国際条約無視の「反日」世論に迎合した判決 観音寺関係者嘆く「異邦人どころか異世界人」


2017.1.26 22:43更新
【対馬の盗難仏像判決】
国際条約無視の「反日」世論に迎合した判決 観音寺関係者嘆く「異邦人どころか異世界人」

http://www.sankei.com/world/news/170126/wor1701260039-n1.html

「観世音菩薩坐像」

観音寺の長崎県指定有形文化財「観世音菩薩坐像」=2013年1月、韓国・大田(聯合=共同)

 仏像は返ってこなかった-。長崎県対馬市の観音寺から盗まれた仏像「観世音菩薩坐像(かんぜおんぼさつざぞう)」を、韓国・大田(テジョン)地裁は、証明しようもない700年前の略奪を根拠に、同国内の浮石寺に引き渡すよう命じた。韓国内の「反日」世論に迎合した司法判断といえ、観音寺の関係者は「盗んだ物を返すという当たり前の理屈すら通じない。異邦人どころか異世界人としか思えない」と嘆いた。(九州総局 中村雅和)
 「想像したくなかったけれど、想像はできていた」
 観音寺の田中節孝・前住職は憤りを超え、やりきれない感情を吐露した。
 ずんぐりとした体形で、優しげな仏像は、長く地域の信仰の対象だった。「集落のみなが、像を待ち望んでいる」。田中氏は平成25年1月に窃盗団が韓国で逮捕され、仏像が回収されて以降、韓国側に返還を求め続けた。
 だが、“異世界人”との交渉は、進展しなかった。
 韓国・浮石寺が所有権を主張し、25年2月、大田地裁が仏像返還差し止めの仮処分を出した。
 これまでの研究で、観音寺の仏像は1330年ごろ、浮石寺の本尊として造られたと判明している。
 浮石寺側は「14世紀に倭寇に略奪された」と主張する。一方、対馬では李氏朝鮮による仏教弾圧を逃れるため、島に持ち込まれたと伝わる。
 日本に来た経緯は、はっきりしないのだ。これは韓国側も認める。
 同国文化財庁は2014年、「略奪された蓋然性は高いが、断定は困難」と結論付けた。今回の訴訟において韓国政府の代理人は昨年7月、「浮石寺が所有者だという証拠が不足している」と指摘した。
 韓国・中央日報の2014年4月の記事(日本語電子版)によると、韓国政府の海外文化財返還公式窓口である「国外所在文化財財団」の理事長が「文化財と関連した不法行為は容認してはならない。浮石寺の仏像の場合、日本に戻すのが正しい」と語った。
 にも関わらず、大田地裁の文(ムン)宝頃(ボギョン)裁判長は「略奪や盗難で対馬に渡ったとみるのが妥当」と数百年前の出来事を見てきたかのように断じ、「浮石寺の所有と十分に推定できる」とした。
 同じ大田地裁が、仏像窃盗団に有罪判決を出しながら、返還は認めないという非常識な司法判断だ。
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の文化財不法輸出入等禁止条約では、盗難文化財の原則返還を定める。
 日韓はともに、同条約の批准国だ。
 広島女学院大学専任講師の永野晴康氏(文化法)は「韓国側が主張するようにユネスコ条約締結前の略奪があったとしても、条約上の返還義務は別問題だ。まずは観音寺に戻した上で、歴史上の経緯について議論すべきだ」と述べた。
× × ×
 判決の背景には、根強い「反日無罪」の世論がある。
 田中氏は昨夏、日本のテレビ局の取材に同行し、韓国を訪れた。街頭インタビューでは「朝鮮半島から持ち出されたもので返還は不要」との答えが多かった。「街中に日本製品があふれ、日本への観光客が増えても、公的な場では反日がステータスになる。『反日』であれば、皆がまとまる。異論を許さない雰囲気を感じた」と振り返った。
 反日世論が、国際条約や国家間合意に優先する韓国の振る舞いは、仏像事件に限らない。
 昨年12月、釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置された。「公館の安寧や威厳を守る」ことを定めたウィーン条約や、27(2015)年12月の日韓合意に反する。
 さらに、韓国大統領選への出馬を表明した潘基文(パンギムン)前国連事務総長は、日韓合意で日本が拠出した10億円について、「少女像撤去と関係があるものなら間違っている」と返還に言及した。
 この理屈がまかり通るのであれば、韓国とはあらゆる交渉が成立しない。
 韓国側の姿勢に、日本政府は長嶺安政駐韓大使と森本康敬釜山総領事を一時帰国させるなどの対抗措置を取った。この措置について、毎日新聞が今年1月21、22日に行った世論調査では、74%が「支持する」と回答した。
日本側の我慢は限界に来ている。
× × ×
 ただ、対馬にとって韓国は、切っても切れない隣国だ。
 長崎県によれば、平成27年に対馬に宿泊した韓国人は延べ22万人だった。島への全宿泊者延べ77万9千人の3割近くを占める。対馬の観光産業を、韓国人が支えているのは間違いない。
 「仏像の件だけでなく、旅行客のマナーなどで不満は持っている。ただ、地理的にも歴史的にも切っても切れない関係だ。島でお金を落とすのであれば、それが誰でも歓迎する」
 旅館を経営する男性は、こう語った。
 島最大の夏祭り「対馬厳原港まつり」では、「朝鮮通信使行列」が行われる。仏像窃盗後の25年は取りやめたが、26年から再開した。祭りを主催する対馬厳原港まつり振興会の山本博己会長は「誤解されることも多いが、韓国をたたえるためのものではない。かつて対馬を治め、日本と朝鮮の仲立ちをした宗家の功績を振り返るものだ。判決を受けた対応は、仲間と話し合って決めたい」と語った。
 国境の島の苦悩が、ここにある。

