”捕虜の処刑”は虐殺か?~「南京事件」肯定派「ゆう」氏を論破してみました

中共の国家指導者習近平はドイツにて日本軍の残虐さと30万人の大虐殺、
いわゆる南京大虐殺をあげて日本国を非難した。

だが、市井のブログにも、南京大虐殺の無い事を史実だてて説明する者は
多数存在する。日本人は信用のできるサイトの事実を掲示する事で、
中共習近平の戦争プロパガンダを論破する事ができる。

中共の嘘は、幕府山事件もあると言う事で、個々の事件の詳細は、認識されている。


”捕虜の処刑”は虐殺か?~「南京事件」肯定派「ゆう」氏を論破してみました
ライター:y1892aさん(最終更新日時:2014/1/19)投稿日:2013/2/17 アドバイス受付中!
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n155583

”南京事件”肯定派の「ゆう」氏による「南京事件 初歩の初歩」
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html
http://megalodon.jp/2013-0522-0930-07/www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html
こちらを参考にして、彼らの「捕虜処刑は虐殺論」を論破してみたいと思います。
なお、彼はたくさんの南京事件関連図書を和書のみならず洋書まで読みあさるネット界の「南京事件博士」です。
http://www.geocities.jp/yu77799/bookguide.html
※緑色の文字は「ゆう」氏のHPからの引用です。

1.幕府山事件
2.安全区掃討
3.下関の捕虜殺害
4.その他の捕虜殺害(66連隊事件)
5.民間人殺害 スマイス報告


このうち、5の民間人殺害についてはこちらで論破済みです。
『南京大虐殺(南京事件)』での一般市民殺害は?~スマイス報告を中心に
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n151348

ですので、ここでは一般市民殺害以外の、1~4を焦点にします。

まず、これらのポイントを頭に入れておいてください。

a.『交戦資格を有しないものが軍事行動に従事する場合には、敵に捕らえられた際、捕虜としての待遇は与えられず、戦時重犯罪人としての処罰を受けなければいけない』(田畑茂二郎著「新訂国際法」)
→捕虜としての待遇を受けられる敵兵と、戦時重犯罪人(交戦資格のない捕らえられた敵兵)がある。


b.『非交戦者の行為としては、その資格なきになおかつ敵対行為を敢えてするが如き、いづれも戦時重罪犯の下に、死刑、もしくは死刑に近き重罪に処せらるるのが戦時公法の認むる一般の慣例である』(信夫淳平著「上海戦と国際法」)

c.『交戦資格』ハーグ陸戦条約第一条より
一  部下の為に責任を負う者その頭に在ること※1
二  遠方より認識し得へき固著の特殊徽章を有すること※2
三  公然兵器を携帯すること※2
四  その動作につき戦争の法規慣例を遵守すること

d.シナ事変(日中戦争)は中国側の侵略行為~第二次上海事変
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n14697
・国民党軍の爆撃により民間人3000人以上の死傷者
・1932年の第一次上海事変の停戦協定で取り決めた中立地帯にトーチカを築いて日本兵を誘い込み、南京攻略までに21300もの日本兵が戦死

e.日本側は降伏勧告をした。中国国民党の蒋介石は降伏勧告を無視して南京死守を命じて、南京を戦場にした。そして蒋介石と司令長官の唐生智は逃亡して南京を混乱せしめ、市民20万人の命を危険にさらした。そして戦場で兵士が死ぬのは自然なこと。兵士の死を責めるのなら南京を戦場にした蒋介石と唐生智を責めるべき。

f.中国側の司令官(※1)が南京にいなかったため統率がとれず停戦交渉も不可能だった。ゆえに戦闘は継続していたと見なされる。

g.当時の南京は「防守都市」だったので無差別爆撃することもできたが日本側はしなかった。無差別爆撃した場合の被害(二〇万人?)よりも少なかったのならその被害は許容されるべき。
http://www21.atwiki.jp/nankin1937/pages/23.html

h.中国側の数々の国際法違反で「戦時復仇」が成立する
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-940.html
「戦時復仇」で助命を拒否できることは多くの国際法学者の認めるところです。

