中国における「文民統制」の虚構   阿部 純一

人民解放軍暴走の不安が消えない理由
中国における「文民統制」の虚構
2013.01.31(木)
 阿部 純一
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37015

沖縄県尖閣諸島の領有権を巡る日中の対立は、日本側の冷静さと比べ中国側の好戦的傾向が際立つ。特にメディアに登場する人民解放軍の論客は、こぞって「日本何するものぞ」という姿勢で主戦論を展開している。
 ここでは個別の発言を取り上げるつもりはないが、彼らは一体、誰(あるいはどの組織)の意向を代表して発言しているのか。個人の意向の表明なら、それを許容しているのは誰(あるいはどの組織)なのか。
 いずれにせよ詮索の域を出ない作業にならざるをえないだろうが、これらの好戦的発言に世論が刺激されるとすれば、場合によっては現在の中国の政策決定にも影響しかねない。
中国の軍人は日本より「言論の自由」がある?
 尖閣問題で強硬な論陣を張っている軍人は、羅援(中国軍事科学学会副秘書長、少将)、彭光謙(中国政策科学研究会国家安全政策委員会副秘書長、少 将)、徐光裕(中国軍備管理軍縮協会理事、少将)、楊毅(東北アジア開発研究員常務副院長、少将)等の名が挙げられる。ただし、彼らの肩書から察せられる ように、現役ではなく退役少将である。退役とはいえ、彼らの所属はいずれも人民解放軍直系のシンクタンクであり、その発言が人民解放軍の意思と全く関係が ないと考えるのは難しい。
 では、彼らは現役の軍人ではないから好戦的強硬論を展開し、そうした発言が許容されているのだろうか。そんなことはないはずだ。例えば朱成虎(国 防大学教授、少将)はれっきとした現役であるが、2005年7月に、「米国が台湾海峡での武力紛争に介入し中国を攻撃した場合、中国は対米核攻撃に踏み切 る用意がある」と発言し、米国を牽制したことがある。同じ現役組でもっと「大物」に、劉亜洲(国防大学政治委員、空軍上将)がおり、反日で知られた軍の論 客だ。羅援の場合は、いまだに軍服姿でテレビに出ており、とても退役少将には見えない。人民解放軍の場合、現役と退役の差が歴然としておらず、実に曖昧と 言わざるをえない。
 ひるがえって現在の日本では、少なくとも現職の自衛官が中国に対する主戦論を主張することなどあり得ない。そのような言動をすれば、すぐさまメ ディアによって「シビリアンコントロールに反する行為だ」として批判は免れない。自衛隊OBでも、頻繁にメディアで派手な対中非難や武力行使を是とする論 陣を張る者は見当たらない。
 自衛官も軍人として捉えれば、日本より中国の方が「言論の自由」があるかのように見えるのは大いなる皮肉であろう。なぜこのような現象が出てきているのか。中国のシビリアンコントロールはちゃんと機能しているのか。このような疑問は出てきて当然であろう。
 他方、尖閣海域においては、あいかわらず中国の公船による日本領海への接近や侵犯、さらには中国国家海峡局所属の航空機による領空侵犯も起きてい る。中国外務省のスポークスマンによれば、これは正常な活動であるとしており、日本の対応、とりわけ航空自衛隊によるスクランブルを「正常な巡視飛行の妨 害だ」と非難する始末だ。
こうした部分を取り上げれば、軍はまだ表面には出てきていないものの、中国は統率の取れた対応をしていることが分かる。中国は尖閣諸島の主権が自分 たちのものであることを既成事実とすべく、党・政府が一体化し対応しているのである。現状では、メディアで主戦論を唱える中国の軍人たちは、強力な応援団 なのだろう。
「あり得ない」とは言えない軍部の暴走
 ところで2012年12月、日本の防衛省防衛研究所が『中国安全保障レポート2012』を公表した。本文は同ホームページからダウンロードできる。年次報告の3回目となる今回は、中国人民解放軍に対する「文民統制」(シビリアンコントロール)をテーマとしている。
 結論を要約して言うと、中国における人民解放軍に対する「文民統制」、すなわち中国共産党による絶対的指導は揺るぎなく行われている。外部の観察 による疑義、例えば2010年のゲーツ米国防長官訪中時に合わせたステルス戦闘機「殲20」の試験飛行や、2007年1月の中国の弾道ミサイルによる「衛 星破壊実験」を、胡錦濤に代表される党中枢や国務院(政府)に知らされずに実行されたのではないか、という点については、軍と政府(行政)との調整の不備 の結果であり、これをもって中国における党の軍に対する「文民統制」の破綻を示すものではない、とされている。