韓国地方議員「竹島に慰安婦像計画」のトンデモ行動 12・14設置へ募金開始 悪化した日韓関係「氷河期」に突入も


韓国が日本の領土である竹島に売春婦像を設置しようとしている。
菅官房長官も岸田外相も遺憾を表明している。

この事態は、慰安婦問題が領土問題へ転換する事を意味している。
案外早く、韓国の滅亡が見られるかも知れないと、期待している。

韓国地方議員「竹島に慰安婦像計画」のトンデモ行動 12・14設置へ募金開始 悪化した日韓関係「氷河期」に突入も
2017.01.18
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20170118/frn1701181530004-n1.htm

 韓国が、日本人の怒髪天を衝くような蛮行を企てている。日本固有の領土ながら、韓国が不法占拠している島根県・竹島(韓国名・独島)に慰安婦像を設置しようとしているのだ。韓国を自滅に追い込みかねない、邪悪な計画を進めているのが地方議員なのだから、開いた口が塞がらない。現実となれば、釜山の日本総領事館前に慰安婦像を新設したことで悪化した日韓関係は「氷河期」に突入しそうだ。

 聯合ニュースによると、京畿道(キョンギド)議会の議員34人が加入する「独島愛・国土愛の会」は16日、ソウル南方の水原(スウォン)市にある議会のロビーに募金箱を設けた。

 同会は昨年発足し、道議会で竹島への慰安婦像設置を提案した。今年上半期に議会に1体を設置し、ソウルの日本大使館前に慰安婦像が設置された日(12月14日)に合わせ、1体を竹島に設置する方針という。

 最大野党「共に民主党」所属で、同会会長の閔敬善(ミン・ギョンソン)氏は「日本大使館前に少女像が建てられて5年だが、真の反省どころか、歴史歪曲(わいきょく)や右傾化は依然続いており、独島を自分の領土と言い張っている」「独島と議会に少女像を設置し、生きた教育の場にしたい」と語った。

気は確かか。反省すべきは、竹島を不法占拠し、日韓合意やウィーン条約に反する慰安婦像を新設した韓国の方だ。ただ、「反日」に血道を上げる議員らに理性的な議論は通じそうにない。

 朝日新聞が、吉田清治氏の「慰安婦を強制連行した」という虚偽証言を報じ、30年以上も放置した罪は極めて大きい。

 竹島は、韓国で「天然保護区域」に指定されており、開発行為には国の許可が必要。像設置が実現するかは不明という。

 韓国議員の暴挙は、釜山の慰安婦像新設への対抗措置として一時帰国している駐韓大使らの帰任時期にも影響しそうだ。

 日本の首相官邸には「韓国を『反日』で一枚岩にさせず、分断するためにも駐韓大使の帰任は必要」との意見もあった。だが、国家間の合意を順守しないだけでなく、領土問題まで絡めて「反日」を騒ぎ立てる隣人に、日本人の我慢も限界に達しつつある。

