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米軍もさんざ日本じゃ慰安させ


秦郁彦

米軍もさんざ日本じゃ慰安させ

――朝日川柳――

再燃した慰安婦狂騒曲

 二〇〇七年三月六、七日の日本共産党機関紙『赤旗』は、「安倍首相『慰安婦』発言に世界から批判」の大みだしで、海外支局を動員して「事実を認めよ―中国外相『適切処理を』」「米NYタイムズが社説――事実ねじまげた日本恥をさらしている」のような記事を並べ、加えて「韓国6紙が批判社説」に「強制性もつのは明らか」という市田党書記局長の首相批判を添えていた。

 四月末の首相訪米をにらんで慰安婦問題に関する対日非難決議が米下院本会議で可決されそうな情勢なので、二月中旬頃から内外の新聞が興奮気味に書きたてていた。そのなかで、記事量がもっとも多い『赤旗』から引用させてもらったのだが、他の全国紙も負けていなかった。
秦郁彦

 読売、産経はおとなしめだが、毎日は三月八日の社説で「『河野談話』の継承は当然だ」と書いた。すでに六日の社説で「いらぬ誤解を招くまい」と題して、毎日とほぼ同主旨の主張を打ち出していた朝日は十日の社説で、「日本は北朝鮮による拉致を人権侵害と国際社会に訴えている。その一方で、自らの過去の人権侵害に目をふさいでいては説得力も乏しくなろう」と、北朝鮮国営放送に似た拉致と慰安婦の相殺論まで打ち出すに至った。

 それでも毎日は下院決議の不成立を望んでいるようだが、対応策としては「従軍慰安婦問題で謝罪してきたわが国の立場をていねいに説明することだ」としか述べていない。どうやら決議を阻止する知恵の持ち合わせはないらしい。これでは、日米開戦前に喧伝された「ABCD包囲陣」で追いつめられた状況と同じではないか。

 米下院決議には法的強制力はないのだから、静観し放置せよとか、ひたすら謝りつづけようという意見もあるらしいが、ここまで過熱した事態を収拾するには、この策は通用しないと私は考える。代りに速効性のある反撃策を提案したいが、その前にざっと内外環境の情勢分析をしておこう。
今回の決議案は五回目

 一言にしていえぱ、慰安婦問題はさまざまな思惑を秘めた内外の諸勢力が提起した政治問題である。クラウゼヴィッツ流に定義すれば、「他の手段をもってする政治の継続」ということになろう。だから、流血こそないものの、事実関係は棚にあげて甘言、強圧、だまし、トリックなど何でもありの秘術をつくした政治的かけひきが横行する。

 それに慰安婦問題は浅間山や桜島に似た火山のようなもので、一九九一年から九二年にかけての大噴火が、河野談話(九三年)やアジア女性基金による「償い金」の支給で収まったかと思えば、昭和天皇を有罪と宣告した女性国際戦犯法廷(二〇〇〇年)やその番組製作をめぐるNHK対朝日新聞の泥仕合(二〇〇五年)などで間歇的に噴煙を吹きあげる状況がつづいてきた。休火山というより活火山なのかもしれない。

 最新の噴火が今回の下院決議案をめぐる騒動なのだが、噴煙は数年前からカリフォルニア州やワシントン周辺でくすぶっていた。正確に言えば今回の決議案は五回目(一説では八回目)である。

 提出してもそのつど不成立ですんでいたのだが、昨年四月に提出された決議案(レイン・エバンス議員が主導)は九月に委員会は通過したものの、本会議へ行くことなく年末に廃案となった。さすがに委員会通過であわてた在米日本大使館が、ロビイストを雇って工作した成果だともいう。

 しかし引退したエバンス議員を引きついだ日系三世のマイク・ホンダ議員が本年一月三十一日に、同じ主旨の決議案を下院外交委員会へ提出、二月十五日には小委員会で元慰安婦三人が出席した公聴会も開催された。在米大使館はホンダ議員の意気ごみから、こんどは危いと感じたのだろう。

 加藤大使みずから反論書簡を下院に届けるなど採択阻止工作に乗りだすが、「日本政府は安倍首相が河野談話の継承を表明しているし、首相のお詫びをくり返してきた実績を認識して欲しい」と、ひたすら低姿勢の懇願調に終始したので効果は乏しく、共同提案議員は当初の六人から二十五人(二月末)へ、ついで四十二人(民主党三十二人、共和党十人、三月十二日現在)へと急増してしまった。

 昨年秋の中間選挙で民主党の「リベラル人権派」が外交委員会の委員長と同小委員長に就任したこともあり、今回は採択される公算が大きいと予想されている。

 では決議案を主唱しているマイク・ホンダとはどんな人物なのか、何を狙っているのか、突然の登場だけに手持ちの情報が乏しいので、ネットで検索してみた。すると同じ思いか、「ホンダとは誰だ?」式の論議が飛びかっている。

