左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか


左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか

『月刊正論』 2014年9月号
http://ironna.jp/article/229
潮 匡人(評論家・拓殖大学客員教授)
う しお まさと 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒。航空自衛隊入隊。大学院研修(早大院法学研究科博士前期課程修了)、航空総隊司令部、 長官官房勤務等を経て3等空佐で退官。東海大学海洋学部非常勤講師。著書に『日本人が知らない安全保障学』(中公新書ラクレ)など。





  自衛隊にとって7月1日は二重に意義深い日付となった。簡単に歴史を振り返ってみよう。1950(昭和25)年の朝鮮戦争勃発に伴い、在日米軍の主力が 「国連軍」として朝鮮半島に展開。そこで同年8月、国内の治安維持を図るため、日本政府は警察予備隊を創設した。翌年、対日講和条約と日米安全保障条約が 調印。翌々年4月28日、わが国は主権独立を回復した。その後、「保守三党」(自由党、改進党、日本自由党)の度重なる協議を受け、1954(昭和29) 年3月、いわゆる「防衛二法」(防衛庁設置法と自衛隊法)案が閣議決定。同年7月1日に施行された。晴れて名実とも日本防衛を主任務とする「自衛隊」が発 足したわけである。

 それから、ちょうど60年後の今年7月1日。安倍晋三内閣は「新しい安全保障法制の整備のための基本方針」を閣議決定した。

 護憲・改憲の立場を問わず、全マスコミが今回の閣議決定を「集団的自衛権」と報道している。その結果たとえば、グレーゾーン事態の法整備が先送りされた問題など、集団的自衛権以外の論点が見えなくなってしまっている(「Voice」8月号拙稿)。


 ちなみに閣議決定文のタイトルは「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」。どこにも「集団的自衛権」の6文字がない。実は本文の中核部分も同様である。

  「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の 生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段が ないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると 判断するに至った」

 以上が「集団的自衛権行使容認」と報じられたのは、なぜか。それは閣議決定文がこう続けて、敷衍したからであろう。

 《憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある(中略)が、憲法上は、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである》

 たしかに護憲派が咎めるとおり、分かりにくい(週刊「世界と日本」夏季特別号拙稿)。的外れとならない範囲で要約すれば、「国際法上は集団的自衛権だが、憲法上は日本防衛のための措置」となろう。

 従来「日本防衛は個別的自衛権であり、他国防衛は集団的自衛権(だから許されない)」と議論されてきた。その延長線上で言えば、「国際法上は集団的自衛権だが、憲法上は個別的自衛権(だから許される)」となろう。

 言い換えれば、従来の脈絡における集団的自衛権行使は容認されなかった。憲法上の議論としては、そうなる。事実、公明党代表はそう表明したし、自民党幹事長も追認した。

 案外知られていないが、自衛隊は(少なくとも一部の)国際法上「軍隊」として取り扱われる(昭和60年11月5日付・政府答弁書ほか)。

  他方で政府は(昭和42年3月以降)「自衛隊を軍隊と呼称することはしない」と言明し続けている。憲法9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しな い」と明記している以上、政府としてたとえば航空自衛隊を「空軍」とは呼べない。軍隊ではなく自衛隊、そう言わざるを得ないが、たとえ日本国と日本人が 「自衛隊」と呼ぼうが、国際法上は軍隊であり、国際社会も陸海空軍と認識している。

 「国際法上は軍隊だが、憲法上は自衛隊(だから許される)」

 「国際法上は集団的自衛権だが、憲法上は日本防衛のための措置(だから許される)」

 どちらにも同じ匂いが漂う。

 いや、マスコミが報じるとおり、集団的自衛権は容認された——そう言ってよいなら、自衛隊は「軍隊」である。日本は「陸海空軍」を保持している。そう容認されている……と言っていいはずなのに、なぜ護憲派は「憲法違反、解釈改憲」と批判しないのか。

朝日は朝日、NHKはNHK

 今回の閣議決定を、護憲派は口を揃えて「解釈改憲」と誹謗する。だが、彼らは自衛隊も、個別的自衛権も批判しない。なぜか、集団的自衛権(行使)だけを敵視する。

 自分は守るが、他人は助けない。家族や友人さえ見殺しにする——人類史上、最も不潔で破廉恥な意見を掲げながら、安倍政権を非難しているのと同じだ。じつに破廉恥な連中だ。

 そのせいであろう。安倍総理は「安保法制懇」の報告書を受けた今年5月15日の総理会見で用いたパネルを再び掲げながら、あの日と同様の熱意でこう訴えた。

  「現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません。海外派兵は一般に許されないという従来からの原則も全く変わり ません。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません。(中略)外国の防衛それ自体を目的とする武力 行使は今後とも行いません。(中略)日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない」

