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靖国参拝 日本人として背筋を伸ばす

2013年12月26日、安倍晋三首相が靖国神社参拝をはたした。
これに対する、欧米の反応は無責任である。

中共と韓国、北朝鮮は批判を強めた。だが、軍国主義や右傾化という批判には、根拠が薄弱である。
韓国と中共は、安重根を奉る事になった。その挙句の、韓国が日本国をテロ国家と言うには、
道理の通らぬ事である。

ケネデイ駐日大使が、日本のイルカ漁を批判したが、これも文化の批判では、日米の理解が
足りない事を意味する。チョンボと言うよりも、外交官として不適切な事を証明した。

アメリカの失望といい、アメリカ側の無理解が困難を招いている。

靖国神社参拝から、外交案件、政治問題にしたのは、アメリカも、中共も、韓国、北朝鮮も
同じ事である。



靖国参拝 日本人として背筋を伸ばす


産経新聞 1月25日(土)11時36分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140125-00000523-san-pol&pos=1

昭和20年9月2日、ポツダム宣言受諾。ミズリー号上での調印式(写真:産経新聞)

 元旦の当欄で、領土や歴史を巡る西の隣国の横暴に対し、独立不羈(ふき)の精神をもって新年の“初日の出”を迎えたいと書いた。昨年末に安倍晋三首相が靖国神社に参拝した慶事。ことほがれて平成26年は始まった。

 慶事という意味は2つある。1つは国際情勢に関して。日本は独立国ならば譲ってはならない局面にある。昨年の春秋の例大祭にも終戦の日にも首相は靖国参拝を見送ったにもかかわらず、中韓の横暴、無礼はやむことがなかった。ならば通すべき筋は通せばよい。参拝後、中韓は国際世論の場で盛んに日本を批判しているが、日本人はたじろいではならない。

 譲れない一線は、内向きに転じたアメリカに対してもしかりなのだ。「アメリカは世界の警察官ではない」とオバマ大統領が話して、シリアへの武力行使を見送ったのが昨年9月。国防費の強制削減に至ったその世界戦略は変更されざるをえず、各国は出方を見ている。そんな中で11月、中国は一方的に防空識別圏を設定した。アメリカはB52爆撃機を識別圏に飛ばして一定の圧力を加えたが、民間航空会社が中国に飛行計画を出すのを止めはしなかった。12月に訪中したバイデン副大統領も強く出ず緊張緩和に重きを置いた。

 これに先立ち、10月に来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官は靖国神社ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花した。首相は靖国に参拝すべきでない、というメッセージだったといわれている。しかしここにも、中国の台頭とアメリカの覇権の相対的な低下という内向きの論理があるはずなので、日本が自国の死者を追悼するのにアメリカの顔色を必要以上にうかがうべきではない。参拝後アメリカはすぐさま「失望している」という声明を出したが、日本は君子国として泰然と構えるべきである。首相の参拝は、中韓だけでなくアメリカに対しても独立不羈の精神を示したといえるのだ。

 ■参拝は国家に不可欠

 国家という公のために命をささげた人を国のリーダーが公的に追悼することは、国家に不可欠だ。国のため、同胞あるいは子々孫々のためにと散華した死者を追悼できない国など国とはいえず、生者のおごりに満ちたただの列島空間でしかなかろう。参拝しないことは道義にもとる、とさえいえる。首相参拝によって国の道義が守られたことが、慶事の2つ目である。

 日本の戦後は、公的な死者の追悼に関してもいびつな道をたどった。公人の参拝は憲法のいう政教分離に反するという主張が左派を中心に続けられ、昭和50(1975)年、三木武夫元首相は「私人」として参拝した。問題を避けた姑息(こそく)な手段といわねばなるまい。昭和60年に公式参拝した中曽根康弘元首相は国内の左派や中国などの強い反発を浴び、翌年はとりやめた。日本には圧力が有効だという先例になってしまった。

 いわゆる「A級戦犯」の合祀(ごうし)についても、いまだに国内でも批判的な見方があるので触れておく。A、B、C級というのは先の大戦を裁いた裁判での類型にすぎず、A級がB級より重いなどというものではない。中国あたりの圧力に及び腰になって巷間(こうかん)いわれるようにA級分祀(ぶんし)などということになれば、中国は次に、合祀されているB、C級についても圧力をかけてくる。

 さらにいえば、「A級戦犯」はあくまでも東京裁判における概念で、日本の国内法的には刑死・獄死した者は公務上の死亡者であり、遺族年金の対象にもなっている。「A級戦犯」とは、戦勝国が敗戦国を事後法的に裁いた特異な裁判での用語なのである。

 いたずらに反米的になるのは賢明ではない。しかしアメリカが方針を定めた日本の戦後にいまだに無批判でいることは、無責任のそしりを免れえまい。戦後、日本が守ってきた国際協調の姿勢は今後も貫きつつ、日本人としての背筋をぴんと伸ばしたい。

 ■戦後精神の修正を

 いびつな戦後の精神を正そうとした先人の足跡を、私たちは持っている。

 アメリカの対日占領政策の方針に、戦争の罪悪を日本人に周知させる計画、いわゆるウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムがあったことを確認した文芸評論家の江藤淳は、中曽根元首相の参拝に関して設けられた「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」の委員を務めた。途中でやめようと思ったという。日本文化の根源には生者と死者の共生という感覚がある、戦没者に対する国の態度を考えるときはこうした文化こそが問われるべきなのに、懇談会は憲法解釈など枝葉の話に終始している-。江藤はこのように懇談会の議論を批判する(「生者の視線と死者の視線」)。そして、日本人の顔をした占領者が占領を継続している、というのだ。

 生者と死者の共生について触れるくだりで、江藤は折口信夫(しのぶ)を援用している。大阪に生まれた折口は日本の西、この国が成った古代に思いを至らせ、独特の民俗学を築きまた歌を詠んだ。霊魂の来し方行く末を大きな主題とした折口の、その子は硫黄島で戦死した。

 昭和23年、折口は「鎮魂頌(ちんこんしょう)」という詩を発表した。「思ひみる人の はるけさ/海の波 高くあがりて/たゝなはる山も そゝれり」。詩はこのように始まり、こう結ばれる。「あはれ そこよしや。/あはれ はれ さやけさや。/神生れたまへり。/この国を やす国なすと/あはれ そこよしや/神こゝに 生れたまへり」

 この国よ安かれと見守る神々に、日本人は恥ずかしいことはできない。(大阪正論室長・河村直哉)
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