i.捕らえられた敵兵はことごとく処刑されていたわけではなかった
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-929.html
汪兆銘の南京政府軍に編入された中国兵捕虜【写真1】など

j.佐藤和男氏『南京事件と戦時国際法』より
http://www21.atwiki.jp/nankin1937/pages/16.html
『南京攻略戦の開始にあたり、中支那方面軍司令官・松井石根大将が国際法顧問の斎藤良衛博士の意見を 徴して作成した「南京城攻略要領」(十二月七日、全軍に示達された)中の「注意事項」を見ても、交戦法規遵守への日本軍のなみなみならぬ決意が知られる。 』



1.幕府山事件

戦史叢書『支那事変陸軍作戦<1>昭和十三年一月まで』
『・・・・第十三師団において多数の捕虜が虐殺したと伝えられているが、これは15日、山田旅団が幕府山砲台付近で1万4千余を捕虜としたが、非戦闘員を釈放し、約8千余を収容した。ところが、その夜、半数が逃亡した。警戒兵力、給養不足のため捕虜の処置に困った旅団長が、十七日夜、揚子江対岸に釈放しようとして江岸に移動させたところ、捕虜の間にパニックが起こり、警戒兵を襲ってきたため、危険にさらされた日本兵はこれに射撃を加えた。これにより捕虜約1,000名が射殺され、他は逃亡し、日本軍も将校以下7名が戦死した。・・・・』
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/Bakufu.html

板倉由明著『本当はこうだった南京事件』より
『小野賢二資料集掲載の兵士の日記にも、しばしば作戦についての言及がある。しかし、その多くは確実に把握した正確な情報では無く、小耳に挟んだ知識の断片や伝聞・噂のたぐいである。…この資料集だけから軍の意向を判断するのは本質的に無理である。』
『日本人は本質的に冷酷になれないから、捕虜を見殺しにする勇気が無い。敵が食料を足ったら捕虜から先に餓死させれば良い。放って置けば「虐殺」でなく自然に死ぬものを、何とかせねばならぬと思い詰めるから精神的動揺が生ずる。南京への急進撃の結果、各部隊への補給は途絶えがちで、日本軍自体が食糧不足のため困窮している状態で、我に十倍する捕虜への給養はいかに努力しても不可能であった。速やかに何らかの処置をせざるを得ないと思い詰めたのが事件の原因かもしれない。なんと言っても殺し合いが終わってわずか2,3日しかたっていない。もちろん、山田支隊長以下の幹部をそこまで追い詰めた責任が捕虜対策の貧困あるいは欠落していた軍の首脳部にあることは否定できないが、現在明らかになっている史料の客観的分析からは、大量の捕虜を皆殺しにしようという意図も計画も感じられない。もちろんそれを示唆する軍命令も無い。』
『一万人を四列縦隊にして前後の感覚を1メートルにすると2千5百メートルの長さになる。(中略)収容所と殺害現場の距離は4~5キロというから、先発組が現場に到着してもまだ3分の2は収容所から出発できない。最後尾が到着するまで先発組は5時間も吹きさらしの河原で待つことになり、路上には延々たる捕虜の列が7時間以上も続く。(中略)結局捕虜の実数は一万人など居なかった、と考えるのが最も合理的な説明である。』

毎日新聞 昭和59年8月7日栗原利一伍長インタビューより
http://www.geocities.jp/kk_nanking/butaibetu/yamada/kurihara01.htm
『栗原さんによると、捕虜を殺したのは、十二月十七日から十八日の夜で、昼過ぎから、捕虜をジュズつなぎにし、収容所から約四キロ離れた揚子江岸に連行した。一万人を超える人数のため、全員がそろった時は、もう日が暮れかかっていた。』

