韓国のベトナム派兵は誇りではなく「忘れたい歴史」になった


朝鮮戦争を韓国戦争と呼び、対戦国は日本にして、独立戦争に格上げする事がウリナリの希望であった。

残念な事に、朝鮮戦争は米国を始めとする国連軍と中共軍との交戦であった。
朝鮮人の死者は、中共の犠牲となった事が知られている。

ベトナム戦争は米国の敗退であった。その後アメリカの戦争は迷妄を続けて、アフガンからの撤退、
朝鮮半島からの撤退が、アメリカ軍の撤収を動機付けている。

韓国政府と韓国軍は、事態の認識を欠いていると見られる事態が、
7月15日の閣議決定に関する集中審議で、安倍晋三首相の口から、
「朝鮮半島有事の際、在日米軍が出動するためには日本政府の 了解が必要と述べた 」
「半島問題には深入りしない」という我が国 の原則的立場を表明した。

在韓米軍が撤退した後は、韓国軍独自で戦えとの方針である。
韓国軍首脳の凍りついた表情が目に浮かぶようである。

散々好き放題をして、日本国の善意に甘えるなと言われて、自覚する様では国家の自立は望めない。

韓国との間には、従軍慰安婦問題があると言われているが、日本国政府の見解は日韓基本条約で、
解決済みである。河野談合検証は、殊更に日本国を毀損する韓国の態度に歴史的検証を与える試みである。
韓国は従軍慰安婦には確証があると言うが、いまだにその事実はもたらされてはいない。
幻の証明は、ウリナリフアンタジーの空想の中にある。

ただし、南京大虐殺は無かったし、韓国のベトナム派兵におけるライダイハンは紛れもない事実である。
共同戦線を張ったアメリカ軍も韓国軍の無軌道にあきれ返った。韓国軍の虐殺の動機は、怯惰である。
戦場に怯えた兵器を持つ集団の狂気である。

集団的自衛権 に際して、殺し殺されると形容して、安倍政権批判をする反対派は、
個別的自衛権の行使でも、日本国自衛隊はただ単に殺される側に回れと、自衛隊を侮蔑している。
東支那海で中共軍からロックオンを受け、自衛隊の偵察機が数度に渡り追尾を受けても、日本国自衛隊は
穏忍自重した。その上での自衛隊に対する侮蔑は、集団的自衛権 反対派の人間性に疑問を投げかける次第である。

朝日新聞、毎日新聞などのマスコミ報道は得てして、デマゴーグに終始した。
東京都議会でのセクハラやじ騒動は作られた印象が深い。結果として、みんなの党に対する支持は低下した。
塩村都議の輝かしい過去が週刊誌の一面を飾る事になった。セクハラやじに隠れて、河野談合検証と言う、
もう一つの閣議決定は、メデイアの隠したい過去を髣髴とさせる事態である。

マスコミ報道は、河野談合検証に隠れた河野洋平の国会喚問を報道する事は無かった。
片手落ちと考える。従軍慰安婦問題は、当事者の慰安婦が米国を訴訟の相手に選ぶ事で、
次の局面に至ったが、朝日新聞の問題に対する釈明も見当たらない。その癖、デマは飛ばすは、
意味不明の広告を出すは、朝日新聞の異常性が表現されている。

韓国はライダイハン、洋行しゅの過去を忘れたい。朝日新聞は従軍慰安婦の報道を忘れたい。



韓国のベトナム派兵は誇りではなく「忘れたい歴史」になった
2014.07.22
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140722/frn1407221545005-n1.htm

韓国人にとってベトナム戦争は、民間人の大量虐殺事件など現代史における一大汚点であるため、“忘れたい歴史”になっている。産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏がベトナム戦争の韓国での扱われ方について報告する。

 * * *

 韓国は今年、ベトナム戦争参戦から50年になる。しかし記念行事はささやかなものだった。

 6月10日、ソウルの国立墓地で遺族会などによる慰霊祭が行なわれたが、政府高官の出席はなかった。慰霊祭も今年が初めてで、その経費5000万ウォン(約500万円)も政府の支援はなく自腹だったという。

 マスコミ報道は一部新聞に行事の写真が出た程度だった。同じころ亡くなった元慰安婦の老女(91)の死亡記事の方がはるかに大きかった。

 この慰安婦報道では生前、彼女を慰問し激励した首相と彼女が手を握り合っている写真がドーンと掲載されていた。今や韓国ではベトナム戦争の戦死者より元慰安婦の方が「愛国者」「国家的英雄」として国を挙げて称えられている。

 韓国のベトナム派兵はまず1964年、医療・工兵など非戦闘部隊を派遣し翌1965年から本格的に戦闘部隊を投入した。

 1973年まで8年間で延べ約32万人を派兵、うち約5000人が戦死し1万人が負傷している。国立墓地の埋葬者数は朝鮮戦争の犠牲者(約19万人)に次ぐ。

 韓国軍はベトナムでの米軍支援が目的だったため、米国の派兵要請によると思われているがそうではない。実は韓国側の強い要請によるもので、最初は断わられている。

 当時の韓国は朴槿恵大統領の父、朴正煕政権時代で反共意識が強く「北の脅威」下で軍事強化、経済建設に必死だった。同盟国・米国への軍事協力を通じた韓国軍強化と“戦争特需”による経済建設という一石二鳥の狙いがあった。

 韓国軍がベトナムに出向くことで対北安保体制弱化を懸念していた米国も、やがて派兵にOKした。

 韓国にとっては「共産主義から自由を守る正義の戦い」「朝鮮戦争時の米国の支援に対するお返し」だったが、結果は米軍撤退と南ベトナム崩壊、南北共産化統一で“負け戦”になってしまった。米韓軍を追い出して勝った統一ベトナムからすると米韓軍は侵略者である。

 この結果、韓国でのベトナム派兵は“誇るべき歴史”とはならず、いわゆる民主化時代の1990年代以降は“忘れたい歴史”になってしまった。派兵50周年の寂しい(?)風景はそのせいである。

 ※SAPIO2014年8月号


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