ネガティブリスト方式でなければ意味がない

間違いだらけの集団的自衛権解釈
ネガティブリスト方式でなければ意味がない

2013.08.14(水)
 冨澤 暉

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38421

1.集団的自衛権に関する誤解
日本では今、集団的自衛権の解釈が、安全保障上の大問題となっている。
 しかし、世界では、この問題を全く騒いでいない。彼らにとって、各国が集団的自衛権を保有し行使できることは当然のことだが、これは権利だから、その権利行使を日本が自粛しようとしまいと、関係のないことなのである。
だから、米国でも一部の者を除きほとんどの人は「日本も集団的自衛権を行使せよ」などとは言っていないし、言うはずもない。現在の日米安保条約は既にそれを織り込みずみなのである。
 「第1次アーミテージ報告では日本の集団的自衛権行使を求めていたではないか」と言う人はあの原文をよく読んでいない人である。
 あの部分は「日本が集団的自衛権行使を禁止していることは日米の協力を制限している。これを取り除くことにより一層緊密かつ効果的な安全保障協力が可能となる。これは日本国民だけが決断できることである」というもので、極めて遠慮がちな表現である。
 「日本国民だけが決断できる」ということは「我々外国人は余計なことを言う立場にはないが」という言い訳である。
 これに反し別項に「米国は日本の常任理事国入りの要求を引き続き支持すべきである。しかしながら、そこには集団安全保障の明白な義務(オブリゲーション)があることを日本は理解しなければならない」と集団安全保障上の義務についてはかなり率直に厳しく要求している。
 2000年のこの時点で、この後段の集団安全保障を集団的自衛権と誤訳した人がマスコミには多く「日本が集団的自衛権行使を認めないならば日本の安保理常任理事国入りにも米国は同意しない」という報道がなされた。
 これらの人々には、権利と義務の違いが全く分かっていなかったようだ。今から13年も前から日本は「集団的自衛権病」にかかっていたのではないだろうか。
 日本人の集団的自衛権に関する誤解を解くための説明は、それだけで数十頁もの紙幅を要するものだが、ここでは次の4項目のみを強調しておきたい。
(1)集団的自衛権は集団安全保障を規定した国連憲章の第51条に、「集団安全保障が機能しない場合の特例」として認められ、「それを行使しても赦される」という形で挿入されている。
 そして「国連安保理事会が必要な措置を取るまでの間に限り赦される」「その行使にあたって取った措置は直ちに国連安保理事会に報告しなければならない」との条件付きのものである。
(2)集団的自衛権の行使は、同盟を結んだ米国に対してのみ行使できる、というものではない。同盟を結んでいない例えばフィリピンから日本に支援要請があれば日本はフィリピンに対し軍事支援ができる、というものである。
(3)米国という国は元々(少なくとも2001年9月11日までは)自衛を必要とする国ではなく、ましてや、その米国の自衛を他国に手伝ってもらおうなどとは考えてもいなかった、そして今も考えていない国である。
(4)米国が他国に期待していることは、(形はできるだけ国連を利用しつつも)米国中心の集団安全保障を手伝ってほしいということである。
2.集団安全保障についての説明