 「もともと、安倍首相は『慌てる必要はない。ボールは韓国にある』という姿勢だった。竹島への慰安婦像設置計画を知った以上、駐韓大使の帰任は相当先になるのではないか」(官邸周辺)。

 韓国はいつ「正気」を取り戻すのか。




2017.1.18 13:02更新
竹島への慰安婦像設置は「不適切」「別の場所でもできる」 韓国知事、領有権は主張
http://www.sankei.com/world/news/170118/wor1701180037-n1.html

【ソウル=名村隆寛】韓国・京畿道の議員団が竹島(島根県隠岐の島町)に慰安婦像を年内に設置する活動を始めたことについて、韓国で竹島を管轄区域とする南東部慶尚北道の金寛容(キム・グァンヨン)知事は18日、竹島が韓国の領土であることを主張する一方で、「像の設置は不適切だ」との考えを示した。
 聯合ニュースによると、金氏は記者会見で「独島(竹島の韓国での呼称)は韓国の島で天然記念物とみなければならない」と指摘。「少女像(慰安婦像)の設置推進はいいことだが、場所だけは慎重に検討、考慮すべきだ。感情的でなく慎重にならねばならない」と語った。
 さらに、竹島を韓国が実効支配していることに触れ「他の問題と結びつけるのは望ましくない。新たな紛争の余地がある」と指摘し、「独島は神聖な領土として保存し(像設置は)別の場所でもできる」とした。その上で、問題解決は竹島を管轄する「行政区長」の自身に任せるよう訴えた。
 金氏の発言は、竹島への慰安婦像設置を計画する京畿道の議員の動きにクギをさしたものだ。
 計画について日本政府は17日、韓国側に強く抗議し、岸田文雄外相も「竹島はわが国固有の領土だ」と主張している。昨年12月末に釜山の日本総領事館前の歩道に慰安婦像が設置されたことを日本政府は韓国に抗議し、駐韓大使の帰国など対抗措置をとっている。
 こうした日本側の反発から金氏は、竹島での像設置計画による日韓関係のさらなる悪化を避けようとしたとみられる。一方で岸田外相の発言を「妄言だ。韓国への重大な挑発で直ちに撤回すべきだ」と述べ、韓国世論にも配慮している。
 韓国では尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が国会で、釜山の慰安婦像設置に関連し「外交公館前に造形物を設置することは望ましくない」と述べるなど、慰安婦像の設置で日本を必要以上に刺激すべきではないとの意見もある。
 しかし、18日には第3野党の正義党が国会内に慰安婦像を設置するよう要求。慰安婦合意をめぐる日韓合意の破棄を訴える動きは依然として収まっていない。

日本外交に望まれる5つの転換



日本外交に望まれる5つの転換
小倉 和夫【Profile】
政治・外交
[2015.08.06]

http://www.nippon.com/ja/column/g00301/

首相の戦後70談話が外交上の課題となり、安保法制もまた同盟国の歓迎と中韓の反発を呼んでいる。戦後70年という歴史の上での節目ということだけではなく、日本外交は「戦後的なるもの」から全般的に変化する必要に迫られているのである。

