、民主党の関係者から、「筆坂さん、関西方面に逃げた方 がいいですよ。放射能汚染が東京方面にも拡大しています。みんな逃げていますよ。私もしばらく関西方面に行きます。ある人は九州に行くと言っています」と いう趣旨の話がもたらされたのだ。怒り心頭に発した。
 小沢がどうだったのかは、知らない。だが10カ月間も被災地に入らなかったのは事実だ。黄川田が指摘するように、被災地やその復旧・復興に関して小沢が何かを語ったことを聞いたことがない。和子の指摘をさもありなん、と思うのが普通である。
 福島第一原発の事故は、国会事故調査委員会が指摘するように、いまも「終わっていない」。大量の放射能を含んだがれきや焼却灰の処理もめどが立っ ていない。復旧も復興も緒に就いたばかりである。だが、小沢がやってきたことは、菅降ろしや消費税増税にかこつけて民主党を離党し、政局の主導権を握ろう とすることだけであった。もはや呆れるほかない。
 震災があった直後に、小沢は菅直人首相に頭を下げてでも、「復旧・復興担当の大臣にしてもらいたい。残りの政治生活のすべてをそのために注ぎたい」くらいのことを言うべきであった。それが岩手で、東北で育てられた政治家の責任であろう。
 「実力者」というのであれば、いまこそその力を発揮するときだった。だが所詮は、そんなことを求めるのはないものねだりでしかなかったということであろう。
とりあえずの新党──「国民の生活が第一」
 その小沢が立ち上げた新党の名称が「国民の生活が第一」というのだから、恐れ入るしかない。国民の生活が第一などと言うのは、理念でも何でもな い。政治家、政党ならあまりにも当然のことだ。「国民の生活が第一」などという政党名を見ただけでも、この政党の「消費税増税反対」を売り物に選挙で票を 得ようという下心が透けて見える。
 だが国民はそのことを見透かしている。ほとんどの新聞の世論調査で、「期待しない」が8割超、「期待する」は1割超にしか過ぎない。
 これをとらえて、この新党の関係者は「支持率が10%を超えているということだ。野田政権の支持率が20%程度と比べても大変大きな期待がある」などと強弁している。聞いている方が、辛くなってくる。「期待」と「支持」という言葉の意味すら理解していないようだ。
 『大辞林』によると、「期待」とは、「よい結果や状態を予期して、その実現を待ち望むこと」とある。今回の場合だと、「まあ良い結果が出るように頑張ってください」ということであり、当然「期待はずれ」に終わることもある。
 では「支持」はどうか。「支えること」「他の人の思想・意見・態度などに賛成して援助すること」とある。「期待」と「支持」は、まったく違う。
 時事世論調査によれば、この8月の調査で「国民の生活が第一」の支持率は、わずか0.9%である。この政党より低いのは社民党と国民新党だけである。要するに、ほとんどの人が期待もしていないし、支持もしていないということだ。
 「国民の生活が第一」という民主党のスローガンは、子ども手当や高速道路無料化などの政策とも相まって、確かに国民の支持を受けた。しかし、国民から支持された最大の理由は、政権交代が間近に迫っていたからだ。自民党とは違う新しい政治が始まることに期待したからだ。
 だがこのスローガンを決めたはずの小沢一郎は、いったい「国民の生活が第一」になるように、どんな努力をしたというのだろうか。一時は、党の権限 を幹事長室に一元化し、すべての権力が小沢に集中していたはずだ。「政策は内閣」と言いながら、小沢の関心があることには、遠慮なく介入した。ガソリン税 の暫定税率もその1つだ。中国の次期主席習近平と天皇の会見もそうだ。
 民主党が政権に就いて以降、小沢一郎から国民の生活に関わることで重要なメッセージが一度でも発せられただろうか。私は知らない。小沢の関心の埒 外だったからだ。国民を見くびってはならない。そのしっぺ返しは、必ず来る。そして、1年後にはこの政党はなくなっていることだろう。
小沢がとるべき道は野田政権を支えることだった
 小沢が自民党を飛び出し羽田孜らと新生党(93年6月結成)をつくったときには、自民党の錚々たるメンバーが揃っていた。現在も活躍している岡田克也、二階俊博、渡部恒三、藤井裕久などもそうだった。
 新進党(94年12月結成)はさらに大所帯だった。その後、自由党になり勢力は小さくなるが、藤井、二階や野田毅、後に参議院議長になる扇千景、西岡武夫、元首相の海部俊樹らがいた。多くが1年生議員の「国民の生活が第一」とは、政党としての迫力が違う。
