南京30万人虐殺の嘘を根拠に日本侵略を狙う中国


国防

南京30万人虐殺の嘘を根拠に日本侵略を狙う中国南京作戦の数値的考察が暴く「南京資料館」の捏造ぶり
2013.08.19(月)  篠田 芳明
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38456


有史以来、人類は数限りない興亡を繰り返してきた。そして多くの歴史書に、ある文明は燦然と輝き、多くの人たちが豊かに暮らした時期や場所があったことを示している。
 しかし、これらを概観すると豊かで幸せな時代の継続は少なく、歴史の大半が大小様々な抗争に明け暮れたのが実態であると言えよう。将に我々が住んでいるこの地球上においては今なお、多くの流血や悲惨な抗争が連日展開されている。
 このような不毛な争いを根絶することができるのか?
 その答えは残念ながら歴史を振り返って見る限り絶望的である。ことに産業革命以降、科学技術が発達し、人力・家畜力に加え高度な兵器を戦闘に大規模に利用できるようになった第1次世界大戦では人類史上未曾有の殺戮を経験した。
 その結果、悲惨な戦争を話し合いで解決する方策として、米国ウッドロウ・ウイルソン大統領による国際連盟の提案があり、平和構築への画期的な第1歩が期待されたが、戦後最強となった米国が発案国でありながら加盟しないと言う重大な欠陥組織になってしまった。
 そして、四半世紀後に再び一層大規模で悲惨極まりない第2次世界大戦が勃発した。戦争末期には防空能力を失った都市の絨毯爆撃を繰り返えし、人類 史上初めての原子爆弾を広島・長崎に投下するという、軍事的には全く無意味で大半の犠牲者が乳幼児・老人を含む一般市民という卑劣な蛮行の大殺戮が行われ た。
 この短期間に、全世界を巻き込んだ2度もの悲惨極まりない大戦の経験から国際連盟の失敗を反省した国際連合が結成され、5大戦勝国を常任理事国とする強力な平和維持機構が発足した。
 しかし、この国際連合と雖も大国のエゴや思惑が交錯して期待した成果は不十分なまま現在に至っている。
 第2次世界大戦後、通常戦力のみならず、強大な核戦力を保有する米ソが東西陣営のリーダーとして世界を大きく二分した冷戦構造が出来上がり、キューバ危機で両国が核戦争をも辞さないと言う激しい対決に発展し、あわや地球が破滅するかと言う瀬戸際にまで立ち至った。
 その後、ソ連陣営の経済的破綻、ベルリンの壁の崩壊、ソ連邦の解体で東西の軍事対決が緩和され、これで平和な世界に向かうかと思われた。
 しかし、民族・宗教・貧困など多種多様な問題が以前にも増して顕在化し、相変わらず混沌とした紛争が世界各地に拡散して平安な世界には程遠いのが現実である。
 最近、そのような混沌とした世界情勢の中にあって経済力を蓄え軍事力の増強を進める中国共産党政権が強権的な姿勢で現状の国境線変更を図ろうとする覇権主義を顕わにしている。その結果、極東アジアは急速に危険な地域に変貌している。
科学技術の発展と知性の退化
 ではなぜ人類はこのような不毛な争いをするのか?
 人間には闘争心・競争心があり、それが社会の活力を生み向上発展につながっていることは論を俟たない。
 人間に限らず、すべての生き物の世界では自分のコミュニティを守り、生存を守るのは当然の権利であり、行動である。
 しかし、人類以外の生物は自分の生存を支える源、すなわち餌や肥料などの栄養素を個々の生命体が自ら確保しなければならず、太陽の恵みを根源とする自然任せの栄枯盛衰となっている。
 対して、我々人類は生物的に発揮できるエネルギーに加え火の利用を知って以降、急速に勢力圏を広げ、生存に必要な物の獲得・流通や保存を容易にで きる手段を見出した。さらに歴史とともに先人の経験を集積した高度な学問を習得し、知識を発展させ、石化エネルギーや原子力エネルギーまで自由に制御する ようになった。
 このように、人類は人力をはるかに超えた科学技術力を獲得したが、一方で落ち着いて我々自身の心の問題として「自分自身や身の回りの人、ひいては人類全般の真の安寧と幸福がどのようにしたら導かれるか」という哲学的な精神を追求し・鍛え・高めることを怠ってきた。
 そして、多くの現代人の知性が、闘争心・競争心による勢力圏の拡張に高度な科学技術の知識を総動員して単なる生存維持以上の欲得獲得ゲームに狂奔する単細胞的な思考回路へと退化してしまった。
 その結果、強大な国家を掌握する指導者に単細胞的な人物が就任すると人為的に歴史の流れを変えて人類の栄枯盛衰をコントロールする危険性がより増大した気がする。
巨大なブラックホール中国
 前述の単細胞的な思考回路へと退化した現在の国際社会の中で、我が国が直面する危険は急速に膨張する中国である。
 他国がいくら豊かに発展してもそれが穏やかな性向を示して共存共栄を図れるなら素晴らしいことであり大いに歓迎するが、現時点で中国の動向を見ると軍事力を背景とした極めて歪な膨張性向を強めており、残念ながら歓迎できる方向には見えないことを憂慮せざるを得ない。
 私のような民主主義の世界で育った人間の大半は「国政を行ううえで絶対やってはいけない事は国民の自由を束縛すること」だと認識していると思う。
 歴史的に見ると、近世までの多くの国の為政者は程度の差こそあれ、隠蔽、秘密、捏造、改竄、暴力、独裁、暗殺、粛清、虐殺、言論の抑圧など人間として下等な手段を政権運営の常套として多用してきた。