 予想はしていたが、正直ガッカリした。総理には正面から「『現行の憲法解釈の基本的考え方』は間違っていた、だから変更する」と語ってほしかった。願わくは、憲法改正にも言及して頂きたかった。

 だが、もはや安倍政権への注文を書いている場合ではない。右の熱弁も、護憲「進歩」派マスコミの耳には、こう聞こえるらしい。

 「9条崩す解釈改憲」(7月2日付朝日朝刊1面ヘッドライン)。朝日だけではない。毎日新聞に加え、東京新聞(中日新聞)や北海道新聞など多くの地方紙も閣議決定を非難した。ちなみに総理会見の質疑では、北海道新聞の宇野記者が質問の形を借り、こう主張した。

 「抽象的な表現にとどまった感があります。これでは時の政権の判断でいかようにでも拡大解釈でき、明確な歯止めにならない」「(自衛)隊員が戦闘に巻き込まれ血を流す可能性がこれまで以上に高まる」

 翌朝の北海道新聞の紙面は、ご想像のとおりである。

  5月15日の総理会見では、翌朝の1面ヘッドラインに「『戦地に国民』へ道」と大書した東京新聞が最低最悪だったが、今回は朝日新聞が突出した。全国紙の ヘッドラインでは「集団的自衛権 限定容認」とした読売新聞が今回もベスト。読売が書いたとおり、善かれ悪しかれ「限定容認」に過ぎない。それを大批判す るのも、大喜びするのも、おかしい。

 朝日新聞の集団的自衛権報道については本誌6月号の拙稿で詳論した。加えて最近も「言論テレビ」(7月12日放送・月刊「ウイル」9月号掲載)などで指弾したので、以下(朝日同様、世論形成に大きな影響力を持つ)NHK総合テレビの報道に焦点を絞ろう。

 まず、総理会見を生中継した番組で、政治部の岩田明子記者が、会見と閣議決定を解説した。的を射た解説であり、非の打ち所がなかった(以下、今回は個人名を挙げるが、私は誰とも面識がない)。

 だが、NHKはやはりNHK。続く同夜の「ニュース7」は31分間中、25分間を当て報道。スタジオ出演したのは政治部の田中康臣記者。アナウンサーとの主要な会話を再現しよう。

 「どんな意味を持つんでしょうか」

 「日本が攻撃された場合にしか武力行使ができないという、これまでの大きな制約が外れるという点です」

 「つまり、何ができて、何ができないか。必ずしも明らかになっていないということなんですね」

 「そうですね。そのため野党からも『自衛隊の活動範囲が際限なく広がる』とか『戦争に巻き込まれる可能性が高まる』といった批判が出ているんです。(中略)行使容認という大転換に踏み切ったわけですが(中略)国民の理解を得られるかが問われる(以下略)」

あくまで「限定容認」なのに…

 朝日同様、聞く耳持たず。総理や与党幹部が連日どう説明しても無駄なようだ。

 まず、右の会話は事実に反する(と私は思う)。善かれ悪しかれ「行使容認という大転換に踏み切ったわけ」ではない。あくまで「限定容認」(読売)である。

  「大きな制約が外れる」云々と視聴者の不安を煽っているが、「日本が攻撃された場合にしか武力行使ができないという」制約など、これまでもなかった。その 他を含め間違いだらけ。念のため付言すれば、「攻撃された場合」ではなく、「急迫不正の侵害」が従来の自衛権行使の要件である。「急迫」とは「法益の侵害 が現に存在しているか、または間近に押し迫っている」状態(最高裁判例)。私に言わせれば、要件はより厳しくなった(前掲拙稿)。

 同夜の「ニュースウォッチ9」も同様。「武力行使の要件を『日本に対する武力攻撃が発生した場合』に限定してきましたが……」と虚偽報道した上で、こう批判した。

 「歯止めが具体的にかかっていると言えるんでしょうか」(井上あさひキャスター)

 「その点は必ずしも明確ではないと思います」(政治部の原聖樹記者)
 …… これでは、岩田記者のパーフェクトな解説が台無しである。公共放送NHKの花形たる政治部記者にして、この始末。自衛権行使の要件は昔も今も明らかであ る。かりに新3要件の歯止めを不明確と咎めるなら、同等以上の批判が旧3要件にも当てはまる。さらに言えば、「急迫不正」との刑法第36条(正当防衛)そ の他、あらゆる法令の要件に当てはまる。

 もし本心から「必ずしも明らかになっていない」と思って いるなら、法学の素養が皆無なのであろう。そうでないなら、意図的かつ悪質な世論操作である。NHK記者は、冠に「必ずしも」と振れば、何であれ、「~で はない」と否定的に断定できると思っているようだ。なんとも卑怯な表現ではないか。