 日系人なのに、なぜ反日的行動を主導しているのかという違和感が先に立つのか、「日系人になりすまし」「本当は朝鮮系らしい」「ベトナム系中国人か」「経歴不詳の怪人物」といったぐあいだが、かりにも情報公開大国のアメリカで出自定かならぬ議員がいるはずはないと探してみたら、本人のウェブサイトにきちんとした身上記録が見つかった。れっきとした日系アメリカ人であることが確認できたので、つぎに略歴と政治活動の背景を紹介しよう。
ヘイデン法、主導者の一人

 ホンダは一九四一年六月、カリフォルニア州サンフランシスコ近くのウォルナット・グローブに食料品店を営む日本人を両親として生れ、半年後の日米開戦でコロラド州の日系人収容所に入る。一九五三年からストロベリー摘みに転じた両親とサンノゼに住み、地元の高校、州立大を経て、七四年大学院で修士号をもらい教師の道へ進む。

 その間に平和部隊の一員としてエルサルバドルで二年活動、その後は校長、教育委員を経て一九九六年、カリフォルニア州下院議員に選出され、九九年に成立したヘイデン法を主導した一人となる。

 ヘイデン法とは日本の「戦争犯罪」に対し、在米の日系企業を誰でも提訴できるとする州法で、総額百二十兆円の補償要求が出たが、連邦最高裁まで争い違憲と判定され敗退した途方もない悪法である。「戦争犯罪」には捕虜虐待、南京事件、慰安婦まで含まれていたから、二〇〇〇年から連邦下院議員となった彼にとって下院決議案はあきらめきれぬ宿願なのかもしれない。

 ホンダの政治活動にはサンノゼを中心とするシリコン・バレーを選挙区(第15区)としている事情も影響しているようだ。この地域はスペイン系のほか中国系、韓国系、ベトナム系の住民が多く、アジア系の人口比率が本土では最高の二九%を占めている。

 日系米人の対日心理も、考慮する必要があろう。白人の研究者から「アメリカにいるアジア系アメリカ人で母国の悪口を聞いて怒り出さない者はいないが、日系人は平気で、反日運動に加担する人さえいる。なぜだろうね」と聞かれたことがある。

 答えかねて、「日本に住む日本人でも反日家は少なくないからねえ」と逃げたが、最近は日系人のアイデンティティは消えつつあり、アジア系に吸収されてしまったと指摘する専門家もいる。ホンダ議員を支えているのも、広義のアジア系意識なのかもしれない。

 もちろん政治家である以上、彼が口にするのは美辞麗句ばかりである。彼の公式サイトから拾うと「正義の実現は日本のためになる」「カ州アジア人のコミュニティ拡大のなかで、横のつながりを阻んでいるものが過去の戦争の記憶なのだ」「平和な国際社会を育成するために、過去の問題を解決する和解を、われわれの世代が呼びかけるべきだ」のようなものだが、「日本叩き」で他のアジア系を結束し票固めをするのが本音かなと思わせる。

「彼は中国での人気が高い。また彼の活動には多くの在米韓国人が支援し協力を寄せている」という『朝鮮日報』のホンダ評はこのあたりを言い当てているかに見える。

 実際にホンダと連帯して下院決議案を推進してきたのは、ワシントンに本拠を置く「慰安婦のためのワシントン連合」の会長で、米地方裁判所に提訴した十五人の慰安婦の裁判闘争を支援してきた朝鮮系のソー・オクチャ博士である。

 二月十五日の公聴会も、三人の元慰安婦の証言が目玉になっているとはいえ、議事録を見ると真打ちはしめくくりの大演説をぶったソー女史と見てよいのかもしれない。内容から判断して、次に摘記した対日非難決議案(『赤旗』特派員・鎌塚由美記者の訳文)は彼女の起草かと推定する。
二十世紀最大の人身売買

 決議一二一号

 日本政府による軍事的強制売春である「慰安婦」システムは、その残酷さと規模の大きさで前例のないものと考えられる。集団レイプ、強制妊娠中絶、辱めや性暴力を含み、結果として死、最終的には自殺に追い込んだ二十世紀最大の人身売買事件になった。