 元々、中国大陸では昔からその傾向が特に強く、中国共産党が政権を奪取してからは「共産党」とは名ばかりの独裁政権で権力闘争に明け暮れ、支邦古来の伝統的な悪弊はしっかり引き継いでいる。
 そればかりかその悪弊を一層加速して彼らの政策遂行上都合の悪い歴史的事実の捏造・改竄を強行し、国民教育の場において捏造資料館まで建設して13億人とも言われる支邦人民に誤った歴史の固定化を図っていることが恐しい。
 さらに、それに異を唱える自国の人民を葬り去るなど国民の自由をかつてないほど束縛しており、今現在もそのような束縛に反抗する人物が散見されるが、自由の素晴らしさを経験し、知識を得た限られた人民も現状の社会体制下では時間経過とともに消滅してしまうであろう。
 この結果、中国大陸はこの情報が溢れる現時点の地球上にあって、外部と遮断された13億人とも言われる人民を異次元の座標空間の中に縛りつけ、歪 な思考を持つ権力者が支配する覇権主義の国家となって人類史上経験したことのない巨大なブラックホールへと化しつつあるように私には思える。
捏造資料館の一考察
 そのブラックホールと化した中国が1970年代以降、石油資源の存在が明らかになった(歴史的にも国際法上も日本固有の領土である)尖閣諸島を自国の領土と主張するようになって、民主党政権の政権基盤が脆弱と見るや、周辺海域で様々な威嚇を強めた。
 しかし彼らの希望に沿って、日本にもうしばらく脆弱な民主党政権が続いてほしいと思っていただろうが、強力な布陣を配した安倍晋三政権が発足したため尖閣諸島海域での危険な挑発を行うとともに中国国内での反日運動を一段と煽るようになった。
 その中国が反日の「言いがかり」とするのが帝国日本軍の残虐さであるが、前項で「捏造資料館」と述べたのは「南京大虐殺」を柱とする事件で日本側 から数えきれないほどの「信頼性の高い反論・反証」がなされている一方、中国が公式見解として主張する「30万人の一般市民の大虐殺」を裏づける信憑性の ある資料は何一つ提示されていない。
 当然、事実無根のことは証明できるわけがなく、調査・検証すればするほど矛盾点が拡大するが、嘘・捏造は彼らの得意とするところであるから日本側がいくら正論を掲げて「反論・反証」を試みたところで取りつく島もない水かけ論に終始することが今後も続くであろう。
 私もこの反論を同じ論法で論述したとこで今まで有識者各位が主張された以上の見解を示すことはできないので、彼らが主張する「30万人の虐殺」を数的な観点から論述を試みて見たいと思う。
 ここで、南京作戦についておさらいをする必要があると思うので、概要について簡潔に述べる(ウィキペデイアを参照)。
 そもそも日本軍が南京攻略作戦に至る発端は国民党を率いる蒋介石が、上海周辺要塞で日本陸軍の精鋭20万人を殲滅しようと企図したことに始まる。
 蒋介石は上海近郊にドイツ軍要塞将校の指導を受けて強固な要塞線(ゼークトライン)を構築した。さらにドイツ・チェコから輸入した最新兵器を備え、軍事顧問まで雇い入れて日本軍殲滅のため周到に準備した。
 この大規模な仕かけへの日本軍の誘致導入のため、昭和12年7月、大山海軍将校の殺害をはじめ上海付近で幾多の不祥事案を引き起こした。
 しかし、日本が事件の不拡大方針をとるや(コミンテルンの工作とも言われる)通州事件が生起、日本居留民250人に対する凄惨な大量虐殺事件を起こすとともに、上海に日本人居留民保護のため駐留していた日本軍約4000人に対し3万の中国軍が包囲・攻撃した。
 ことここに至って、日本も上海付近に約3万の軍を派遣し、逐次増強して約10万に達した。それに先んじて、中国軍は続々と兵力を増強し50 万~60万もの軍を集中して日本軍と対決、蒋介石の計画した通り要塞線に日本軍の引きつけに成功、優れた兵器で武装した中国軍との間で激烈な戦闘が行われ た。
 この周到に準備された要塞線突破には日本軍が苦戦し日露戦争旅順要塞攻略での死傷者数をも超える3万人もの犠牲を出したが、ついに打通して南京方面に遁走する中国軍を追撃した。
 この後退に際し、国民党軍の督戦隊は敗走する自国将兵に後方から銃撃を加え多数の死者が発生するとともに、民家などに次々と放火しながら後退した(ウィキペデイア参照)。
 そして、南京城攻略作戦が12月11日(投降勧告への返答待ちのため1日間待機)から13日まで遂行され、国民党軍唐生智守備隊司令官の戦闘放棄避走(12日)とともに南京城内の中国軍は大混乱となり算を乱して敗走してしまった。
 この際も督戦隊による退路からの銃撃戦で国民党軍に多数の死者が発生した(中垣氏福山講演抜粋を参照)。
 12月17日に日本軍は入城式典を行い、式典終了後南京城内に1個大隊約400人を治安部隊として残置し、主力部隊は南京城外で宿営し事後の作戦への準備をした。
 城内に平穏が回復された3日後、戦勝祈念にと現地中国人版木店で水牛の角の印鑑を彫ってもらった(現物紹介)との報告があったほど平穏であったとのことである(南京作戦従軍兵士の講演)。
 問題は現中国共産党が“南京事件”として公式に取り上げて「捏造展示資料館」まで作る熱の入れようの「30万人の大虐殺」についてであるが、実際その様な殺戮をどのような手段で実行し、どのように始末できるか? について考えて見る。
 作戦開始前には城内に逗留した住民は安全地帯に収容され、城壁に沿って国民党軍約十万人が展開していた(図1)。