栗原利一伍長証言 南京大虐殺研究札記
http://www.geocities.jp/kk_nanking/butaibetu/yamada/kurihara06.htm
『細かい点はわかりませんよ。そこに策略があったかどうかわかりませんが、トラブルが起れば”殺すしかない”という用意はあった。こっちは百何十人、あっちは1万数千人ですからね。彼らをとり囲んで、機関銃が構えていました。将校以下、7名が殺されたわけですから”やっちまえ”ということになった』
『私たちは、それまでに痛い経験を何度もしているんです。ちょっと気をぬいたばかりに手痛い被害を何度も受けてきた。あの時の同じように、捕虜を集めて、反乱された時もある。捕虜は逃げ、こっちは殺されることもあった。したがって”反乱したらやるしかない”という用意があったのも当然だったわけです』
『当時、1万3500人と聞いていたし、内地の新聞でもそのように書いたのだけど、ほんとうにそれほどいたのかどうか...。それは誇張で、連れてきたのは、せいぜい4、5千人から6千人ぐらいの間じゃなかったのかなあ。人間1万人というのを坐らせたら容易じゃないですよ。言われて聞いて、1万数千人ということであって、実際は...』

栗原利一伍長証言
http://www.history.gr.jp/~nanking/sougen_nanking11.pdf
偕行社「南京戦史」の取材に対して『(毎日新聞の報道について)真意は逆である。大虐殺の立証に利用されて迷惑を感じている。』

板倉由明氏の言うとおり、一万人を4キロも離れたところに誘導するのは7時間くらいかかるのだが、「昼過ぎから」出て「日が暮れかかる」までに「一万人」が「全員そろった」のはおかしいですよね。
12月の南京は6時なら「まっくら」ではないでしょうか。栗原利一伍長も言っているとおり4千から6千くらいの人数だというのが妥当な線です。

栗原利一伍長の証言について論争があるようです。
http://www.geocities.jp/kk_nanking/butaibetu/yamada/kurihara03.htm
『長兄の受けつづけた虐待と、父の戦場での行為が父の精神面に与えた影響との関係が将来的に明かにできるかもしれない』
なんだか変な動機ですよね?親子の確執でしょうか?かなり「私情」を挟んでますね(笑

小野賢二氏「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」に掲載された資料群の信憑性
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-824.html
日記の記録者は、二名を除いてみんな仮名ですね。こんなの信用して良いんでしょうか?

毎日新聞のインタビューや伍長の息子による聞き取り、小野賢二資料群は信用しない方がよさそうです。

この事件の実態は、あまりに多い捕虜の処遇に困り、揚子江対岸に移動させて釈放しようとしたが失敗した、つまり「宣誓に依らざる解放」の”失敗”です。
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/Bakufu.html#ch8
『最初から計画的な処刑であるなら、捕虜を集めたところで一斉に撃ち殺せば済むことです。連行途中で暴動が起ったならともかく、集結が終ってから味方に犠牲が出るまで処刑する側が待たねばならない理由は皆無です。』

これは、戦時重犯罪人をやむをえず銃殺した、ただそれだけのことです。それにしても、一瞬の躊躇が命取りになる戦場での「現場兵士の国際法解釈」の是非を70年たってもつつきまわす肯定派の目的は何なのでしょうか?

この点についてはひきつづき4.で考察します。


2.安全区掃討

冒頭に示したように、「交戦資格」を有しない便衣兵は戦時重犯罪人であり死刑もやむなし、となりますが、「便衣兵も裁判にかけなければいけない」とわめき散らすわからずやの「肯定派」があとを絶ちません。

「ゆう」氏いわく、
『私見ですが、「安全区掃討」の是非は、「国際法」のややこしい議論に突入するまでもなく、「常識」で考えればいいことだと思います。もう戦闘は終了しているのに、戦闘意欲を失った元兵士を片っ端から引っ張り出し、そのまま何キロも歩かせてまとめて殺害する。しかもその中には誤認連行された民間人も大量に存在している。「虐殺」だと感じれば、普通の感覚でしょう。』

戦場で生きるか死ぬかの修羅場をくぐった人を、このような幼稚な暴論で犯罪者扱いする彼の人間性を疑ってしまいます。しかも戦闘が終了したという事実はない。「誤認連行された民間人が大量に」、なんて何の根拠も無い(笑)