 日本の学校で使用されている新しい教科書のなかには、「慰安婦」の悲劇や第二次世界大戦中の日本のその他の戦争犯罪を軽視しているものもある。

 日本の官民の当局者たちは最近……河野談話を薄め、もしくは無効にしようとする願望を示している。……このため、以下、下院の意思として決議する。

 日本政府は、

(1)日本帝国軍隊が若い女性に「慰安婦」として世界に知られる性奴隷(Sexual Slavery)を強制したことを、明確にあいまいさのないやり方で公式に認め、謝罪し、歴史的責任をうけいれるべきである。
(2)日本国首相の公的な資格でおこなわれる公の声明書として、この公式の謝罪をおこなうべきである。
(3)日本帝国軍隊のための性の奴隷化および「慰安婦」の人身売買はなかったといういかなる主張にたいしても、明確、公式に反論すべきである。
(4)「慰安婦」にかんする国際社会の勧告に従い、現在と未来の世代に対しこの恐るべき犯罪についての教育をおこなうべきである。

 読んでいるうちに口汚なく日本を罵る北朝鮮の国営テレビを思い出して気分が悪くなったが、多少の解説を加えると、(2)は在米大使館が歴代首相の謝罪を強調していることへの当てつけか。首相個人ではなく、内閣や国会の総意を代表しての公式謝罪でなくてはというのだが、受け入れたとしても「(今までは)本当の謝罪ではなかった」(下院小委員会のファレオマバエガ委員長)とか「天皇が全戦争犯罪に対し、より力強い謝罪をすべきだ」(三月七日付ロサンゼルス・タイムズ社説)式にとめどなくエスカレートする可能性が残る。

(3)はホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)に対する異論を、法的に処罰できるドイツの例を見習えという示唆とも読める。河野談話を薄めようとする者も、処罰の対象になるらしい。

(4)は前文で日本の教科書への苦情を述べているところから察すると、必ず慰安婦のことを書けとの注文かもしれない。
李容沫の「家出」

 いずれにせよ、「内政干渉」の見本と呼べそうな要求だが、下院小委員会のファレオマバエガ委員長(民主党、米領サモア出身の准議員)は『赤旗』(三月九日付)の鎌塚記者へ、「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」との安倍首相発言に反発して「私は、河野談話をしっかり読みました……首相は、談話の根拠となった(日本政府の)調査を信じていないというのでしょうか」と語り、「決議案の意味は、公聴会で元『慰安婦』の女性たちが語ったことがすべてだと思います」と述べている。

 どうやら決議案を支える二本柱は、河野談話と公聴会での慰安婦証言と見受けるが、前者の問題点は後まわしにして後者のほうから検分してみよう。

 公聴会が開催されたのは二月十五日、議事録によると場所は下院ビルの二一七二号室、主催は下院外交委員会の太平洋・地球環境小委員会、論題は「慰安婦の人権保護」となっている。

 会は小委員長の挨拶につづき、パネル?がホンダ議員の主旨説明、パネル?が元慰安婦の李容沫(Lee Yong Soo)、金君子(Kim Koon Ja)、ヤン・ルフ・オヘルネ(オランダ出身、現在は豪州居住)の証言、パネル皿は支援組織のミニー・コトラー、ソー・オクチャ(既出)の陳述の順で進行した。

 三人のうちオヘルネは一九四四年ジャワ・スマランのオランダ民間人抑留所から日本軍部隊の慰安所へ連行され売春を強制されたが、気づいた軍司令部の命令で二カ月後に解放され慰安所は閉鎖された。

 オランダ軍事法廷は戦後に責任者十一人へ死刑(一名)をふくむ有期刑を科したので、法的には六十年以上も前に終結した事件である。

 残りの二人は韓国人女性だが、ここではソウルの「ナヌムの家」に住み、語り部として訪日経験も多い李容沫の証言(要旨)を議事録から紹介したい。気になる個所に傍線を引いておいた。
「私の前半生」

 一九二八年十二月、大邸生れ。男五人、女一人の九人家族だが、貧しかったので学校は一年しか行かず、十三歳の時から工場で働く。一九四四年秋、十六歳の時に女友達のキム・プンスンと川辺で貝拾いをしていた時、丘の上から年長の男が私たちを指し、連れの三十歳代の日本人がやってきて誘った。おびえた私は走って逃げたが、数日後の早朝にキムが窓を叩いて小声で誘った。

 私は母に黙ってスリッパでそっと抜け出すと、数日前に見た日本人がいた。彼は人民軍のような服(People,s Army uniform)に戦闘帽をかぶり、三人の少女が一緒だった。合流して五人になった我々は駅から列車で平壌を経由して大連へ向った。途中で帰りたいと泣いたが拒否された。

 十一隻の船団に乗り、船中で四五年の元旦を迎えた。上海に寄ったあと台湾へ向ったが、途中で爆撃に会い乗船に爆弾が一発命中した。大混乱の最中に同船していた日本兵にレイプされた。これが私にとって最初の性体験である。