 さらに、この番組は「憲法解釈変更その先に…」「記者大越がみた 自衛隊 派遣のこれまで」と題したコーナーで自衛隊イラク派遣を「〝戦時〟の協力へ」と振り返った。当時のNHKニュースも連日「泥沼化するイラク戦争」と報じていた。
  現場(サマーワ駐屯地)にいた実感として、そうは思わないが、いずれにせよ、もし「戦争」であり「戦時」だったのなら、根拠法令(イラク特措法)違反、憲 法違反となる。いわゆる「非戦闘地域」ではなくなってしまう。つまり、法律と政府答弁を無視した報道である。「いや政府答弁こそ詭弁だ」との認識なら、正 面から堂々と「憲法違反だった」と報じ批判するべきだ。昔も今もNHKは直接話法で正面から語らない。未来永劫「必ずしも~でない」と言い続けるのであろ う。

 遺憾ながら、この程度で驚くのはまだ早い。翌2日放送の情報番組「あさイチ」では、城本勝解 説委員がフリップを使いながら「アメリカと一緒になって反撃する権利。これが集団的自衛権」と出鱈目な説明をした。正しくは「反撃する権利」でなく「実力 をもって阻止する権利」。そう本誌6月号で縷々述べたが、相変わらずNHKには馬耳東……。

「あさイチ」から偏向報道を

  看板番組「日曜討論」の司会も務める城本解説委員は5月6日放送の「大人ドリルSP 今さら聞けない…集団的自衛権のいろは」にも出演し、「国際社会に理 解してもらうことから始めないと何をするにも難しい」「拡大解釈される」等々と危険性を言い募り、反対姿勢を鮮明にした。

 案の定、7月二日も「あさイチ」から、閣議決定を、以下のとおりダメ出しした。

 《「明白な危険」というのも誰が判断するんだ、という話になりますし(中略)、非常にあいまいだ。事前に国会承認が必要だと言っているんですが、この歯止めについてはまだ具体的ではない》

 井ノ原快彦キャスターが「だから、みんな怖いわけですよね」と受け、「そうですね」との会話が続いた。

  くどいようだが、新3要件が「あいまい」との批判は当てはまらない。「非常に」と形容するなど、もっての他である。城本氏は、要件に該当したかを、誰が判 断するか、ご存知ないようだが、正解は内閣である。国家安全保障会議や閣議で審議される。その判断の当否は、国会や裁判所もチェックする。これ以上の歯止 めはあるまい。

 城本氏は番組でさらに「総理会見をどうみたか」聞かれ、こう答えた(正確に再現すると日本語にならないので、明らかな言い間違いや不必要な表現は修正した)。

  《率直に言って、これまでの憲法の考え方を大きく変える、(中略)大きく転換させた。これが1つ。(中略)60年安保、ありましたよね。国会で大議論をし てきたわけですね。国民的にも賛成・反対、大変大きな議論があるなか、物事が決められてきた。今回はまず、政府が「政府の責任で決めます」と。んで、「こ れから国会で議論します」という……ちょっと、その順番はこれまでのやり方と違うな、というのが率直な印象》

 率直に言って、レベルが低すぎる。(安保)条約の批准と、閣議決定を同列に議論するのは憲法上もいただけない。いわゆる三権分立を理解していないから、こうなる。

 順番が違うと言うが、担当省庁で起案し、関連省庁間で根回しの上、事務次官会議を経て閣議決定後、閣法として国会に提出する。それが「これまでのやり方」である。先に閣議決定しなければ、法案を提出できない。至極当然の順番である。

 ポレミック(論争的)に言えば、他のやり方もある。右の順番だと、内閣法制局の審査を経なければならない。もし彼らが抵抗すれば法案はできない。そのハードルを回避すべく議員立法で関連法案を成立させる。たとえば「国家安全保障基本法」を……。

  私は本来そうすべきだったと思う。これなら内閣法制局審査を経る必要がない。これぞ従来の政府解釈の縛りを解く効果的かつ合憲的なやり方だった。そうした 批判なら傾聴に値するが、NHKの主張は正反対。しかも、まだ議論が足りないという。私の目には今回も「国民的にも賛成・反対、大変大きな議論があるな か、物事が決められてきた」と映るが、安保世代の解説委員に映る風景は違う。まだ議論が足りないらしい。安保騒動のごとく、デモ隊が国会に突入し、犠牲者 が出ないと、満足できないのか。

 番組では有働由美子キャスターも「なぜ急いだんですかね」と疑問 視した。この問題は第一次安倍内閣から議論を始めた。安倍自民党として公約に掲げた二度の国政選挙でも大勝した。第二次安倍内閣で議論を再開後、1年半以 上が経過してからの閣議決定なのだ。遅きに失したとの批判すら、あり得る。