 同レポートは周到な情報収集をもとにまとめられた労作だと評価したい。しかし、どうしても引っかかる部分がある。同レポートで言うところの中国に おける軍に対する「文民統制」が、軍の組織、軍事関連法規などを含め制度面で徹底されていることは理解できる。だが、軍と政府部門の調整に問題があるとす れば、それこそ「文民統制」の問題ではないだろうか。
 西側の常識では、先に挙げた「殲20」の試験飛行や衛星破壊実験を党や政府のトップが知らなかったということになれば、シビリアンコントロールが機能していないと見なされる。言うなれば「軍部の暴走」である。
 もちろん、民主主義国家と社会主義国家とでは「文民統制」の考え方が違う、という議論もあろう。しかし、共産党の絶対的指導体制が制度的に確保されているから「軍部の暴走」はない、と言い切れるだろうか。
 これは極端な例だが、2012年春に起きた薄熙来失脚事件に絡んで、薄熙来(当時、中央政治局委員、重慶市党委書記)と周永康(当時、中央政治局 常務委員、中央政法委書記)が人民解放軍も巻き込んでクーデターを画策していたという話もある。これがたとえでっち上げられた与太話であったにせよ、そん な話が出てくる背景に、中国の「文民統制」の脆弱さが垣間見えるとしたら言い過ぎだろうか。「党の絶対的指導」は権力闘争で党内が割れればほとんどその機 能を失ってしまう。
 また、中国において、軍が党の絶対的指導を受け入れているにせよ、最近の共産党の文民指導者はほとんど軍歴がない。毛沢東や鄧小平が軍を権力基盤 とするとともに、これを抑えることができたのは、彼らに軍事的な指導経験があり、強力なリーダーシップがあったからだ。江沢民以降の指導者にそれを期待す ることはできない。習近平は、最初に就いたポストが中央軍事委員会弁公庁の書記で、その時は軍服を着ていたから軍歴はあると言えるものの、実際の部隊勤務 の経験はないから、軍事については素人であるのは間違いない。
人民解放軍が「党の軍隊」であるという問題
 こうした現実がある中で、もし党中央で軍事的行動に出るかどうか政策決定を迫られた時、どうなるか。
 党の指導者は、軍事について素人であるがゆえに軍人の意見に大きく影響されることになる蓋然性が高い。これが米国なら、大統領は国防総省や軍部の 意見とは別に、第三者的立場にあるシンクタンクに政策オプションを検討させることができる。しかし、中国の場合はそもそも第三者的に軍事を研究するシンク タンクが存在しない。存在するのは、人民解放軍幹部の天下り先のシンクタンクしかない。
 人民解放軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会にせよ、構成員の中で文官は主席の習近平だけであり、残りの10名はすべて軍人である。中央軍 事委員会主席は事実上の人民解放軍最高指揮官であるから、「主席責任制」を採り、決定に当たっては主席が責任を持つ。しかし、軍事に関して素人である習近 平が、10名の職業軍人メンバーの反対を押し切って軍事行動に関する決定をするとした場合、相当な困難を伴うことは想像に難くない。
 しかも人民解放軍は「中国共産党の軍隊」であり、国家の軍隊ではない。人民解放軍を動かせるのは党だけであり、政府にその権限はない。党において も、指揮命令を下す権限があるのは、中央軍事委員会主席の習近平だけということであるならば、中国の国内的な人民解放軍の行動に対する拘束要因は、極論す れば軍事関連法規くらいしかないのではないか。
 軍と政府の調整に問題があるとすれば、それは人民解放軍が「党の軍隊」であることに起因するのかもしれない。政府を超越し、その拘束を受けない人民解放軍であり、軍事に素人の党指導者をコントロールできるとしたら、中国における「文民統制」はほとんど意味をなさない。
 そうした前提で尖閣諸島を巡る緊張の中での中国の行動を見るとき、われわれは中国の政治指導者の発言はもとより、人民解放軍の動き、関係する人物の言動に一層の注目をしなければならない。
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