板倉由明著『本当はこうだった南京事件』より
『昭和21年7月26日、東京裁判で、許伝音証人は、12月14日朝8時頃委員会本部でおこった「事件」を証言した。フィッチも14日朝陸軍大佐が来たことを日記に記している。用件は安全区の捜索をする許可を求めたのだが、許氏はラーベ、フィッチと3名で応対し、その申し出を、ここには「武器を携帯している中国兵士はいない」と断ったと証言している。』
『筆者は、安全区の掃蕩が、必要以上と思われるほど過酷なものになった理由の一つは、この敗残兵捜索の拒否にあると思っている。日本側は利敵行為と反感を持ち、掃蕩を強行した。事実、数千の敗残兵が高級将校を含めて区内に潜伏していたのであり、膨大な武器弾薬が発見されたのだから、ゲリラ戦の準備中、と判断されることになる。』

軍服を脱ぎ捨て、一般市民に紛れ込んだだけで無く、武器を隠し持っていたのである。(※2)そのうえ、彼らをかくまって嘘をついていたのは安全区国際委員会(以下「委員会」)だったのである。どうして戦闘が終了したと言えるのか?いったい何が戦闘の終結を担保するのか?
すくなくとも結果的には中国兵は一般市民の命を盾に戦闘を継続していた、そして委員会は彼ら戦時重犯罪人に協力していたことになります。

信夫学説の解釈(即決処刑を認める)
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-1037.html
『その現行犯者(安全区に潜伏する便衣兵)は突如危害を我に加ふる賊に擬して、正当防衛として直ちに之を殺害…は固より防げない。』

12月下旬以降の便衣兵摘出は、憲兵により取り調べられており(【写真4】参照)、日本軍は良民証を発行するなど、一般市民に危害が及ばないようできる限りのことをしていました。
http://youtu.be/ID8wxiluml8
【写真1】のような事例もあります。日本側の対応が非人道的ならこんな事例はありえないのではないでしょうか?

欧米人も合法だと認識していた便衣兵の処刑
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-911.html

責任を問われるべきはジョン・ラーベら国際委員会であり、戦闘員であるにもかかわらず安全区にまぎれこみ市民を危険にさらす便衣兵となった中国兵、そしてもっとも責任が重いのは司令長官唐生智です。大虐殺派も唐生智の責任は否定しません。
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-877.html

できるかぎり一般市民に危害が及ばないようにした日本軍が責任を負うべきでしょうか?

合法ですね。


3.下関の捕虜殺害

「ゆう」氏の根拠は、ダーディン、スティール、スミスら欧米の記者と、従軍画家住谷盤根の回想だけのようです。これらの証言は、安全区掃討で摘出した戦時重犯罪人の処刑現場に遭遇した、ただそれだけのことです。それをわざわざ、2.安全区掃討と別立てで「捕虜殺害事件」なんて呼ぶことが意図的と感じられて可笑しいです。

二月四日<シカゴ・デイリー・二ュ-ズ>スティール
『日本軍は兵士と便衣兵を捕らえるため市内をくまなく捜索した。何百人もが難民キャンプから引き出され、処刑された。男たちは二、三百人ずつのグループで適当な処刑場に集められ、小銃と機関銃で殺された。あるときは、捕らえられた数百人の集団を片付けるため戦車が繰り出された。』

スティールの記事にもあるように、一般市民に余計な不安を抱かせる恐れがあるので安全区に潜伏していた戦時重犯罪人をその場で射殺するわけにもいかず、やむをえず下関まで連行されて処刑された、ので何も違法性は無いことになります。「南京戦史」でも確認できます。
http://www.history.gr.jp/~nanking/sougen_nanking11.pdf

これは、2.安全区掃討と同様、合法ですね。


4.その他の捕虜殺害(66連隊事件)

「ゆう」氏いわく、
『12月12日、中華門を攻略していた歩兵第66連隊は、「日本軍は捕虜は絶対に殺さない」と中国軍に投降勧誘を行い、その結果1500人余の中国軍兵士が投降してきました。(中略)何とまあ、「命は助けてやる」と投降を勧誘しておいて、結局は全員殺してしまったわけです。 誰が見ても、弁解のしようがない「虐殺」です。』