 何よりも大きな違いは、小沢の権威が失墜していることである。
 小沢が自民党を割って出たときには、多くの国民が拍手喝采した。自民党政治に倦(あぐ)んでいたからだ。「政治改革」という言葉が、新しい政治の 誕生を予感させた。だから新生党も日本新党も、新党さきがけも躍進し、細川連立政権の誕生につながった。自民党政治、すなわち古い政治を終焉させるという 大義名分があった。
 だが今回はどうか。自民党から民主党への政権交代が実現して、ちょうど3年だ。この政権交代の中心にいたのが民主党幹事長だった小沢である。民主党政権に一番責任を持たなければならないのが、誰あろう小沢一郎であるはずだ。
 小沢は、「消費税増税はやらない」というマニフェストを破ったと野田佳彦首相を責めている。では、鳩山政権はどうだったのか。公約通り普天間基地を県外に持っていったのか。なぜ小沢は、この鳩山由紀夫の責任は問わないのか。
 消費税増税を野田首相より先に打ち出したのは菅首相だった。この菅に小沢は代表選挙で敗北した。黄川田によれば、小沢は必死に菅降ろしを図ってい たという。小沢にとって、鳩山政権と菅政権、野田政権の違いは何か。小沢が政権運営の中心にいたか、はずされたか、それだけのことだ。「国民の生活」など は、何の関係もない。
 鳩山、菅、野田という民主党政権3代の首相を比較したとき、最も安定感があって、信頼を寄せることができるのは野田首相だと、私は思っている。3 党合意による消費税増税に、私は反対だが、それでもそう思う。自民党、公明党を引き入れたことで、最も悪い形の増税になったからだ。高額所得者への所得税 増税の検討や社会保障制度改革を重視していた民主党案の方がはるかに良かった。
 自民党が領土問題での対応で野田政権を批判しているが、北方領土も、竹島も、尖閣も、すべて自民党政治の悪しき遺産だ。自民党に批判する資格などない。8月24日の野田首相の領土問題での会見は、中韓双方の誤りを毅然とただしたものであった。
次の総選挙で民主党が中心の政権ができる可能性は、極めて低い。それでも野田政権を必死に支えるのが政党人というものであろう。消費税増税について 言えば、小沢もいずれは必要と言っている。消費税を廃止しようという共産党とは違う。小沢と野田首相の間にさしたる違いなど、そもそもない。
 自分が中心になってつくった政権を、自分がはじき出されたから潰す側に回るなどというのは、私怨に過ぎない。人間である以上、私怨はつきまとう。だがそれが表に出てしまっては、もう終わりである。小沢一郎の政治家としての命脈は、もはや尽きたと断言するしかない。
剛腕伝説の終焉
 ここまで小沢一郎に厳しい評価を加えてきたが、かつてはその小沢を私は高く評価してきた。小沢の著書『日本改造計画』(講談社)は、冷戦終結後の世界と日本を見据え、日本の政治のあり方や社会のあり方を鋭く提起したもので、小沢への期待を大きく高めた。
 同書は、新保守主義の立場に立ったもので規制緩和や民営化路線を強く打ち出したものであった。だがその路線は、小泉純一郎によって実行に移され た。その途端に、小沢は新保守主義の立場をかなぐりすて、「国民の生活が第一」などと言い出した。「主義」などというものではなかった。対立相手が新保守 主義の立場に立てば、自分はそれに対抗する立場に豹変するということに過ぎなかったのである。
 銀行への公的資金投入が大問題になった98年の金融国会でも、当初、菅が代表を務める民主党と小沢が代表を務める自由党は、野党共闘を行い、自民 党の公的資金投入法案である金融再生法案に反対していた。だが菅が「政局にしない」と述べ、自民党に民主党案を「丸のみ」させるや否や、小沢は民主党との 共闘路線を投げ捨て、自民党との連立に舵を切り、与党入りを果たした。
 いまも大阪維新の会との連携を果たすため、橋下徹の道州制など統治機構の改革提案に秋波を送っている。この改革と「国民の生活が第一」がどう整合するのか、何の説明もない。
 要するに対立相手が「黒」と言えば、「白」と言う。「増税」と言えば、「無駄をなくせ」と言う。それだけのことである。
 自民党を2度にわたって野党に転落させた「剛腕」ぶりが、小沢のカリスマ性を形成してきた。これに私も目を狂わされたのかもしれない。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」だったのだろう。
(文中敬称略)
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