南京城概要と攻略時の住民避難

図1 南京城概要と攻略時の住民避難
拡大画像表示
 しかし、日本軍の攻撃が開始され司令官不在となると大混乱となり算を乱して城外へと敗走した。この際、中国軍によって内外が堅固に閉鎖されていた 城門に殺到した中国兵が折り重なって多数の死者を出し、ようく城外に脱出した兵も督戦隊による銃撃によって多数の死者が出たという。
 また、脱出できなかった多数の兵が一般住民の集中する安全地帯に武器を持って逃げ込み、彼らを日本兵が捜索発見して捕捉した。
 その戦闘の際、抵抗する者は射殺し(この時、中国軍が住民を盾に交戦したため多数の死傷者が発生)、投降する者は武器を回収して追放したとのことである(南京作戦従軍兵士の講演)。
 結局南京城内で一連の混乱が終息するまでの死者数は大目に見積もっても(日本軍が葬儀社に実数よりは水増しして発行した軍票から)約2万人と言われる(中垣氏福山講演抜粋を参照)。

南京戦前後の人口

図2 南京戦前後の人口(仮定)
拡大画像表示
 一方、30万人の殺戮となると、安全地帯に避難していた20万人を全員殺傷したとして中国兵の死者2万人を合計しても8万人不足する。
 しかも、この20万人の避難者の中に国際委員会ラーベ氏がいて、翌年の1月には25万人との報告記録を出している。
 この壮絶な殺戮現場に国際委員会ラーベ氏がいたはずであるが(規模の小さな事件は報告されている)、そのような大規模な殺戮の報告はない。
 ともあれ、30万人の殺戮方法であるが、まず、生きた人間30万もの人を何処にどのように集合させたのであろうか?
 自由意思を持った人が殺される現場に全員が大人しく従うであろうか?
 次に銃殺したのか?
 そうだとすれば、1人の殺傷に少なくとも3発程度の弾丸は必要であろう。合計約100万発となるが、上海派遣軍が事後の作戦に備え貴重な銃弾を温存こそすれ、上級司令部が無抵抗な市民の大量殺傷を命令することなど絶対と言ってよいほどあり得ない。
 また、兵站(輸送・備蓄・警備等)上も100万発となると大変な負荷となりその輸送用人馬車輛を仕立てる余裕などあり得ない。
 では、銃剣や刀で実行するか?
 となると1000人の兵隊1人当たりに300人を割り当てなければならないが、そのような壮絶な実行体験談は伝えられていない。
 横道にそれるが、ナチスドイツが整備した殺人工場をフル稼働させても「1日に1万人処理するのも大変だった」との記事を読んだことがある。
 そのような施設もない荒野で短時間での殺傷は物理的に不可能である。要するに(第2図)の人口推移は物理的に実行不可能で、死者2万人という日本軍の報告は現実的な数値であろう。この観点でも中国の主張があり得ないような捏造であることが明らかである。
 次に、仮に30万人を殺傷した場合の遺体処理であるが、埋設処理する場合どの程度の地積と労力が必要であろうか?
 参考までに平成22年3月に宮崎県で発生した口蹄疫災害では牛・豚約29万頭が殺処分された。この際自衛隊が5月1日~7月27日出動して 4×4×100メートルの穴を約2900個掘って処分した。この作業に油圧ショベル約7万5000台時もの作業を必要としたと言われている。
 当時このような土木機械力は当然あり得ないから、すべて人力による掘削となる。従って、深さも高々1メートル程度であろう。仮に100遺体処理する穴(以下坑と称する)として1×2×50メートルの坑を基準として南京城内に3000個も準備しなければならない。
 掘った排土を側面に置くとともに、遺体搬入路が必要であるから坑と坑の間隔には5メートル程度の余積は必要であろうから7メートル間隔に1つの坑 を設けることになり、搬入・作業路を含めた10坑を1ブロックとして図3のように80×65メートル×300個=1.56平方キロの地積が必要となる。