 船は沈みかけたが何とか助かり、私は血まみれで台湾に上陸した。同行した慰安所の主人(妻は日本人)は「おやじ」と呼ばれたが、時に暴力をふるわれた。

 新竹の慰安所ではトシコと名のり、毎日四、五人の兵士に性サービスした。そのうち性病にかかり、なじみの特攻パイロットにうつしてしまったが、彼は「君の性病は明日突っこむ僕へのプレゼントと考えるよ」とやさしかった。

 終戦となり、四人の仲間とともに帰国、両親にも私の体験を語らないまま、飲み屋で働いたり魚の行商、保険の外交員などをして戦後をすごした。
朝鮮人による「騙し」

 公聴会にひっぱりだした以上、目をそむけるような陰惨なエピソードのオンパレードだろうと覚悟して読みはじめた私は、いささか拍子抜けした。涙もあれぱ笑いもあって、テレビ局が飛びつきそうなメロドラマ風の筋立てではないかというのが率直な感想だが、彼女たちの身の上話には女工哀史を題材にした「ああ野麦峠」の百円工女のように成功美談風の物語も珍しくない。

 波乱万丈の一代記を出版した文玉珠(故人)もそのひとりで、ビルマでは「利口で陽気で面倒見のいい慰安婦」として将軍から兵隊までの人気を集め、三年足らずで二万六千余円の貯金ができ、五千円を仕送りしたという。本当なら、在ビルマ日本軍最高指揮官より多く稼いでいたことになる。

 もっとも彼女は一九九二年に時価修正しての払い戻しを日本の郵便局へ請求したが、断わられる不運な目にも遭っている。

 李容沫の場合は戦争末期なので仕送りするどころか、ただ働きに終ったろうと想像するが、動機は民間業者の甘言に乗せられた家出娘としか思えない。

 ではもうひとりの金君子はといえば、十六歳で養父のチョイ(朝鮮人警察官)からカネを儲けてこいと追い出され、「軍服」を着た朝鮮人の男からカネになる仕事があると言われ貨車に乗せられて、と申し立てている。本人が業者に騙されたか、養父が前借とひきかえに業者について行くよう命じたかのどちらかで、日本人はまったく登場しない。

 両人とも官憲による強制連行の影も見えず、朝鮮人による「騙し」と断定できる。なぜならそのころ朝鮮半島に居住していた日本人で、甘言を弄して朝鮮人女性を騙せるほど朝鮮語が話せる者は、皆無に近かったからだ。

 私が目にした元慰安婦たち数十人の証言は、多くが李や金の申し立てと大同小異だが、支援団体などが都合にあわせて手を入れるせいか、同一人なのに数通りの身の上話が流通する例は珍しくない。

 とくに連行事情が食いちがってはまずいと考えたのか、女性国際戦犯法廷の報告書は「参加被害者の略歴」欄から誰が騙したか、連行したかの主語を削り落してしまった。くだんの李容沫の場合も31頁の表1が示すように、連行事情について数通りの筋書きが「カムアウト」している。

 年齢、連行した男の素姓や服装の誤差は別として、大別すれば「家出」(1、6)と「強制連行」の二種になる。いずれも多かれ少なかれ「騙し」の要素がからむ。正反対に近い二種のいずれが真相に近いかと聞かれれば、公聴会の6は「赤いワンピース……」が抜けているだけで、デビュー直後の1とほぼ同じなので「家出」が正しいと答えたい。

「強制連行」のほうは支援組織やマスコミへのサービス発言だろうと推測するのは、細部の食いちがいが多すぎること、公聴会での証言からわずか六日後の参議院議員会館や二週間後の外国特派員協会などでは正反対の陳述を使いわけているからである。

 その間に「約束がちがう」と貴められたのか、参議院の集会では新立法運動を進めている福島瑞穂、岡崎トミ子、土屋公献、円より子氏らの顔を立てて典型的な「女郎の身の上話」を語ったのだろう。

 日本政府が慰安婦や慰安所の存在を否認していると思いこんでいるらしい彼女としては、「私が生きた証拠です」(living witness)と主張するのが眼目で、騙した男の素姓とか、沈みかけている船上でレイプされた話を信じてもらえるかどうかは関心の対象外なのではあるまいか。

 理解しかねるのは、韓国だけでまだ百十四人も生き残りがいるのに、公聴会をテコにして決議案を通そうとしているホンダ議員たちが、なぜ「性奴隷」の見本としてはふさわしくない慰安婦を証人に選んだのかという疑問だ。