 ゲストの室井佑月さん(作家)も「他国の戦争に巻き込まれるわけですから、テロの脅威は増えますよね」と総理会見を非難。城本解説委員がこう受けた。

 「(そうした)疑問や不安が出てくるのは当然。(中略)抑止力を高めることによって必ずしも戦争を防げるわけではない。むしろ逆になることもある。こういう事実がある」

 日本の公共放送が、日本の抑止力が高まることを批判したのだ。生放送を見ていた中国大使館員のほくそ笑んだ顔が目に浮かぶ。

消された国谷キャスターの発言


 翌3日放送の「クローズアップ現代」も酷かった。ゲストは菅義偉官房長官。まず国谷裕子キャスターがこう語った。

「武力行使が許容されるのは日本に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとされてきました」

  先述のとおり「武力攻撃が発生した場合」ではなく「急迫不正の侵害」が正しい。続けて「戦後日本の安全保障政策を大きく転換する閣議決定」とも述べたが、 政府見解とも、読売の報道とも、私の理解とも違う。私に言わせれば、大転換すべきだったのに、「限定容認」(読売)に留まった。

 今回の閣議決定で許容されるのは「自衛のための措置」と紹介しながら、「これまで世界の多くの戦争が自衛の名の下に行われてきたのも事実です」と、閣議決定を実質的に全否定(ないし大批判)した上で、こう世論を誘導した。

  「憲法9条の精神を貫くためには、より具体的な武力行使への歯止めが求められています。重大な解釈変更であるにもかかわらず、閣議決定に至るまで国民的な 理解、そして議論が深まっていないという声が多く聞かれます。なぜ今この大転換なのか。集団的自衛権の行使容認は限定的だと言っても、果たして歯止めは利 くのでしょうか」

 大衆は理解していないという“前衛”気取りの左派体質が露呈している。私の認識は正反対。大半の国民は、漠然とであれ、「必要最小限度なら許される」と、事の本質を正しく理解している。失礼ながら、理解していないのは彼女自身のほうではないのか。

  執拗に菅長官を追及し、番組中「他国を守る集団的自衛権は行使しない」と明言させた。ならば「大転換」でも何でもあるまい。さらにブチブチ文句を言い続 け、出演した原聖樹記者(前出)も「わが国の存立が脅かされる事態とは、具体的にイメージしにくい」と疑問を呈した。今回、政府は8つも事例を示したの に、まだ足りないらしい。足りないのは政府の説明ではなく、記者や看板キャスターの能力であろう。

  彼女らの失礼な態度に官邸が激怒し抗議したとの誤報が生まれたのも致し方あるまい。ちなみに発言や会話は、NHK公式サイトの「全文テキスト」で一部削 除、訂正されている。さすがに良心が咎めたのか。だがウエブ上の発言記録は消せても、視聴者の記憶は消せない。終始、一方的な意見表明に終始した、明らか な放送法違反である。政府はこれに懲りて、以後NHKへの出演は控えるべきではないだろうか。

 も はや、印象操作は日常茶飯事と化した。最近も7月13日放送の「ニュース7」が反対集会を報じたが、参加者がみな同じプラカードを持っていた。特定の組織 (ないし政党)が背後にいるからではないのか。ならば、公共放送ではなく、宣伝機関に堕している。しかもNHKは反対集会しか報道しない。賛成支持するデ モや集会を黙殺する。

 同夜放送のNHKスペシャルでも、集団的自衛権を「反撃する権利」と国際法を無視し勝手に定義したうえ、アフガン派遣で犠牲を出したドイツの例を挙げ、「犠牲者を生むリスクが高まる」と間接話法で指摘した。

 だが、その例は番組が報じたとおり「国連の枠組みの下」の活動である。つまり集団的自衛権の行使ではなく、集団安全保障のケースである。ゆえに「集団的自衛権 行使容認は何をもたらすのか」と題した番組で紹介すべき事例ではない。

 ただ遺憾ながら、多くの日本国民が両者を混同している。違いが分かっていない。おそらく視聴者は大きな不安にかられたはずだ。なんとも巧妙かつ悪質な印象操作である。

 NHKによって、7月1日の意義は深く傷ついた。一連の報道は憲法上の保障に値しない。放送法に違反した偏向報道である。

  蛇足ながら同夜、NHK以下各局は、滋賀県知事選で自公の推薦候補が敗北したニュースを速報した。翌朝の毎日新聞1面は「『集団的自衛権』影響」と報じ、 安倍総理も「集団的自衛権の議論が影響していないと申し上げるつもりは毛頭ない」と答弁した(7月14日・衆院予算委)。しかし、影響を与えたのなら、そ の責任は「集団的自衛権」というより、それを報じた護憲派マスコミの姿勢にある。なかでも公共放送であるNHKの罪が重い。

※この記事は「ウソが栄えりゃ、国が亡びる」(KKベストセラーズ)に収録されたものを再構成しています。


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