降伏勧告文にて「捕虜は絶対殺さない」ではなく、『日軍は抵抗者に対しては極めて峻烈にして寛恕せざるも、無辜の民衆及び敵意無き中国軍隊に対しては寛大を持ってこれを犯さず』と勧告したのです。
中国兵に「日本軍は捕虜は絶対に殺さない」と叫ばせたのが事実だと仮定しても、降伏勧告文のような長文を叫ばせても伝わらないからです。前線の日本兵と中国兵の言葉の問題もありますし、戦場ですし。

『千五百人という多数の捕虜を得たのは渋谷大尉が、日本軍に投降しようと白旗を掲げる自軍の兵士を城壁上から射殺するのを見かねて、最初に投降した三人の兵士に「日本軍は捕虜は絶対に殺さない」と叫ばせた。このため多数の兵士が投降してきたので、江南鉄道のレール上に集めて武装を解除し、負傷者は衛生兵が日本軍と同様に手厚く治療してやった。これを目撃した中国兵は安心してぞくぞく投降したのであった。』(『野州兵団奮戦記』より)
このように、督戦隊という戦法で味方からも攻撃される中国兵が気の毒で「日本軍は捕虜は絶対に殺さない」と呼びかけたうえ、日本側が手厚く治療してあげたんですが(→【写真2】)、それにしてもこの人はいったいなぜ日本軍だけを責めるんでしょうかね?

敵に「助けてやる」と言われてホイホイ投降する軍隊って忠誠心がなさ過ぎますね。そんな言葉に騙されるのはきっと、督戦隊という自軍の兵士を虫けらのように殺す戦法を使う軍の兵士だけでしょうね。
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-244.html

「督戦隊で自軍の兵士を銃殺しようが日本に責められる筋合いは無い。でも日本軍が自軍(日本にとっては敵軍)の兵士を射殺するのは戦場であっても許さん。」とでも言いたいんですかね?
自軍の兵士の命を虫けらのように扱っておいてどのツラ下げて言うつもりでしょうか?
つまり、彼らを射殺したのが自軍(国民党軍)なのか敵軍(日本軍)なのかの違いに過ぎないのです。虐殺なんて批判される筋合いはありませんね。

戦場で敵を射殺するのは戦争ならどこにでもある風景ですが、味方を射殺することが人道にもとることは誰もが認めるところでしょう。東京裁判流に言えば「人道に対する罪」にあたるかもしれませんね。

歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-926.html
『戦闘詳報には、大きく見て三つの不審な点がある』
『只々驚く他なく、戦闘詳報の記事は異常のものとして論じようもありません』
『部隊の行動を記録しているはずの戦闘詳報だから否定するわけにはいかない。しかし、記述されていることはとても信じられない』
『小宅小隊長代理は、捕虜を捕らえたのは確かだが三人※を伝令に出したりとかそういうことは一切なかったという』
※最初に投降した3人の中国兵のこと

幕府山事件と「審問なき処罰の禁止」について
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-871.html
幕府山事件にしろ、66連隊事件にしろ、一定の手続きを要求していた「未成熟な」国際慣習法さえも満たしていた、ということです。当時の国際法から鑑みて合法でした。

そして冒頭の、e.f.g.h.でも述べたように、幕府山事件も66連隊事件(雨花台事件)も合法だとしか言いようがありません。


5.まとめ

そもそも、なぜ南京に大混乱が起きたのか?