 それにこの程度なら朝鮮戦争やベトナム戦争の帰還兵から、「われわれが通った米軍専用慰安所と変りないじゃないか」と異議が出るリスクもあるというもの。

 だが信仰にも似た先入観は恐ろしい。李や金を強制連行の犠牲者と思いこむ人士は多く、シーファー駐日アメリカ大使でさえ記者会見で彼女たちを「信用できる証人」(Credible Witnesses)と公言(三月十六日付NYタイムズ)したのには仰天した。
終戦三日後に特殊慰安施設

 そこでついでながら、日本軍以外の「戦場の性」の実状をのぞいてみよう。詳細は拙著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、一九九九年)にゆずり、ここではアメリカの日本占領期、朝鮮戦争、ベトナム戦争における米兵の性行動に絞る。

 米軍占領期の日本人慰安婦の生態についてはドウス昌代『敗者の贈物』、いのうえせつこ『占領軍慰安所』や各県の警察史など参考文献は少なくないが、「良家の子女」を守るため内務省の発案で有力業者に話をつけて「特殊慰安施設協会」(RAA)が組織されたのは、終戦から三日後という機敏さだった。

 大蔵省の緊急融資で東京大森の小町園に第一号が開店したのは一九四五年八月二十七日。朝日新聞などに出た「急告 特別女子従業員募集 衣食住及高給支給、前借にも応ず」の募集広告に応じて、千数百人の女性が集まった。

 最初は女性一人につき一日最低十五人から最高六十人までの米兵を相手にさせられたが、全国でピーク時には七万の女性が集まり、混雑は緩和された。一対一で囲われる「オンリーさん」は、彼女たちの出世頭ともいえる。

 それでもレイプする米兵は絶えなかったが、米軍から報道を禁じられた日本の新聞は「犯人は背の高い男」と書き、憂さを晴らした。

 一九五〇年に起きた朝鮮戦争で在日米軍の主力は朝鮮半島に出動、三年後に休戦となったが、それいらい半世紀にわたって在韓米軍の駐屯がつづく。韓国政府のお膳立てで基地周辺には米兵用の売春婦が群がり、彼女たちは米軍の強制検診を受け安全カードが必携とされている。

 米軍司令官のなかには買春抑制を指令した例もあるが、互助会がストをうって米軍を屈伏させた話もある。

 韓国政府の発表だと二〇〇二年の売春従事者は三十三万人、売上額は二兆四千億円、GDPの四・一%に達する(『東京新聞』二〇〇三年二月七日付)という。今でもつづく繁昌ぶりに米兵の寄与率は決して低くはないだろう。

 買春に関わっているのは韓国軍も同様で、二〇〇二年二月には立命館大学の国際シンポジウムにおける韓国の女性研究者(金貴玉)の報告は、慰安婦問題に関わっている日本のフェミニストたちに少なからぬ衝撃を与えたと、山下英愛(同大講師)は書いている(『週刊金曜日』〇二年八月九日号)。
韓国政府の頭痛の種

 金貴玉氏は韓国軍が経営する慰安所があった事実を九六年頃から突きとめていたが、「日本の右翼に利用される」ことを恐れて発表を控えてきたのだという。彼女の発表によると、韓国陸軍本部が一九五六年に編纂した朝鮮戦争の『後方戦史(人事編)』に固定式慰安所――特殊慰安隊があり、慰安婦は「第五種補給品」の名目で部隊にあてがわれた。そして五四年三月までに四カ所で八十九人の慰安婦が年間二十万四千五百六十人の兵士を相手にしたとされる。

 韓国を告発する韓国人は他にもいる。ベトナム戦争で勇猛ぶりを発揮した韓国兵は「ベトナム人殺しと女買いの悪いイメージを残したのです……ベトナムに対して韓国は、三十数年間、過去を清算しなかったのです」(『世界』九七年四月号)と指摘したのは韓明淑女史だが、五千人とも三万人ともされる混血児の後始末は韓国政府には頭痛の種らしい。

 しかし何といっても、ベトナム戦争の主役は米軍である。サイゴン(現ホーチミン)を中心にベトナム人女性による売春産業は繁栄をきわめた。米軍の公式戦史はもちろん新聞も、この領域にふみこんだ記事はほとんど報道していない。

 幸いライケに駐屯した第一師団第三旅団(兵力四千)の駐屯キャンプにおける慰安所の実況について、スーザン・ブラウンミラーがピーター・アーネット記者(ピューリッツァー賞受賞者)に試みたヒアリングがあるので、次に要旨を紹介しよう。
米軍の性病感染率

 一九六六年頃までに、各師団のキャンプと周辺には「公認の軍用売春宿(Official military brothels)」が設置された。ライケでは鉄条網で囲まれたキャンプの内側に二棟の「リクリエーション・センター」があり、六十人のベトナム人女性が住みこみで働いていた。

