スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

江藤 淳 著  『閉された言語空間 (占領軍の検閲と戦後日本)』



また、同じサイトからであるが、今回は日本人著者である。

日本再生研究会SC
海外在住の日本人からの発言

占領軍の言論統制を暴露した著書の紹介(その1)
2008/12/17(水) 午前 4:10
http://blogs.yahoo.co.jp/japanrebirth/5613030.html
日本再生研究会SC  占領軍の言論統制を暴露した著書の解説
 
 江藤 淳 著
 『閉された言語空間 (占領軍の検閲と戦後日本)』(その1)
担当: 眞井恵美                 
                   
まえがき

著者は1933年生まれ。慶応義塾大学在学中に「夏目漱石」でデビュー。「アメリカと私」 「漱石とその時代」「落ち葉の掃き寄せ・1946年憲法 ー その拘束」など多数の著作を世に問い、1999年逝去。本書は第一部:「アメリカは日本での検閲をいかに準備したか」 第二部:「アメリカは日本での検閲 をいかに実行したか」の二部構成である。1989年 文芸春秋社から単行本が出されたが、更に1993年 文春文庫の一冊として発行された。

第一部
占領開始後間もない時期に日本の言論機関に加えられた外部からの計り知れぬ程の大きな力 - - 占領軍当局の実施した検閲の影響によって、日本の新聞・雑誌などの論調に一大転換が起こったことは紙面に当たってみれば明らかである。占領軍が行った検閲 の実態を見定めるためには、一次資料に即して自分の手で解明を試みるべきだ ー これが著者の決意であった。ワシントンの中心部にあるウィルソン研究所から、メリーランド大学付属マッケルディン図書館とスートランドの合衆国国立文書館 に数日置きに通い、日本占領中、米占領軍が行った新聞雑誌等の検閲の実態を出来るだけ明らかにしたいという考えのもとに、膨大な資料に取り組んだのであ る。

占領地域に於ける検閲計画は1943年から準備されていたが、最大の計画は日本に対してのものであった。それは通信体系が複雑で、言語が特殊であるため、 日本の敗北後も相当に長期にわたり軍管理が要求されるであろうと予測されたからである。検閲計画は合衆国最高司令官たる米大統領(Franklin Roosevelt)の命令により、米統合参謀本部によって行われた。1945年4月「日本における民間検閲基本計画」が作成されたが、日本本土侵攻の準 備に当っていた米太平洋陸軍当局は、日本語熟達者の不足に悩んでいた。日系二世兵士を日本語要員として採用しようとしたが、熟達者は僅か3 %に過ぎなかった。ようやく日本語要員の重要性を認識し始め1942年 陸軍省直轄の諜報部語学学校が開設された。占領地に於ける日本人の利用を想定せざるを得ず、日本人要員を使用するという基本方針を初期の段階において確立 していた。対日計画は、対独計画に比較すれば、著しく厳格なものであった。

ここで特筆しておかねばならぬこと、それは日本政府がポツダム宣言受諾の意志を表明したことによって、やがて日本において実施すべき民間検閲が実質上、合衆国憲法修正第一条の言論・表現の自由の原則に拘束されざるをえなくなった、ということである。
ポツダム宣言第十項は「言論・宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重は確立せらるべし」と規定している。この文言はほとんど逐語的に合衆国憲法修 正第一条に依拠していることは一目瞭然である。米国務省もポツダム宣言は「受諾されれば国際法の一般規範によって解釈されるべき国際協定となる筈であり、 当然『双務的』拘束力を有する」と分析している。そうであれば、民間検閲は言論表現の自由の原則と真正面から対立し、矛盾撞着せざるを得ない。しかもなお 米国政府は民間検閲の励行を厳命している。この矛盾を解決しようとすれば、方法はただひとつ、民間検閲を実施し、しかも検閲の存在自体を秘匿し続ける以外 にはない。目に見える戦争は終わったが、目に見えない戦争、思想と文化の殲滅作戦が一方的に開始されようとしていた。