冒頭にも説明したとおり、「部下の為に責任を負う者その頭に在ること」※1という要件が満たされていないのです。停戦交渉をすることもできませんし、中国兵は大混乱です。戦闘は継続していたのです。

大虐殺派も認める唐生智将軍の責任
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-877.html

戦時重犯罪人の処刑を70年後の今も責めるのなら、司令長官はどうして南京に戻ってきて戦時重犯罪人の解放を要求しなかったのでしょうか?最初から降伏しとば良かったんじゃないですか?そんなに大事な兵士なら、なぜ「督戦隊」なんて戦法で彼らを虫けらのように殺したのでしょうか?
【仮に】ゆう氏の言うとおり不法行為だったとしても、一般市民の命を盾にした中国側が日本軍を責められるはずもありません。

当時のシナの首都南京が司令官不在で戦場になったために大混乱が起きたことは事実ですが、そんななかでも日本側はできるかぎりの人道的対応で南京市民に危害が及ばないように努めていたのです。中国兵よりも一般市民の命を大事にするのは当たり前ですよね。

それにしても中国の言う『南京大虐殺』が、【日本軍が中国国民党軍の戦時重犯罪人を処刑したこと】だとしたら、どうして中国共産党から70年後のいまも責められなければいけないのでしょうか?中国国民党軍は当時、中国共産党の敵ですよ?

こんなことを批難しなければいけないということは、一般市民の虐殺はもはや立証不可能だ、と考えているのでしょう。

虐殺派に聞いてみたいことがあります。

一般市民の命と中国兵の命、どちらが大切なのですか?
中国国民党のせいで日本兵が二万人も戦死したのに、どうして中国兵の命ばかり大切にするんですか?


虐殺とはこういうことをいうのです。


参考)
『南京大虐殺(南京事件)』論争の経緯~すべては「宣伝文書」からはじまった
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-855.html

”南京大虐殺”のまとめ 責任者は蒋介石・唐生智 日本は無罪
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-258.html

便衣兵の「処刑」に裁判は必要だったのか?
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/Law_01.html


【写真1】劉啓雄(りゅう・けいゆう)少将。彼は南京安全区に潜んでいたところを捕らえられ、しばらく苦力として雇われていたが、のちに汪兆銘の親日政府の軍の軍長となった(朝日版支那事変画報 1938.1.1刊)
劉啓雄(りゅう・けいゆう)少将
劉啓雄(りゅう・けいゆう)少将


【写真2】中国負傷兵を看護する日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)
日本の衛生兵


【写真3】釈放されて郷里へ帰る前に笑顔で写真におさまる中国兵捕虜たち(朝日版支那事変画報 1939.8.5刊)
中国兵捕虜
中国兵捕虜たち



【写真4】笠原十九司「南京事件」(岩波新書)p107より
憲兵審問
笠原十九司「南京事件
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一応、こちらも

わお。検索していたら、こんなところがヒットしてしまった。

yさんに対しては、私は7回にわたり、超長文で丁寧な「反論」を行っています(最初の第1回にのみリンクを貼ります。以降はこちらから辿れます)
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/y1892a2.html

yさんの「珍説」は、「南京」にちょっと詳しい方でしたらあまりに馬鹿馬鹿しいレベルなのですが、ちょっとヒマだったもので(^^ゞ

どちらが正しいか、という判断は、読む方にお任せします(笑)

追記

念のためですが、私は「事実派」。事実は事実、そうでないものはそうでない、それだけの話。

「事実」を論じるのに「イデオロギー」は不要、という考えです。

習近平に乗せられるな

ゆうさんと言う事は、批判された御本人ですか?

ライター:y1892aさんの記事を、紹介としてアップしています。

戦場のいきさつは、戦時国際法が是認するもので、
南京大虐殺という汚名は習近平の言いがかりである。
習近平の政治的思惑は、日本侵略に口実として設けたもので、実体が無い。

幕府山事件が象徴するように、日本軍は捕虜を半ば公然と
逃走するに任せていた。これが、日本軍の伝統的戦時行為です。

米軍や支那軍のように殺戮をする軍隊ではない。
根絶やしにする事は、外国軍には現地住民を敵に回すだけ、
統治が不可能になる。兵站が十分でない日本軍が採るべき行動ではない。
日本語の一所懸命が示す地域限定は大陸では通用しない。

