さらば「三宅坂」社民党本部引っ越し 49年の歴史に幕


さらば「三宅坂」社民党本部引っ越し 49年の歴史に幕
スポーツ報知 1月27日(日)7時4分配信
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130126-OHT1T00230.htm
 社会民主党は26日、党本部の移転のため、通称「三宅坂」と呼ばれた東京・永田町の社会文化会館から、同町の民間ビルへの引っ越し作業を行った。1964年に建築された政界の名スポットが、49年の歴史に幕を閉じた。

 移転にあたり、ひとつの問題が浮上。玄関ロビーには、60年に刺殺された浅沼稲次郎元日本社会党委員長の胸像があるが、その重量は実に1トン。福島瑞穂 党首(57)は「浅沼先生は社会運動のシンボリックな方。(大理石製の)台座が重いと聞いているが、何とか運びたい」と話すが、移転先のビル側には「床が 抜ける」と難色を示された。やむなく像の土台を切り離し、上半分の胸像のみを移動させることで決着した。

 今回の引っ越しでは、像が固定されているため動かすことができず。ぽつんと残された浅沼氏の像が、引っ越し作業を見守る形になった。切り離し工事は2月中にも行われる予定だ。

 社会文化会館は2011年の東日本大震災で、ハリの一部が落ちるなど耐震性不足が露呈し、今年中の取り壊しが決定した。関係者によると、その費用は社民 党が負担し、1億数千万円かかるという。前身の日本社会党時代、一時は約200人の議員を抱え、1994年には村山富市委員長が首相に就任したが、現在は 国会議員が衆院2、参院4の計6人。同党にとってはきつい負担だ。

 新しい党本部は、ビルの7階と6階の一部の計200坪(約660平方メートル)。地上7階、地下1階の社会文化会館が2000坪あることから、面積が10分の1に縮小したことになる。

 ◆浅沼稲次郎刺殺事件 日本社会党の委員長だった浅沼氏が60年10月12日、東京・日比谷公会堂での立会演説会で、17歳の右翼少年に刺殺された。 「アメリカ帝国主義は日中の共同の敵である」などの発言で右翼から狙われていたことが背景にあった。浅沼氏は弁舌のうまさから、特に出身地・東京の下町で は抜群の人気を誇り、その行動力から「人間機関車」とあだ名されていた名物政治家。刺殺後は一般市民約40万人がデモに参加したほどだった。
最終更新:1月27日(日)7時4分



「三宅坂」解体へ 社民党本部が引っ越し
日本テレビ系(NNN) 1月26日(土)15時19分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20130126-00000036-nnn-pol
 社民党は26日、東京・千代田区の党本部の引っ越しを始めた。その所在地にちなんで「三宅坂」という通称で戦後政治の舞台の一つとなった建物は年内に取り壊される。26日は、歴代党首が使ってきた大きな机や、事務スペースの棚などが運び出された。

 社会党時代の64年に建てられた現在の党本部は、老朽化が進み、耐震性についても問題が指摘されたため、取り壊すことになった。

 最盛期には200人以上いた党所属の国会議員も、現在は衆・参計6人と大きく減っていて、新たな党本部は首相官邸に近い民間のビルの一部を借りることになる。

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