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一線を鍛えてこその集団自衛権 帝京大学教授・志方俊之

朝日新聞、毎日新聞などは、安保法制懇の報告を前にして急に自衛隊員の真情を
報道する振りをする。この偽りの同情が反政府言動を口真似する事態となる。

果たして、自衛隊員の言動は実際の取材に基づくものであるか、確認の仕様は無い。
日頃の言動からは及びも付かない心境の変化は、意図しての報道と感想を持つ次第である。

では、南スーダンのPKO部隊に射撃許可の命令が出たときに、朝日、毎日は如何に論じたか、
南スーダンの状況はすこぶる国際情勢を反映したもので、避難民処置対応と言う現実を含む。
それに対し、反政府軍のほうがPKO部隊に比較して優勢な軍事力を所有していると言う現実が
ある。私は始めてのカンボジアに派遣するPKO部隊に機関銃が2丁で、1丁でと言う迷妄の
論議をしていた国会審議を思い出す。襲い掛かる武力集団は常に脆弱な集団を餌食にする。
戦場の鉄則に反した議論は、カンボジアから、色彩こそ違っても本質は変化していない。

安保法制懇の報告に基づく、テレビでの議論も多くは、現実から遊離した反対のための反対に
終始している印象がある。問題を先送りしてきたのは、専ら政治の側の文民統制である。
その都度、派遣される自衛隊員と関係者の安危を左右してきたと言っても過言ではない。

集団的自衛権 は本来独立国家に固有の生存権であれば、容認するのが正当性を持つ。
政府解釈も、保有すると長年に渡って言明してきた経緯がある。
安倍政権が単独で行使容認を勧めるのは、立憲主義に反するとの論議があるが、これも
不当な批判である。各種論者の議論を聞けば、立憲主義の言葉で議論を不毛にしている
弊害は国益を毀損する事であると、理解している。


日米安全保障条約が確行出来なければ、核保有は現実の論議となる。

安倍政権は着実に、安全保障の策定にまい進せよ。
これは、全国民の支持する方向である。


集団的自衛権 に関しての論議は、憲法改正と限定容認論とグレーゾーン事態との
区分を持つが、反対論者の言うとおり、憲法改正が主体である。
公明党の反乱で限定容認論の政治的妥協になったが、メデイアの指摘するが如くに
限定は政治の側の自制である。公明党の支持母体である創価学会の政治に口出しする
状態には、政教分離に反する重大な事態と受け止めている。

グレーゾーン事態と限定容認論での各種事態には政治の明瞭な判断を示して頂きたいと
希望する。

志方俊之氏も指摘するように、ネガテイブリストへの転換は至上命題であり、
是非とも、実現する事を希望する。





【正論】
一線を鍛えてこその集団自衛権 帝京大学教授・志方俊之

2014.5.19 03:12 [正論]
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140519/plc14051903120002-n1.htm

 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書が公表された。第1次安倍晋三内閣でもほぼ同じ構成メンバーで検討がなされたことから、ようやく国民の前にその全貌が提示されたとの感が深い。

 ≪法整備、訓練、装備が必要≫

 法学者、政治学者、元外交官、元自衛官など各分野の専門家が蓄積した英知と経験を集め、自由かつ現実的な論議をしてまとめた報告書だ。政府は論議の本質を損なうことなく、一連の政治的プロセスを経て最終的には法律として整備しなければならない。

 報告書は安保法体系に関する多くの内容を含んでいるが、その核心は集団的自衛権の限定的な行使を容認することにある。

 筆者は最終的には憲法改正が必要だと考えるが、これまでのわが国の遅々とした政治プロセスを振り返ると、限定的な行使については、憲法解釈を見直してでも法整備を急ぐべきだと思う。