修正、脱却、転換、超越、再編というキーワード
いま日本では、日米同盟の深化がさけばれる一方、沖縄の基地問題についての国民的コンセンサスの欠如が目立つ。また、中国の政治的、軍事的台頭への対応が必要であるにもかかわらず、いまだ、過去の歴史問題が外交問題化することを防ぎ得ないでいる。加えて、国際的テロ行為や軍事行動による現状変更行為に対する日本自身の対応の仕方も再吟味されつつある。こうした情況は、日本外交が一つの大きな曲がり角にさしかかっていることを暗示している。
言い換えれば、第二次大戦後の日本外交の軌跡を振り返り、どこを修正し、どこを転換すべきかを真剣に議論する時期に来ている。そうした問題意識に立つとき、日本外交はすくなくとも5つの次元で、修正、脱却、転換、超越、再編を必要としていると考えられる。
1.歯止め外交の修正
憲法九条は、日本外交との関係では、国内的にも、国際的にも「歯止め」の役割りを演じてきた。
アメリカとの関係では、「日本の自衛」のためでなければ憲法上軍事的行為はできないという、いわば外交上の「盾」として使われてきた。
中国や韓国など近隣諸国との関係では、たとえ自衛力を日本が強化しても、外国へ出兵することはありえないとする、ここでもある種の「歯止め」として機能してきた。
憲法九条ばかりではない。日米安保ですら、公の立場は別として、実際には、日本の軍事力行使への抑制機能をもつものとしてこれを合理化する議論も展開されてきた。
そして、国連。国連外交という言葉は、国連を重視する外交という意味にほかならないが、それにもかかわらず、PKOをはじめとして、国連の旗の下ですら、日本は、軍事力行使をいさぎよしとしてこなかった。今回の集団的自衛権をめぐる論議でも、国連の決議があれば日本は集団的自衛権を行使して軍事的行動に参加するというのではなく、国連は、むしろ日米安保などにひきずられて日本が国連の方針にかならずしもそぐわない軍事的行動に参加しないための、いわば「歯止め」の役割を担っているかのように見える。
従って、日本外交では、こと軍事力行使に関する限り、何が国益で、なにが国際的正義かによって行使の是非を判断するのではなく、なにを歯止めとして提起して国内的、国際的に説明できるかという点を中心に戦略が作られてきた。
しかし、国際テロ、サイバー攻撃、ミサイル防衛の時代になると、このような「歯止め外交」では、日本の安全保障政策が有効に機能しないのではないかという疑問が生じてきた。今回の集団安全保障法案は、そうした疑問に対する反応の一つであるとみなすこともできる。その意味からいえば、論議の焦点が、あいもかわらず、どこに歯止めがあるかという歯止め論議が中心となり、肝心の、何のために、どういう理念に基づいて集団的自衛権を行使するのかという点が、ややあいまいとされている(そもそも、行使容認という言葉使いそのものが、歯止め的発想である)ことは問題である。
たとえば、民主主義体制を守るために、皆で立ち上がろうという時に、日本の領土への侵略が差し迫っていないので、軍事的行動には加わらないということでよいのか、といった設問はほとんど聞かれない。いいかれば、自由、民主、人権尊重といった憲法の理念が踏みにじられるような国際的事態に手をこまねいていては、それこそ憲法の理念に反するものだという議論がほとんど出てこないのは、どうしてなのであろうか。
歯止め外交は、こう考えてくると、ある種のごまかし、あるいは、よくいってモラトリアム(猶予)外交であり、日本がどこまで、これを続けられるのか、また続けるべきなのか、深く突っ込んで検討すべき時期に来ているのではなかろうか。
2.籠城外交からの脱却
第二次大戦によって海外領土を失ない、かつ大東亜共栄圏思想や国家神道的な思想的支柱を失った日本は、物理的にも精神的にも、「日本」に籠城することとなった。すなわち、日本という概念が、なにか理想をもった精神的共同体ではなく、もっぱら決められた領土という物理的概念によって規定されることとなった。
日本と外国との間には、あたかも越えられぬ境界線があるかの如き観念が維持されてきた。その結果、領土問題は、地理的な意味での土地の確保の問題か、それに伴う経済的権益の問題の側面だけが強調され、そこに、日本が主張すべき主義、思想、理想が、「領土」にこめられている、あるいはこめられるべきという点は軽視されてきた(たとえば、フォークランド紛争における英国の立場と比較すれば、そうであろう)。
