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伊藤博文著『皇室典範義解』現代語訳






■□■□■ 伊藤博文著『皇室典範義解』現代語訳(HISASHI)■□■□■
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/tempan_gikai.htm


『帝國憲法義解』に続きまして、『皇室典範義解』もHISASHIさまが現代語訳してくださいました。
 いま憲法改正問題とともに、皇室典範改正も話題になっておりますが、これらについて発言するには、現在の典範だけでなく、明治の皇室典範も理解しておく必要があります。
 みなさまが、この翻訳によって、知識を増やすことを願っております。
(オロモルフ)

*******************

筆者 伊藤博文 訳者 HISASHI


◆◆◆ 皇室典範 ◆◆◆

謹んで思うには、皇室の典範があるのは、益々その基礎を鞏固(きょうこ=強固)にし、尊厳を無窮(むきゅう=永遠)に維持するにおいて、無くてはならない憲章である。
祖宗が国を創めて、一つの流れを相承り、天壌とともに無窮にのる。これは蓋し、言説によらず既に一定の模範が有る。以って不易(ふえき=不変)の基準に因 らないものではない。今、人文漸く進歩して遵由の路は必ず憲章による。そして皇室典範を作るのは、祖宗の遺意を明微(めいび=明らか)にして、子孫のため に永遠の銘典を胎す所以である。
皇室典範は皇室自ら、その家法を条定するものである。故に公式により臣民に公布するものではない。そして将来止むを得ざる必要により、その条章を更定する ことがあっても、帝国議会の協賛を経る必要は無い。蓋し、皇室の家法は祖宗より承り、子孫に伝える。既に君主が任意に作るものではなく、また臣民のあえて 干渉するところではない。


◆◆◆ 第一章 皇位継承 ◆◆◆

第一条 大日本国皇位は祖宗の皇統にして男系の男子之を継承する(大日本国の皇位は祖宗の皇統であり、男系の男子がこれをけいしょうする)

 謹んで思うには、皇位の継承は祖宗以来すでに明訓があり、和気清麿が還って来て奏上した言葉に「国家が開闢して以来、君臣の区別は定まっている。いまだかって臣下をもって君主とすることは未だに無い。天の日嗣は必ず皇緒を立てよ」と。
皇統が男系に限り女系の所出に及ばないのは、皇家の成法である。女系を採用しないのは上代だけでなく、神武天皇より崇峻天皇にいたるまで三十二世全て女帝 を立てた例は無い。故に神功皇后は国に当たること六十九年間、摂政の位をもって終わられた。飯豊靑尊は政に摂し清寧天皇の後を受け継いだが、この方もまた 即位されなかった。清寧天皇が崩御され皇子がなく又近親の皇族男子がなく、そして皇妹春日大姫がおられたが即位されず、群臣は従祖・履中天皇の孫の顕宗天 皇を推挙した。これは、上代において既に不文の常典があって、簡単に変えるべきでない家法をなしていたことを見るべきである。その後、推古天皇以来、皇后 皇女が即位された例が無いわけではないが、当時の事情を推原するに、一時的に国政を行うに当たって、幼帝が成長するのを待って、位を伝えようとする権宣に 外ならず、これを要するに祖宗の常憲ではなく、そして後の世の模範と為すべきではない。本条の行為の継承をもって、男系男子に限り、そしてまた第二十一条 に於いて皇后皇女の摂政を掲げるのは、蓋し先王の遺意を紹述するものであり、苟も新例を創るものではない。
祖宗の皇統は一系の正統を承る皇胤をいう。そして、和気清麻呂の所謂皇緒なる者とその解義を同じくするものである。皇統にして皇位を継ぐのは必ず一系に限 る。そして二三に分割するべきではない。天智天皇の言う「天に二つの太陽が無いように二王は無い」と。故に後深草天皇以来数世の間、両統互いに代わり遂に 南北二朝に至ったのは、皇室の変運であり、祖宗の典憲の存在するところではない。
以上、本条の意義を約説するに、祖宗以来皇祚継承の大義はあきらかであり、日星のように萬世に渡って容易く変わらないものは、蓋し継ぎの三大則とする。
 第一 皇祚を践むのは皇胤に限る
 第二 皇祚を践むのは男系に限る
 第三 皇祚は一系であり分裂してはならない


第二条 皇位は皇長子に伝ふ(皇位は天皇の長男に伝える)


第三条 皇長子在らざるときは皇長孫に伝ふ。皇長子及びその子孫在らざるときは皇次子及びその子孫に伝ふ。以下皆之に例す(天皇の長男がいない時は、長男の子に伝える。長男及びその子孫がいない時は、天皇の次男及びその子孫に伝える。以下すべて之を例とする)

慎んで思うには、莵道稚郎子(うじのわかいらつこ)が言われるには「兄が上に弟が下に、古今の常典です」と。葛野王(かどののおおきみ)が持統天皇に進奏 して言うに「我が国家の法です。神代以来、子孫相承り天位を継ぐ。もし兄弟に引き継がれると世が乱れる。」と。これは祖宗以来、子孫直系相伝え長幼の区別 に従う事をもっt天位継承の正法とする。そして、その兄弟相伝える事は、反正天皇が履中天皇の後を継いだこと、允恭天皇が反正天皇の後を継いだ事に始ま り、みなやむを得ざる事により出て、正しい有り方ではない。第二条第三条が継承の法を一定にして後の王の為に常典を貽し、敢えて権宜左右することを出来な いようにするのは、蓋し祖宗の遺範を慎んで永く乱の芽を後裔に絶つところである。凡そ子孫といえるのは、曾孫以下みなその内にある。[古典に天神の孫也と あるのは(日本書紀巻二)天祖の裔孫をいう。また五世孫七正孫とある(同書巻十)これは、姓氏録の慣用するところである]長子の子孫は、次子より優先され るのは、宗統を重んじることである。長子の子孫がいない時に始めて次子に移る。次子の子孫から第三子以下に於いてもまた同例とする。
次条に皇庶子孫の皇位継承するのは、皇嫡子孫が総て無くなった時に限るという時は、第二第三条は嫡子孫に付いて、その長を択ぶ事をいう。そして、嫡子孫全て無くなった時は、庶子孫においてその長を択ぶのも法による事を知るべきである。


第四条 皇子孫の皇位を継承す�








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