 彼女たちは米兵の好みに合わせて『プレイボーイ』のヌード写真を飾り、シリコン注射で胸を大きくしていた。性サービスは「手早く、要領よく、本番だけ(quick,straight and routine)がモットーで、一日に八人から十人をこなす。料金は五〇〇ピアストル(二ドル相当)で、女の手取りは二〇〇ピアストル、残りは経営者が取った。

 彼女たちを集めたのは地方のボスで、カネの一部は市長まで流れた。この方式で、米軍は「ディズニーランド」とも呼ばれた慰安所に手を汚していない形にしていたが、監督は旅団長で、ウエストモーランド司令官もペンタゴンも黙認していたのである。
 女たちは週ごとに軍医の検診を受け、安全を示す標識をぶらさげていたが、それでも米兵の性病感染率は千分比で二〇〇(一九六九年)に達していた(Susan Brownmi-ller,Against Our Will,1975,PP.94-95)。

 長々と引用したのは、米軍がコピーしたのかと思うほど日本軍慰安所の生態と瓜二つなので、この本を読めば米下院議員の諸氏に対する説得が省略できると考えたからでもある。ただし、女の取り分は日本軍のほうが良かった(五割以上)かわりにシリコン注射の技法はなかったことを付け加えておきたい。ベトナム戦争末期には、この種の女性たちが三十―五十万いたと書いているシンシア・エンローの著書も参考になる。

 こうした比較考察から引きだせる対策として、ブラウンミラーの著書の数ぺージを配るというしごく単純な手法がある。

 そしてマイク・ホンダ議員たちヘアメリカに対日非難の資格ありやと問うて決議案を取りさげてもらうか、非難の対象を「日本政府」から「日米両国政府」に修正するよう働きかけるのはどうだろう。

 効果があるかねえと冷かされそうだが、成否の問題ではない。何を言われても謝るか、泣き寝入りする習性が身についてしまった戦後日本人に、不当な言いがかりには言い返す気力を持たせるきっかけにするだけでも意義があると思うのだが――。
裏目に出た河野談話継承

 さてホンダ議員たちへの働きかけは、とりあえずの頓服薬にすぎず、中長期的には河野談話の撤回ないし修正が課題だろう。

 その動きは談話の直後から断続してきたが、最近になって保守派議員で構成する自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(中山成彬会長)の「慰安婦問題小委員会」(中山泰秀委員長)が官邸から要請もあって見直し作業に着手した。

 そして三月一日に具体案を作成したが、委員会では硬論と消極論が対立してまとまらず、八日に調査研究を継続するため政府資料の提供を首相に約束させるだけに終った。

 ところが約束したとはいえ、河野談話の根拠となった政府調査団(内閣外政審議室で編成)による十六人の元慰安婦からの聞きとり記録は見せられないというのだから、党側が「二階へ上げてハシゴを外された」と怒るのもむりはない。

 しかし、安倍が首相に就任した直後からのふらつきぐあいを見ていれば、そもそも無理な注文ではあった。

 念のため河野談話に触れた首相と周辺の言行をたどっていくと、安倍はまず昨年十月五日、衆議院予算委員会で民主党の菅代表代行へ「私を含めまして政府として(河野談話を)受け継いでいる……私の内閣で変更するものではない」(国会議事録)と答弁している。

 さらに菅氏から、九七年の答弁で河野談話に疑問を呈しているではないかと突っこまれ、「狭義の強制性はなくても広義の強制性に議論が変わっていった」とも述べているが、わかりにくいせいか後段を伝えなかった新聞も多く、継承するという前段が突出してしまった。

 しかも十月二十七日には下村官房副長官が外務委員会で首相と同主旨を述べたついでに「閣議決定なので……」と言い添え、首相もフォローしたので談話の修正は簡単にはいかないと印象づける。河野談話が閣議決定だというまちがった思いこみ、当の河野洋平氏が現職の衆議院議長に座っているという重みが首相の腰をぐらつかせたのかもしれない。
狭義から広義へ

 米下院の決議案がクローズアップされてきた二月中旬から論議は再燃した。十九日の予算委員会で稲田朋美議員(自民)が「河野談話を撤回する考えはあるか」とただしたのに対し、塩崎官房長官は「政府の基本的な立場は河野談話を受け継いでいる」と答えた(二十日付産経)。

 次に三月一日の記者団会見で首相は、河野発言の継承には触れず、「強制性を裏付ける証拠はなかったのは事実ではないか」「(強制性の)定義が(〈狭義〉から〈広義〉へ)変わったということを前提に考えなければ」などと語っている。

 これに対しニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどアメリカの主要新聞は一斉に二日の紙面で、首相が河野談話を全面否定したと書きたて、さらに国粋主義者、歴史修正主義者と批判した。