捕虜の取り扱いと、手当たり次第に殺害するのとは行為が違う。
殺害は明らかなる犯罪です。韓国軍のベトナムにおけるライダイハンは犯罪である。

習近平が言っているのは、死亡者の数であって、戦闘行為に
拠って死亡した人数を計算から除外すべきです。
また、捕虜の扱いも国際法に合致していれば何等言われる筋合いはない。


幕府山事件では、死亡原因も判明している。




『南京の実相』水間 政憲


『南京の実相』《南京問題にケリがつく地殻変動》水間 政憲

平成24年3月3日
http://homepage3.nifty.com/tamogamironbun/

インターネットによる爆発的な動きは、この二十数年来の悩みが吹き飛んでしまう状況になっております。

水間政憲氏も説明する様に、南京大虐殺は無かったが,大多数派であり、
その詳細は、当ブログも先刻承知済みである。
南京大虐殺有った派は少数派である。

まず、軍隊と言う有機的組織運営に理解が無い。

支那大陸と言う戦場に対する理解は日本国内では
理解不能である。イナゴの大群を考慮すると実相が見えてくる。

支那大陸では支那軍が現地人を殺害したケースが殆どである。


本題

私のサイトには、「ネットで見かけたトンデモ議論」と称するコーナーがあります。

yさんという方が、長大な文章をアップしました。私を批判しているつもりなのでしょうが、オジリナリティ溢れる内容で、面白すぎる(笑)。ついついこのコーナーで、ネタにしてしまいました。

そのyさんの文章が、そっくりそのままこちらに転載されているのに、たまたま気が付きました。

おいおい、このレベルの文章、まともに取り上げるの? ひょっとしたら私の「解説」をご存知ないんだろうか。

で、一応こちらで私の側の文章を紹介させていただいたわけです。

これに対して、いや、この論点についてはやっぱりyさんが正しい、とやるのであれば話はわかります(無理だと思いますが)。

しかし、全然関係のない大演説を始めてどうするのでしょうか(^^ゞ yさんの「擁護」は諦めたもの、と理解します。

これで話はお終い。あとは「おまけ」です。

おまけ

>戦場のいきさつは、戦時国際法が是認するもの

どうしてそう考えるのでしょうか。別に議論するつもりはないのですが、興味がありますのでお伺いします。

例えば「捕虜殺害」は戦時国際法が明確に禁じるところです。許容されるのは、「絶対他に途なき」例外的ケースです。そして「南京」がそれに当て嵌るとは、とても思われません。

ユニークな「yさん理論」に対しては、私は詳細な解説を加えています。Yさんはついに、「唐生智が逃亡したから捕虜殺害は合法」なる、奇妙な「理論」を唱えることしかできなくなりました。


>幕府山事件が象徴するように、日本軍は捕虜を半ば公然と 逃走するに任せていた

「幕府山事件」については、こちらで詳細に解説しています。
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/saigen5.html

「逃走するに任せていた」どころか、栗原証言によれば、周囲を取り囲んで機関銃で殺害していますが・・・。


>米軍や支那軍のように殺戮をする軍隊ではない

何で「支那」という一般的ではない言葉を使うのかなあ、ということはともかく、「平頂山事件」とか、「シンガポール華僑粛清」とか、「フィリピン戦のゲリラ掃討に名を借りた住民虐殺」とか、「殺戮」事例はいくらでも思いつきます。これ、明確に事実に反します。


>幕府山事件では、死亡原因も判明している

まさか旧態依然たる「自衛発砲説」ではないでしょうね?


>『南京の実相』

拙サイトで、詳細な解説を行っています。
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/jissou1.html

あの水間氏なんぞに頼らなければ、もう少しまともな本になったのではないか、という「感想」です。


>支那大陸では支那軍が現地人を殺害したケースが殆どである

ぜひ、具体的なケースに即してその「証拠」をお願いします。ここまで断定する以上、少なくとも数万人分の「証拠」があると思いますので。


繰返しますが、別に議論をするつもりはありませんので、このくらいにします。かなり意地の悪い質問をしましたが(^^ゞ、お返事は、いただいてもいただかなくでも結構です。不快であれば、消していただいても構いません。
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