その結果、日本外交において、日本の精神(例えば民主主義なり人権なり)を国際的に断固として主張するような、精神的単位としての領土感覚は希薄であった。しかし、集団的自衛権の発想には、共通の価値を守るという側面がある。今後日本が、どういう精神なり価値観を国際的に同盟国と共同で打ち出してゆくかを考えねばならない時期にきている。いわば、籠城ではなく、広い世界で戦う戦略を作らねばならない。
3.ないない外交の転換
第二次大戦前後から、一種の国際的孤児であった日本は、戦後長らく、国際社会に受け入れられる国(すなわち平和で民主的な国)という日本の姿を国際的に植え付ける努力を行ってきた。第二次大戦後しばらく、日本の外交(広報外交)は、軍国主義では「ない」日本というイメージの投影に専念した。それから、しばらく経つと、今度は、経済的に発展した国としての日本(すなわち低賃金で世界市場を荒らすような国では「ない」日本)を広報した。その時代が過ぎると、今度は、単に豊かであるばかりではなく、国際的な貢献を行う日本(すなわち、金もうけ主義の、エコノミックアニマルでは「ない」日本)のイメージをつくることに努めた。
しかし、今やこうした「ないない」外交をこえて、日本は、超現代の明日の社会のありかたを世界にどうアピールするかと言う課題に直面している。ある意味では、世界をリードする日本をどう作り、どう広報するかが問われている。そこでは、明日の世界の課題についての日本の果敢な取り組みが外交行動においても反映されなければならないであろう。
4.国際貢献外交の超越
「ないない」外交からの転換は、豊かになった日本が展開して来た、いわゆる国際貢献外交とも関連する。平和構築、社会開発、文化的創造といったことへの貢献が、日本外交の大きな柱となった。しかし、この概念は、既存の国際秩序を所与のものとして、そこで日本がどのような貢献をなしうるかという考え方を基礎にしていた。ところが、今や中国が台頭し、しかもその中国は、社会主義体制をくずさず、かつまた、第三世界の一員としての立場を維持している。いいかえれば、中国は、既存の国際秩序の改編を指向する勢力として止まっている。
その時、日本は、単に既存の国際秩序を守ることに努力するだけでよいのであろうか。新興国をも包含した経済秩序をつくり、第二次大戦の敗戦国にも配慮した国際政治秩序をどのように構築してゆくかについて、日本独自で、あるいは、可能であれば欧米諸国をはじめ国際社会と共同してビジョンをつくらねばならないであろう。日本は、国際秩序へ貢献する外交を乗り越えて、新しい国際秩序を作り上げる外交へと進まねばなるまい。
5.脱亜入欧の再編
こうした新しい国際秩序の構築にあたって、日本は、勃興するアジアの思想や考えを注入してゆくための、指導的役割をはたさねばならないだろう。その為には、アジアの声に十分耳をかたむけると共に、アジアの価値観で世界と共有すべきものを精錬し、世界に対して、他のアジア諸国と共同してアジアの考えを発信する努力を強化すべきである。
こうした観点からも、過去の歴史問題をめぐる中韓両国との摩擦は最小限に押さえる努力を行なわねばならない。過去の反省についての言葉は、迷惑をかけた近隣諸国の国民感情に配慮するためのものではない。自らが、みすからの国民の人権と自由を蹂躙した歴史に対する真摯な反省と連動するものでなければならないであろう。人権、民主、平等と言った観念について、日本自身もふくめアジアの国々内部でのそうした価値の蹂躙が行われる場合には、それに厳しく対応せねばならない。
そうしてこそ、真のアジアの価値観を世界と共有することができるのである。人権、民主、平等といった観念は、西欧思想特有のものではない。日本をふくめたアジアの伝統のなかに、西欧とはまた違った形や態様で生きて来たものでもある。いまや、西洋の価値観に従ってアジアを近代化するという発想を変えて、自然との共生の思想をはじめとしてアジアの思想を世界と共有することによって明日の世界的課題に取り組む外交を展開すべきであろう。
カバー写真=南スーダンPKOで現地に到着した陸上自衛隊隊員(提供・時事)