 産経新聞でさえ、「(首相は)河野談話が対日キャンペーンの口実に使われていることを憂慮。見直しに着手すべきだとの姿勢を示したものとみられる」と解説したぐらいだから、海外紙が「誤解」してもやむをえず、むしろ首相の「あいまい戦略」によるわかりづらいレトリックが崇ったというべきだろう。

 ともあれ国際的反響の厳しさに動揺したのか、安倍首相は五日の参議院における質疑で、あらためて「河野談話は基本的に継承していく」と述べた。しかし強制性を狭義と広義に分け、わかりやすくするつもりか、前者は「官憲が家に押し入って連れていく」場合、後者は「間に入った業者が事実上強制したこともあった」事例と説明したのが裏目に出た。

 私も発言の真意を測りかね、誤解か曲解の玉突き現象が起きはしないかと危倶していたら、やはり次のような論評が出た。

 毎日新聞
「(首相は)従軍慰安婦の強制性について狭義と広義の意味がある」と定義を使い分けることで、過去の発言との整合性を取る戦術を取ってきた。微妙なニュアンスは海外まで伝わらず、歯切れの悪さが「旧日本軍の関与を否定するもの」と受け取られている(三月六日付)。
 R・サミュエルズMIT教授
 それにしても、今回の安倍の対応はアメリカ人には不可解に映る。河野談話が誤った歴史認識に基づいているというのなら、なぜ公式に撤回しないのか……強制に「広義」と「狭義」があるという日本政府の言い分は、理解せよというほうが無理である(『ニューズウイーク日本版』〇七年三月二十一日号)。

広義の強制に転向

 どうせ叩かれるのなら難解な二分法を使わず、単純明快に「官憲による強制連行はなかった」だけで押し通すほうが、メディア戦略としてはベターだったろう。しかも皮肉なことに安倍流の二分法は、マイク・ホンダが「勇気づけられる政治家」、朝日社説が「潔い態度」と称讃する河野洋平氏、一九九一年の「ピッグバン」で立役者となった吉見義明教授のレトリックと見分けがつかぬ姿となってしまった。その理由を少し説明しよう。

 朝日新聞によれば河野は、一九九七年のインタビューで、政府による強制連行を証明する資料は見つからなかったが、「本人の意思に反して集められたことを(広義の)強制性と定義すれば……数多くあったことは明らか」(九七年三月三十一日付)と語っている。河野自身がすでに河野談話の修正をすませていると見てもよい。

 強制連行説から出発した吉見氏も九〇年代半ばから慰安所生活に自由がなかったとする広義の強制論者へ転向した。

 考えて見れば、「広義の強制」論議ほど不毛なものはない。兵営に閉じこめられ、銃弾の中を突撃させられる兵士、前借金をもらい一方的にトレード(人身売買?)されるプロ野球選手、沖縄戦で動員された「ひめゆり」部隊、さらには公娼制のもと親に売られ内地や朝鮮の遊郭と呼ばれる「苦界」に身を沈めた女性と、どこで線引きするのか。

 そこで、これ以上の混線を招かないため河野談話のどこをどう直せばよいのかという実用的な視点から、「狭義の強制」に関わる部分に限定した私案を次に提示してみよう。他の部分も関連しての手直しが必要だが、省略する。

 慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧など、官憲等が直接これに加担したこともあった。

 右のうち(1)を削除、(2)を威迫、(3)を「直接間接に関与」か「取り締る努力を怠った」と修正したい。(1)を削除するのは、軍と業者は一方向ではなく、商取引の基本に則し、「魚心に水心」の関係としてとらえたいからである。

 たとえば37頁の新聞広告を眺めてみよう。募集人が民間人、行き先が軍の慰安所であることに疑問はないが、軍の「要請」かどうかは不明である。話がついていたにせよ、軍が前借金まで負担したとは考えられぬから、業者の売りこみから始まったのかもしれないし……と詮索しても無意味だろう。

 私が意外に思ったのは、この種の募集広告が『ワシントン・ポスト』に比肩する『京城日報』という朝鮮最大の新聞に堂々と掲載されていたことだ。広告主は座して待っていれば、京城帝国大学卒業生の初任給の三倍にもなる高給に惹かれた女性たちが続々と応募してきたはずで、リスクの多い「強制連行」に頼る必要がなかった証左にもなる。

(2)はたとえば前借金を親に払った業者が、嫌がる娘に脅し文句を使った事態だとすれば、「威迫」と表現するのが適切と考えたからである。

(3)は最大の争点に関わるが、十数年にわたり関係者が血まなこで探しても証拠らしきものが見つからぬ以上、直接加担はなかったと断定してよいだろう。しかし全面削除では反発が大きすぎるのを配慮して、取締り不足の責任を残すことにした。オレオレ詐欺や金属泥棒の横行に、警察の責任を問うのと同列と考えてよい。
買春ではなく連続レイプ