第二部
第一章:あらゆる日本人は潜在的な敵であり、日本という国は本来 邪悪な国である- - これが米軍当局者の固定観念であった。以後四年間にわたる C C D (民間検閲支隊)の検閲が一貫して意図したのは、邪悪な日本と日本人の、思考と言語を通じての改造であり、日本を日本ではない国、乃至は一地域に変え、日 本人を日本人以外の何者かにしようという企てであった。そのための民間検閲は原子爆弾に匹敵する猛威を振るう筈であった。    
9月14日 同盟通信社に対する海外業務停止指令
10月25日 在中立国日本公館の財産および文書引渡指令   
11月 4日 在京中立国公館との正式関係の停止

かくして、日本の言語情報空間は官民を通じて遂に全く閉鎖されるに至ったが、C I C (対敵諜報部隊)とCCDの活動はいずれも細心に隠蔽されていた。

第二章:日本の言論機関に対する転向の強制
原爆の使用や無辜の国民殺傷は国際法違反なり、との鳩山一郎の談話が載せられた朝日新聞(9月15日付)は発行を停止され、米軍の暴行を厳しく批判した石 橋湛山の記事(東洋経済新報9月25日号)は押収された。さらに日本政府と報道機関との間に楔を打ち込むため「新聞界の政府からの分離」と題された指令を 発動。「新聞と言論の自由に関する新措置」指令により、新聞とその発行者および社員は「いかなる政策ないしは意見を表明しようとも、決して日本政府から処 罰されることはない。『いかなる』という以上、日本にどのような不名誉と不利益をもたらすものであってもよく、日本という国家そのものの解体と消滅を思考 するものであってもよい」ー と。この指令によって日本の新聞界は国家に対する忠誠義務から完全に解放されたが、その代わりに外国権力の代表者の完全な管理下に置かれ、彼の代表する価 値の代弁者に変質させられた。

第三章:被検閲者は必然的に検閲者に接触せざるを得ないが、その瞬間 検閲の存在を秘匿する義務を課され、このタブーの共有によって緊密な協力関係に組み入れられてしまう。検閲者の側に於ける「邪悪」な日本に対する恐怖と、 被検閲者側の生殺与奪の権を握っている占領軍当局への恐怖の存在が共犯関係を生み、日本人の「精神にまで立ち入り、これを変質させる」ことになった。タ ブーに触れた被検閲者たちが新たな危険の源泉となり、我と我が目をくり抜きアメリカ製の義眼を嵌め込む ー これこそが占領軍当局の究極の目的であった。そして、新聞・映画・放送に関しては、事情の許す限り事前検閲が行われた。


占領軍の言論統制を暴露した著書の紹介(その2)
2008/12/17(水) 午前 4:23
http://blogs.yahoo.co.jp/japanrebirth/5613287.html

日本再生研究会SC 占領軍の言論統制を暴露した著書の解説

江藤 淳 著
「閉ざされた言語空間{占領軍の検閲と戦後日本}」(その2)

担当:真井恵美

第四章: C C Dの取り扱った郵便は、月平均1,900万通〜2,000万通にのぼったが、そのうち400万通の私信を詳細に検討。 電話通信部は350万通の電信を検閲、2万5,000の会話を盗聴した。彼らの企図は表現に対する規制とともに情報の収集であった。日本人の本音は私信に 隠されているとして、九地域に分けた日本全国から毎日500通を集め、合計で 4,500通をランダムに抽出して世論の動向を調査した。検閲政策は少なからざる悪感情をかき立てている、という事実は米軍当局は察知していたが、この政 策は維持されるべきだとしていた。日本人のみならず活動に制限を加えられていた米国人ジャーナリストからも激しい批判を浴びていたが、検閲は本国政府の最 高意志を経て実施されており、終了させることは出来なかった。

第五章: C C D当局の注目の的は戦犯容疑者と戦犯裁判に対する国民感情の動きを知ることであった。1945年12月15日「大東亜戦争」という呼称は禁止され、「太平 洋戦争」が導入された。この戦争に託されていた一切の意味と価値観もまた入れ替えが強行された。"War Guilt Information Program" (戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画) は C I & E (民間情報教育部) が極めて強力に展開していた。その一つとして「太平洋戦争史」と題する宣伝文章の日刊紙への連載は、歴史的記述を装ってはいるが、日本の「軍国主義者」と 「国民」とを対立させようとし、日本と連合国 特に米国との戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」との間の戦いにすり替えようとする底意が秘められていた。戦争の惨禍は すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理の成立を可能にした。