小倉 和夫  OGOURA Kazuo
[ 署名記事数: 16 最終更新日: 2015.08.06 ]
青山学院大学特別招聘教授。東京2020オリンピック・パラオリンピック招致委員会評議会事務総長。1938年生まれ。東京大学法学部、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。1962年外務省入省。文化交流部長、経済局長、外務審議官、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使などを歴任。2003年10月から 2011年9月まで独立行政法人国際交流基金理事長を務める。著書に『グローバリズムへの叛逆』(中央公論新社/2004年)など。

日本がユネスコ分担金38億円を支払い 南京登録で保留分 拠出停止で記憶遺産の登録制度改善に支障


2016.12.22 09:23更新
【歴史戦】
日本がユネスコ分担金38億円を支払い 南京登録で保留分 拠出停止で記憶遺産の登録制度改善に支障

http://www.sankei.com/politics/news/161222/plt1612220010-n1.html

 政府が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)への今年の分担金約38億5千万円を支払っていたことが21日、分かった。ユネスコが昨年、「南京大虐殺」の文書を「世界の記憶」(記憶遺産)に一方的に登録したことに反発し、支払いを保留していたが、今週始めに拠出に踏み切った。支払い保留を続ければ加盟国の反発を招き、日本が求める記憶遺産の登録制度改善にも支障をきたすと判断した。
 ユネスコ分担金は加盟国の義務で、日本は例年4~5月に支払っており、12月まで保留したのは異例といえる。今年の任意拠出金約7億7千万円も保留していたが、11月に支払った。
 記憶遺産をめぐっては今年、日中韓などの民間団体が慰安婦問題の関連資料の登録を申請し、年明けから審査が始まる。政府は透明性確保など登録制度の改善を求めているが、成否は見通せない。自民党内には「慰安婦資料の登録が見送られるまで支払うべきではない」との意見も根強い。
 ただ、拠出しないまま越年すれば加盟国の反発を招き、制度改善の動きがかえって停滞するというジレンマもある。また、分担率2位の日本が拠出を停止すれば、3位の中国の存在感が増すという懸念もある。日本が登録を目指す世界文化・自然遺産などの他の審査にも影響が及びかねない。

 分担金を支払った上で来年の慰安婦資料の登録を許せば、政府への批判が高まることは必至。外務省幹部は「登録制度改善を強く働きかける」と強調する。

「自衛官の命」を心配する左派政治家たちよ、自衛官の胸に勲章がない不名誉をご存じか?



2016.11.3 13:00更新
【野口裕之の軍事情勢】
「自衛官の命」を心配する左派政治家たちよ、自衛官の胸に勲章がない不名誉をご存じか?

http://www.sankei.com/premium/news/161031/prm1610310003-n1.html


 東日本大震災(2011年)以降も、熊本地震や台風被害、鳥取地震…と、天災が続く。大きな天災の度に人命救助や復旧・給水活動を展開する自衛官の目覚ましい活躍に、多くの国民が「瞠目(どうもく)」する。でも、小欄は「瞠目」などしない。自衛官の日常、使命感、覚悟、練度…に日頃から接しており、驚いては礼を欠く。
 現に東日本大震災では、大型ヘリコプターを原子炉上空にホバリングさせ、ホウ酸を詰めた容器をゆっくりと降ろし→散布→中性子を吸収し→再臨界を食い止める《鶴市作戦》も準備された。《鶴市》は治水に当たり、鶴・市太郎母子が人柱となり、人々を水害より救ったとする大分県内の神社に伝わる故事にちなむ。幼き日、遠足で神社を訪れた大震災当時の陸上幕僚長、火箱芳文・退役陸将が作戦会議で話し、命名に至る。
 しかし、最悪の場合は自衛官が被曝覚悟で降下する決死の任務から生還できても、勲章はない。武人に対するかくも不名誉・無礼な振る舞いが、自衛隊の前身・警察予備隊創隊(昭和25=1950年)以来続いてきた。国家・国民が恥じ、断固正さなくてはならない「国家的怠慢」である。
 もっとも、鍛えているとはいえ自衛官も生身の人間だ。東日本大震災では、洗浄を伴う数千体の遺体の収容や搬送を担った。担架が不足し、子供の亡きがらは抱きかかえて運んだ。同じ年頃の子を持つ自衛官には、これがこたえた。「引きずる」のだ。
 だから、自衛隊では専門家を前線部隊に巡回派遣し、いかにすれば「引きずらぬ」か指導を繰り返した。指導は末端に間接的ながら伝えられ夜間、5~10人が車座になり、一日の辛い経験を吐き出す。ある者は泣いた。
 無残に傷んだ骸(むくろ)が目に、頭に焼き付き、遺族だけでなく自衛官もまた泣きたいのに、日中は黙々と任務を果たす。自ら被災し、家族の死傷や行方不明も多く、遺体収容所に搬送・安置し、合掌し、再び現場にとって返す時、遺体収容所に留まり親・兄弟や愛する人を探したい衝動を「その都度抑えた」。
 小欄は自衛官の活躍に「瞠目」などしないと先述したが、自衛官の「まぶしさ」は、こちらの眼を潤ませる。自衛隊最高指揮官の安倍晋三首相も10月に陸上自衛隊朝霞駐屯地(東京都練馬区など)で行われた自衛隊観閲式における訓示の中で、被災者にとって「まさに希望と光であった」と称えた。