 集団安全保障の一部として諸外国とともに集団的措置を取ることは集団安保に加わる国家の義務(オブリゲーション)であり、ここに義務違反に対する 罰則はないが、このオブリゲーションは奉仕(有難う)という意味で、「これを果たさないことは恥ずかしいことだ」と日本人はよく承知する必要がある。
 また、「この集団的措置は国連安保理の決議による」とされているが、安保理決議に基づくPKO(国連平和維持活動)・多国籍軍はもちろんのこと、安保理決議のない有志連合軍(この指止まれ方式)も集団的自衛権行使ではなく集団安全保障の措置と考えられる時代なのである。
 すなわち、自衛権行使というのは自国とか他国という特定の国を侵害から守るためのものだが、集団安全保障の集団的措置というのはその地域または世 界の秩序(平和)を守るためのものであり、地域・世界が平和であれば自国・他国も当然平和になる、という、より幅の広いものであることを理解する必要があ る。
3.集団的自衛権検討の4類型、そのものの誤り
 集団的自衛権問題を検討するため、第1次安倍晋三内閣の時(2007年)に有識者による安保法制懇談会が設立され、2008年夏にはいったん中間報告が出されたのだが、福田康夫内閣から野田佳彦内閣の間は、この会は一度も開催されなかった。事実上の凍結である。
 第2次安倍内閣になって、この2月にその再開が決定され現在引き続き検討が行われている。そこで話題になっているのが、(1)公海上で平行して航 行する米艦の防護(2)米国へ跳ぶミサイルの邀撃(3)PKOなどでの多国籍軍への駆けつけ警護(4)海外後方支援内容の拡大という、いわゆる4類型であ る。
 筆者は6年前から「これは集団的自衛権に関する問題点」とはとても思えない、と考えていた。
 まず、(3)と(4)は集団安全保障、別の言葉で言えば、国連活動に関わる問題で、集団的自衛権とは何の関わりもないものだ、ということである。
 次ぎに、(1)の問題に関しては「日本の個別的自衛でもできないことを集団的自衛で可能にするというのは元々無理な相談だ」ということである。
 日本の現法制では自分が撃たれた時には正当防衛で撃ち返すことができるが、日本の僚艦が撃たれた時それに代わって撃ち返すことは、総理大臣の防衛出動が発令される前にはできないことになっている。
 だからこの問題は、まず、防衛出動発令前の個別的自衛権の在り方を検討したうえでの話だと知らなければならないのである。
 さらに(2)の問題について言うと、何よりも、現在日本が保有しているミサイル防衛の「PAC-3」や「SM-3」では長距離弾道ミサイル中間弾道での速度・高度に対応できない、ということである。
 またSM-3の新型「ブロックII」ならできると言う人もいるが、「ブロックII」ができても、その速度はせいぜい3キロメートル超/秒にしかならず、長距離弾道ミサイルの中間弾道における速度には及ばず、追尾命中させることは極めて困難である。
 また、朝鮮半島北部から米大陸に向けて跳ぶ大陸間弾道弾は最短距離である大圏航路を通るので日本上空を通過しない。たぶん中国東北部からシベリア東部・アラスカを経て米西海岸へ行くはずだし米東部へ向かうものはもっと北を跳ぶはずである。
 ハワイへ行くものは北海道北部をかすめ、グアムへ行くものは南西諸島地域の一部を通るだろうが、数少ない邀撃ミサイルを、ハワイ用グアム用に特別配備する余裕は日本にない。だから、この設問も軍事的には全く意味のないものなのである。
4.ネガティブリスト方式で
 このように「これはできるのでやってもいい」という項目を挙げることをポジティブリスト方式と言うが、集団的自衛権を持ちその権利を行使できることは、世界各国共通のものなのだから「これだけはやってはいけない」というネガティブリスト方式で決めてほしい。
 またこうした軍事に絡む問題提起にあたっては、問題そのものの妥当性を、軍事を知る者に相談してほしいと思う。
 8月の新聞報道によると、安保法制懇は「この4類型にとどまらず、集団的自衛権について全面的に容認する方針」とのことだが、それは当然のことであり、望むらくはさらに防衛出動下令前の個別的自衛権の問題についてまでも踏み込んだ報告を期待している。
 また、その後、小野寺五典防衛大臣は「安保法制懇の報告を新防衛大綱に盛り込みたい」と意欲を示し、菅義偉官房長官は「抽象的ではなく、具体的に 述べて国民の理解を得る」と説明したが、ポジティブリストで「やってもいいこと」をいくつか並べられても、「それ以外のことはできないのか」と現場は困る ばかりである。
 「やってはいけないこと」を数少なく具体的に明示して「それ以外は何でもやってよろしい」とするネガティブリスト方式で国民の理解を得、それを現場に示してほしい。

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