 報告書は集団的自衛権の限定的行使の類型などを具体的に示している。(1)離島での不法行為や公海上の不法行為への対処など「武力攻撃には至らないグレーゾーン事態」(2)在外邦人救出や駆け付け警護など「武力行使に当たらない国際協力」(3)機雷掃海への参加や近隣有事への対処など「武力行使に当たる行動」-である。

 いずれも重要なことであり、十分な論議をして決めるべきではあるだろうが、必要最小限の限定的なものであっても、それを行使するのは、現場の自衛隊員であることを忘れてはならない。

 法律ができれば次の日から自衛隊員が行動できる、というわけではない。現場の自衛隊員に、「部隊行動基準(ROE)」としてそれを周知徹底し、隊員を訓練しておかなければならない。

 新しいタイプの装備も必要になろう。装備は単年度予算ではなかなか整備できない。装備を調達したら、使えるようにしておくことが肝心だ。しかも単に使えるだけでは任務は遂行できない。使いこなせなければならない。

 ≪行使託される「兵」信頼を≫

 個人の訓練から班レベルの部隊訓練、中隊、大隊レベルの部隊訓練、陸海空自衛隊の統合要領の訓練も必要だ。1年や2年で「兵」は育たない。しかも陸海空三自衛隊でかなり対応が違う。

 海自では「兵」は1隻の艦艇にまとまって乗っていて、各艦艇には艦長をトップに完全な指揮組織がある。艦艇は艦隊→司令部→海幕→防衛大臣→首相官邸と通信システムで繋(つな)がっている。

 空自では、最前線の戦闘機に乗っているのは、3佐(陸自では中隊長)や2佐(陸自では大隊長)のパイロットであり、通常はレーダー覆域の範囲内を地上基地からの詳細情報に支えられて飛ぶ。それは海自と同様に、基地から首相官邸まで繋がっている。

 陸自はまるで違う。集団的自衛権行使現場で相手と対峙(たいじ)するのは「兵」である。下士官の班長は何メートルも後方で声が届かないこともある。中隊長は100メートルも200メートルも後方で姿すら見えず、大隊本部とは何キロも離れている。

 政治家の方々は是非とも知っておいてほしい。法律では「武器使用」と簡単に言うが、どのタイミングでどの武器を使い、命中させるのか威嚇するのか、それを決めるのは多くの場合、高校や大学を出たての「兵」である。

 時間をかけ何回も教え、周到な訓練を積ませなければならず、兵の養成には何年もかかる。必要最低限の集団的自衛権を行使せよ、と言われても兵は困るのだ。国会で延々と論議しているうちに事態に遭遇することになる。

 ≪ネガティブリスト明示せよ≫

 政府が考えている事態への対処なら、個別的自衛権行使の範囲内で説明できる、いや警察行動の延長として行えばできる、何も集団的自衛権の行使に踏み込む必要はない、とスマート対応を唱える提案もある。だが、考えてもみよ。機動隊は別として、警察官は法執行者として、国内の警察官職務執行法に則(のっと)って1人でも行動できるように訓練されている。

 しかし、自衛隊員は特殊任務を除き、どんな少人数でも部隊として行動する。現場では、これは警察権の延長だ、これは個別的自衛権の行使だ、と考えを巡らせている余裕はない。ましてや、集団的自衛権行使やむなしの緊急事態では難しい。加えて、三自衛隊の現場指揮官は教育され、訓練を受け経験を積んでいるとはいえ、変化している国際紛争の現場では、政府が示したどの事例にも該当しない状況もあり得るのだ。

 このような場合、政治は現場の自衛隊に、「これとこれは、して良い」というポジティブリスト(根拠規定)を示すよりも、「決して、やってはならないこと」をネガティブリスト(禁止規定)として明示しておいた方が良いとの考え方も有力だ。民主主義国家の中で60年余も歴史を刻んできた自衛隊を信用してはどうだろう。もし、それほど信用できないのなら、そんな若い「兵」たちに武器を持たせてはなるまい。(しかた としゆき)
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