防大生は「現代青年の恥辱」と侮辱した大江某
 半面、被災者が地元で、被災していない国民がテレビを通して見る自衛官に比べ、国民の視野や想像のはるか外側にいる自衛官は圧倒的に多い。日本より1万1千キロも離れた灼熱の南スーダンで、国連施設整備などを担うPKO(国連平和維持活動)に大汗を流す自衛官。北朝鮮ミサイルの脅威に備え数カ月も家族と別れ、イージス艦上で日本海の荒波に耐える自衛官。被弾→墜落の恐怖を克服し、中国空軍戦闘機の領空侵犯を警戒しスクランブル(緊急発進)する自衛官…
 国土防衛や平和秩序構築こそ“本業”なのに、国民に「まぶしさ」は届かない。この際、国家・国民に問いたい。過去、無数に放たれたであろう、自衛官が発してきた「まぶしさ」を受け止める努力をしてきたのか、と。むしろ「まぶしさ」はサヨクや左に傾いたメディアによって、さえぎられるか、故意に屈折させられ伝えられたのではなかったか。
 安全保障関連法案をめぐる国会審議は、国家主権や国民の守護など国益に必要か否かではなく、「戦争法のレッテル貼り作業」や「自衛官のリスク度問題」が先行した。南スーダンでPKOに従事する自衛官に「自己防護」ではなく「任務遂行」に向けた武器使用を許可し、国連やNGO(非政府組織)の職員に危害を加える暴徒・武装勢力を排除する新任務《駆け付け警護》付与に関する国会審議でも「自衛官のリスク」が論じられている。
 「自衛官のリスク」を懸念する?のは、国防の重要性を認識し、防衛予算向上に尽力する保守系政治家ではない。激烈な敵火力と対峙する自衛官に、警察官と同じ武器使用基準を強要するサヨクほど「自衛官のリスク」を叫ぶ。大きなお世話だ。安全保障上の諸施策を世界常識に近づける動きを阻止すべく、自衛官の命を「盾」にする破廉恥はミエミエ。いっそノーベル賞作家・大江某のごとく、防衛大学校生は「現代青年の恥辱」と表現してくれれば「前時代の輩」で片付くが、今のサヨクは「中庸」「リベラル」を装うので始末が悪い。
 自衛官の命を気遣うフリをする勢力は、集団的自衛権の限定的行使を可能にした政府に「憲法改正が筋」と説教を垂れる勢力とも重なる。本心では自衛官の命などどうでもよく、改憲を嫌がる反動分子なのだ。
イラク派遣前「遺言」を書いた自衛官
 自衛隊員は入隊時に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」との《服務の宣誓》を、法で義務付けられてもいる。サヨクのおためごかしなど無くとも、自衛官は命令とあらば、国防や危険地帯で任務を完遂する覚悟をとっくに決めている。
 旧知のI一等陸佐(当時)は2005年のイラク派遣を前に《遺言》を書く。《遺書》ではない。I氏の妻に言わせると、遺書とは確実な死が前提だという。《君たちが読む頃、私はこの世にはいない》の書き出しは、こんなふうに続く。
 《自閉症の長男は一人だけでは生きられないと思うので、周りの人たちと仲良く生きていくように。長女には国の役に立てる仕事を選ぶように…》 
 I氏は今も元気だが、一般的に軍隊・軍人は厳しい訓練や過酷な出動を重ねることで、戦争がなくとも平時での殉職者が多い。自衛隊観閲式前日、今年も防衛省内の慰霊碑地区(メモリアルゾーン)で、安倍首相も参列して自衛隊殉職隊員追悼式が挙行された。追悼式では、新たに31柱の名簿を慰霊碑に奉納。これで、前身の警察予備隊創設の昭和25(1950)年以降、1909人が公務中に命を落とされた。
 ところが、「自衛官のリスク」を心配したはずの国会議員の内、追悼式の出席者はたった1人だ。衆参両院事務局によると、今国会の予算委員会で「自衛官のリスク」について民進、共産、社民各党所属の8議員がただしたが、出席したのは民進党参院議員だけ。式に参列した現職国会議員13人の内、野党議員はこの民進党参院議員を除き皆無だった。
 殉職されて尚、サヨクの心ない言動に、自衛隊員は名誉を傷付けられている。
 名誉を傷つけて平然としておるのだから(傷つけている意識すらない?)、「武人の名誉」の何たるかも知らない。従って、現役自衛官を叙勲しない「国家的怠慢」を放置して恥じぬのだ。