 だが火の手が燃えさかるピーク時には消火剤も放射水も効用がないように、目下の第二次慰安婦騒動にはどんな手を打っても無駄な気がする。思えば十数年前の第一次騒動時も、支援者や運動体に煽られて、マスコミも熱に浮かされた狂態ぶりで、異論に耳を傾けてくれる人は稀だった。

 カトリックの日本人枢機卿が国会前に坐りこみ集団断食で抗議しようと呼びかけたり、二百万円の見舞金を「韓国では犬の値段だ」とわめく元慰安婦が登場した情景が思い出される。

 そうした異様な熱気のさなかで、河野官房長官が周防正行監督なみに「それでも日本はやってない」と言い張る勇気を持てなかったのは、わからぬでもない。

 では今回はどうか。熱源になったアメリカなどの先進諸国に比べ、中韓両国の興奮度は意外に低い。たとえば中国の各紙は三月十一日に「安倍首相が慰安婦に対しおわび」したと論評抜きで報じた程度だが、昨年の対日論調を覚えている人は、かえって気味悪がるかもしれない。

 韓国については、ソウル駐在の黒田勝弘特派員が三月十四日の産経紙上で「日本軍の慰安婦犯罪はアジアを超えて世界的な公憤の対象になった」とか「対日圧力の世界化ネットワークを」といった新聞論調を紹介、「日本人拉致問題をめぐる日本における北朝鮮たたきに対する報復心理が微妙にうかがわれる」との外交筋の見方を伝えている。

 つまり背後には蕫北朝鮮の影がある?というのだが、既出のように朝日新聞が同調する気配を見せているから、逆流する形でわが国の「反日派」が勢いづく事態も予想される。

 とかく千波は万波を呼ぶ。虚実とりまぜた誇大宣伝は相乗効果を生み、とめどなくエスカレートしがちだ。海外メディアで目についたのは「買春ではなく連続レイプだった」(ニューヨーク・タイムズ)、「安倍首相は耳が聞こえないのか」(英エコノミスト誌)、「天皇が謝るべきだ」(ロサンゼルス・タイムズ)、「ホロコーストなみの大罪」(マーク・ピーティ教授)といったところだが、便乗する形でレイプ犯罪の告白まで登場してきた。
それでもボクはやってない

 三月十六日と十七日の各新聞は、政府が河野官房長官談話を継承するが、あらためて閣議決定にはせず、同談話の「発表までに政府が発見した資料の中には『軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった』とする答弁書を閣議決定した」(十六日付朝日夕刊)と報じた。

 現段階における最終的な日本政府の対処方針と見なせるが、あい変らずまわりくどい言い回しなので、慰安婦問題の最終的な解決に結びつくかどうか疑わしい。問題の下院決議は不可避と覚悟したうえで、せめて安倍訪米後まで延ばして欲しいとの思いなのかも知れない。

 それはそれとして、早急に必要なのは誤認ないし誤解されている基本的事実について、説得性に富むデータ(とりあえずは英文)を発信することだろう。

 海外では令名のある歴史家や法律家でも、慰安婦問題に対する事実認識はおどろくほど低い。ダイナ・シェルトン教授(ジョージ・ワシントン大学教授)を例にとると、「大多数(most)の歴史家は、徴用(conscript)された女性は十―二十万と算定している」「彼女たちの大多数は朝鮮人と中国人」「多くが誘拐(kidnap)され、レイプされた。次はだまされた者で、親に売られた者もいる」(ロサンゼルス・タイムズから三月十一日のジャパンタイムズヘ転載)のような認識である。

 まちがいだらけなので私なりに訂正すると、「慰安婦の総数は二万人以下で強制的に徴用した例はない」「最多は日本人女性」「多くは親が業者に売ったか、業者の募集に応じた者で、だまされた者もいる」となる。ついでに慰安所の生活条件は、平均してベトナム戦争時の米軍慰安所とほぼ同じと付け加えたい。

 そして内外の運動家たちには、中国だけで半年間に救出した誘拐や人身売買(多くは強制売春)の被害者は十一万人以上とチャイナ・デイリー紙(二〇〇〇年九月十七日付読売)が伝える現在の性犯罪根絶へ向け、奮闘してもらいたいと願う。

注1 六月二十六日下院外交委員会は39・2で決議案を採決した。共同提案議員は百四十六人に達した。

2 七月中旬に大陸の全体決議採決が予定されている。
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