第六章: 広島・長崎への原爆投下は残虐行為なり、とし、贖罪の精神で教育的人道的運動が行われるべきという感情がアメリカ人の間に次第に高まりつつある。 ー これらの態度に対抗するため日本が無法な侵略を行った歴史、極東に於ける日本軍の残虐行為等について、いま一度自覚させるべきだ、という提案が非公式に C I & Eに対して出されている。
東京裁判における東条の口供書が「自分の立場を説得力をもって陳述した。その勇気は賞賛されるべきだという気運が国民の間に高まりつつある」とC I & Eは認識、この危機感をバネとして第三段階は展開されるに至った。しかしながら、直接かつ正面からの攻撃を目的とする宣伝計画は双刃の刃となりかねず、大 多数の世論を激昂させ日本人を一致団結させることにもなりかねないので、極度の注意が肝要であるとしている。

第七章:書籍 (極右極左出版物を専門とする14社を除く) は1947年10月15日に、雑誌 (要注意リスト所載の28誌を除く)は 1947年12月15日に、それぞれ事後検閲に移行した。このためC C Dの検閲は徹底した効果を挙げるには至らなかったらしい。検閲が遅延している間に、本は自ずから多くの読者の手に渡った。後に、「違反」の判定をうけたも のも、決定に至るまでに当然多くの目に触れることになり、担当者を苛立たせた。

第八章:その第21条に集合・結社・言論の自由を保障し検閲を禁じ、通信の秘密を侵してはならないとする現行憲法を日本人に採択させ乍ら、その当の米占領 軍当局が自ら大規模かつ徹底的な検閲を実施し、しかもその事実を秘匿し続けているという矛盾を、日本を訪れた米国人ジャーナリストたちによって指摘され、 さらに米国内からも批判され 、G H Q 当局は検閲緩和の方針を示唆し始めた。

第九章:"War Guilt Information Program" の目指しているものは、日本人のアイデンティティーと自己の歴史に対する信頼を崩壊させることであり、検閲は執拗に行われた。一旦この検閲と宣伝計画の構 造が、日本の言論機関と教育体制に定着され維持される様になれば、占領が終了した後になっても、日本人は内部崩壊を続け、またいつ何時でも国際的検閲の脅 威に曝され得る。

第十章: 国内において、しかも報道機関それ自体の手によって、歴然たる検閲が行われている実情を筆者は体験し、その証拠となるべき資料を入手する巡り合わせに遭っ た。天皇御在位六十年奉祝事業の一端として、ドキュメンタリー映画の製作が企画されたが、映画社側が、こと天皇と皇室に対する言葉遣いの問題になると、た ちまち神経質かつ防衛的な態度を露呈した。毎日放送作成の「皇室関係用語集・改訂版 (1975 年9月)」は事実上の検閲指針になっていた。放送・新聞各社は一体如何なる権限と法的根拠によって「使わない言葉」「使う言葉」を決める等、無神経極まる 国語への干渉を行っているのか。言語に関して一方的に「時代錯誤」を云々するという倨傲さを一体何処で身に着けて来たのか。日本語とは極言すれば敬語の言 語である。その敬語を時代錯誤と決めつけ、現代感覚によってふるい分けようというのは、文化の根源の破壊である。言語をしてただ自然の侭にあらしめ、息づ かせしめることの出来ない言語空間に自由はあり得ない。


   読後感

戦後実際に書簡の検閲や教科書の墨塗りを体験した私は、その実態を生々しく記憶している。本 書によって、日本人の魂を骨抜きにする作業がどれほど周到に準備され、かつまた、緻密に実行されたかを知るに及んで慄然たる思いを禁じ得ないとともに、そ のタブーの呪縛に陥り、更に増殖し、自ら日本文化の破壊者となっている日本の現状を見るとき、米国は企図した以上の効果を上げ、完膚なきまでに日本を破壊 したといえよう。これこそが正しく、敗戦ということではないか。筆者はアメリカの地に於いて膨大な資料に立ち向かい、検閲の実態を追求した。その姿に心か らの畏敬の念を覚えるとともに、この貴重な一書を世に残した功績の偉大さをひしひしと痛感する。殊に第十章では痛憤やるかたなき筆者の姿を見る思いがし た。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
プロフィール

tourokurad

Author:tourokurad
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
政治・経済
541位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
政治活動
240位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。