 通常、自衛官は退官し数年~十数年が過ぎて初めて勲章が贈られる。しかも、制服組最高位・統合幕僚長や陸海空自衛隊トップ・各幕僚長は中央省庁の事務次官程度。東日本大震災で自衛隊を直接指揮した東北方面総監は局長級、陸将補(少将)は課長級という格の低さである。下士官・士(兵)に至っては退官後ですら叙勲されない。
 勲章は礼装(メスジャケット)に飾り、日常着用する軍服には勲章の略章を着ける。しかし、防衛省が定める《防衛功労章》は国家が下賜する勲章ではなく、防衛省が独自に制定した“メダル”でしかない。もう一つの《防衛記念章》の方は防衛功労章なる“メダル”に対する事実上の略章との位置付け。42種類も定めている割に、自衛隊内で「グリコのおまけ」と揶揄されるのは、こうした“重み”故だ。
 防衛駐在官=武官ら多くの自衛官が、外国や在日大使館における公式パーティーへの出席をいとう理由は、礼装に着ける勲章がないためでもある。時折、勲章を着けている自衛官を見かける。実は海外勤務・任務などの際、現地政府が授与した勲章だ。祖国が授与せぬ勲章を、外国が授与するとは奇っ怪至極ではないか。
 まともな国で、武人は武勲・功績に応じ、祖国が勲章を贈る。英国では軍人に《ナイト爵》の一つに数えられる《功績勲章》を1902年のエドワード7世の、《大英勲章》を17年のジョージ5世の、それぞれの時代に設けている。時の君主が受章者の肩に剣で触れる儀式は今も続く。フランスには《レジオン・ドヌール〈名誉ある軍団〉勲章》《国家功労勲章》▽スペインには国王と政府が授ける陸海空軍別《功労勲章》▽イタリアにも《イタリア共和国功績勲章》などが制定されている。米国に至っては、民間人用の《大統領自由記章》以外は、ほぼ軍人向け勲章という徹底ぶりだ。
 自衛官にまつわる叙勲問題を執筆していると、米中枢同時テロ(2001年)後、海外派兵した英軍将兵の「帰国」を報じたBBC放送の映像を必ずと言ってよいほど思い出す。単調でいながら、崇高で厳かであった。
 《空軍機を出た国旗にくるまれた棺が、担いだ6人の兵士を媒介として祖国の土を踏む。棺を迎え入れた柩車は数百メートル離れた遺族・友人らの前を超低速で進み、やがて基地の彼方へと消えていく。その間、画面隅には軍服姿の遺影と軍歴が映し出され、アナウンサーも低く、ゆっくりとした声で故人の生涯をたどる》
 数十人分が数時間にわたり放映された。『名誉の戦死』であり、叙勲は疑いもないが、彼らは生前も武勲に応じて叙勲の栄に浴している。 
「必罰」あって「信賞」なし
 小欄が2007年に参列した自衛官4人の葬送式も厳かであった。が、叙勲の時機はまったく異なる。
 4人を乗せた大型ヘリは、視界200メートルで海上濃霧警報が発令される中、緊急患者空輸任務で離島に向かう途中に墜落した。機長は定年間近、整備員は妻と入籍してわずか1年だった。式次第に載った遺影は所属部隊が徹夜で「作った」。4人の2階級特進で、肩(階級)章を変える必要性が生じただけではない。せめて「顕著な功績」に贈られた“メダル”の《第1級防衛功労賞》と《防衛記念章》で胸を飾りたいとの強烈な思いがあった。ただ、CG(コンピューター・グラフィックス)の力をもってしても、勲章までは着けられなかった。
 4人に正五位・旭日小綬章や従五位・旭日双光章/旭日単光章が贈られたのは葬送式後だった。 
 日本では国家・国益のために貢献したとも思えない政治家や首長、官僚が恥ずることなく受章している。組織には「信賞」がある一方で「必罰」がある。国家の統治も同じで、法による「罰則」の一方で、栄典制度による「顕彰」があり成り立つ。現職自衛官には「必罰」だけで「信賞」が存在しない。武人が威張る国家は滅びる。だが、武人の名誉を称えぬ国家もまた、滅亡を免れない。
 安倍首相は自衛隊観閲式で「危険の伴う自衛隊にしかできない責務を立派に果たしてくれている諸君に心から敬意を表す」と訓示したが、「敬意」を形にしてほしいと、切に願う。
 後にフランス皇帝となるナポレオン・ボナパルト(1769~1821年)も、クーデターで実権を握った共和国第一統領(執政)時代に断言している。
 「古来、勲章なくしてやっていけた国家など存在せぬ!」

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