埋設の地積


図3 埋設の地積
拡大画像表示
 図1の南京城内にそのような場所を設けるとすれば、白紙的には南東側に存在する中山東路両側の無人地帯(軍官学校や飛行場地区)となるであろう。
 さて、その作業見積もりであるが、当時の戦闘部隊は工兵の様に優れた土工具を持っていないから携行できる折り畳み式の小さなショベルとなり、1丁での作業効率は極めて悪い。
 1個小隊30人で1日2個の坑が掘れると仮定しても3000個掘削するとなると1500小隊日=4万5000人日の作業量となる。兵隊の休憩も含めると最低でも6万人日、すなわち1万人の実働兵員で休みなく働いて1週間は必要だ。
 まして、時期は12月(南京は当時凍結していたかどうかは分からないが)の飛行場などで地盤状況は少なくとも乾燥して堅く、上記見積よりは多く必要であろう。
 そして、遺体の搬送、埋設作業と続くが、これも大雑把に1万人の兵員で3~4日以上の作業となる。
 以上をまとめると30万人を集合させ、殺傷、埋設坑の掘削、坑への遺体搬入、坑の埋め戻しの気の遠くなるような重作業となる。
 その間最低でも約2週間として、南京城内の大作業を国内外報道陣に気づかれないはずはなく、日本国内はもとより直ちに世界的な大事件として報道されたはずだ。
 確かに上海派遣軍司令官松井大将は南京戦後の残敵掃討戦において安全地帯に武器を持って逃げ込んだ国民党軍との戦闘において、巻き込まれた多くの 民間人に犠牲が出た報告を受け「皇軍の名誉を著しく傷つけた」と憤り、該当者を処分するとともにそれ以前にもこのような行為を厳禁している。
 また、退役後この時の一部将兵の不明を制止できなかったことを悔いて戦闘に巻き込まれた犠牲者の霊を弔って「お経」を欠かさない毎日だったとのことである。
 この事件は平和を謳歌している現時点での判断基準では考えられない。しかし、当時の戦闘場面では規律厳正な皇軍と雖も一部将兵に行き過ぎた行為が有ったことは想像に難くない。
 このような行為を正当化するつもりは全くないが、一部将兵の不法行為はあり得ても、軍人勅諭に明記されている「慈」を心がけ国際法を厳格に遵守する皇軍が組織的に名誉を汚すことなど考えられない。
まとめ
 私が日本人であるため、本文には帝国陸軍に贔屓があるかもしれない。しかし同時に日本人としての誇りも人一倍強いと自負する1人である。
 従って、中国の公式見解のように我々の先人が無抵抗な人民を30万人も大量に殺害したとすれば、絶対に許せない。
 そこで、私は公表された諸説を見比べたうえ、自分で数値的な観点から推察した結果、改めて中国の主張が如何に不合理であるかを再確認した次第であり、南京作戦が当時の他の市街戦戦闘場面における人的被害の域を超えていないと確信した。
 ともあれ、何よりも注意を要することは、嘘・捏造であれこれらを「言いがかり」として国際紛争を拡大する大義名分に利用しようとする企みであり、それに対する備えには万全を期さねばならない。



関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
プロフィール

tourokurad

Author:tourokurad
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
政治・経済
385位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
政治活動
161位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR